はじめに
AI技術が進化し、自律的にタスクを実行する「AIエージェント」がビジネスの現場で活用され始めています。これらは単なるツールを超え、人間のように振る舞う場面も増えてきました。そうなると、「AIエージェントとは一体何者なのか?」という根本的な問いが生まれます。
本稿では、IBM Technologyが公開した動画「Are AI Agent Identities Really Unique? AI’s Role in Digital Workflows」を基に、企業が今後直面するであろうAIエージェントの「アイデンティティ」に関する5つの重要な問いについて、分かりやすく解説します。
参考記事
- タイトル: Are AI Agent Identities Really Unique? AI’s Role in Digital Workflows
- 発行元: IBM Technology
- 発行日: 2025年9月4日
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=D9fp2OVeAIo
要点
- AIエージェントは、従来のシステムとは異なり、人間のようにタスクを評価・分解・実行・学習する能力を持つデジタルな存在である。
- その振る舞いの類似性から、AIエージェントを単なるソフトウェアとして扱うのか、あるいは「同僚」のような存在として認識するべきかという問いが生じる。
- 技術的な観点では、AIエージェントを企業のディレクトリ(ID管理システム)に登録すべきか、また、常に稼働する「永続的」な存在とすべきか、タスクごとに起動する「一時的」な存在とすべきか、という設計上の判断が必要である。
- 将来的にAIエージェントの数が従業員数を大幅に上回ることが予測されており、現在のアイデンティティ・ガバナンス・管理(IGA)の仕組みでは、その膨大な数を管理しきれなくなる可能性がある。
- これらの問いに絶対的な正解はなく、技術、組織、倫理の観点から、社会全体で議論を深めていく必要がある。
詳細解説
参考動画では、AIエージェントを組織に導入する際に生じる、まだ明確な答えのない5つの問いが提示されています。ここでは、まずAIエージェントの基本的な概念を解説し、その後で5つの問いを一つずつ掘り下げていきます。
AIエージェントとは何か?
はじめに、本稿で扱う「AIエージェント」について簡単に説明します。AIエージェントとは、特定の目的を達成するために、自律的に状況を判断し、計画を立て、タスクを実行するAIプログラムのことです。例えば、「来週の東京での出張を手配して」と指示すれば、フライトやホテルを検索・比較し、最適なプランを予約するまでを自律的にこなします。
参考動画では、このAIエージェントと「人間」「従来の非人間アイデンティティ(システムやボットなど)」を比較し、その特徴を明らかにしています。
特徴 | 人間 | 従来の非人間アイデンティティ | AIエージェント |
存在形態 | 物理的 | デジタル | デジタル |
組織への所属 | 所属する | 所属する | 所属する |
タスク実行 | 評価→分解→実行→学習 | 決定論的(決まった動きのみ) | 評価→分解→実行→学習 |
この表の通り、AIエージェントはデジタルな存在でありながら、タスクの実行プロセスにおいて人間と非常によく似た振る舞いをします。この「人間らしさ」こそが、これから解説する問いの根幹にあります。
問1:AIエージェントは単なるソフトウェアか?
最初の問いは、AIエージェントの本質に関するものです。もちろん、AIエージェントはコードで書かれたソフトウェアです。しかし、人間のように状況を評価し、自ら学習して振る舞いを改善していく能力を持っています。これを、決められたことしかできない従来のアプリケーションと同じ「ソフトウェア」という枠で捉えてよいのでしょうか。
もし単なるソフトウェアでないとすれば、私たちはAIエージェントに対して新しい認識を持つ必要があり、それが次の問いにつながります。
問2:AIエージェントを「同僚」として認識すべきか?
AIエージェントが人間のチームの一員として、サポート業務を行ったり、データ分析をしたりする未来はすぐそこです。そのとき、私たちはAIエージェントを便利なツールとして見るのか、それとも**仮想的な「同僚」**として認識するのでしょうか。
過去には、AIを従業員として扱おうとした企業で、人事的な問題が発生したケースもあったようです。この問いは、人事制度の話だけでなく、私たちがAIとどのように協働していくかという、より広い意味での関係性を問うています。
問3:AIエージェントをディレクトリに登録すべきか?
これは、より技術的な問いです。多くの企業では、「Active Directory」のようなディレクトリサービスを利用して、従業員のIDやアクセス権限を一元管理しています。
もしAIエージェントを「同僚」として扱うのであれば、人間と同じようにこのディレクトリに登録し、IDを付与するべきかもしれません。そうすることで、誰(どのエージェント)が、いつ、どの情報にアクセスしたのかを明確に管理できます。しかし、「Active DirectoryがAIで溢れかえるのは勘弁してほしい」という意見もあり、管理が複雑になるという課題も考えられます。
問4:AIエージェントは永続的か、一時的か?
人間である従業員は、勤務時間中はずっと存在し続ける「永続的(persistent)」な存在です。一方、AIエージェントはソフトウェアであるため、必要に応じて起動し、タスクが終わればシャットダウンする「一時的(ephemeral)」な存在としても運用できます。
- 永続的: 常に起動しており、いつでもタスクに対応できるが、リソース(CPUやメモリ)を消費し続けるためコストがかかる。
- 一時的: タスクが発生したときにだけ起動するため、コストを抑えられるが、起動までの時間(レイテンシー)が発生する可能性がある。
どちらのアプローチを取るかは、コスト、パフォーマンス、そしてAIエージェントにどのような役割を期待するかによって変わってきます。
問5:現在のIGAシステムは十分か?
最後の問いは、組織の根幹に関わる管理体制についてです。IGA(アイデンティティ・ガバナンス・管理)とは、組織内の誰が、どの情報やシステムにアクセスできるかを適切に管理・統制するための仕組みです。
将来、1つの組織にいる従業員の数に対して、5倍、あるいは45倍ものAIエージェントが稼働するという予測もあります。数千、数万というAIエージェントが生まれては消えていく環境で、一つひとつのIDに対してアクセス権の承認や棚卸しを行う現在人間向けに作られたIGAの仕組みでは、いずれ破綻してしまう可能性があります。
この爆発的な増加に耐えうる、新しいガバナンスの仕組みを今から考えておく必要があります。
まとめ
本稿では、IBM Technologyの動画を基に、AIエージェントのアイデンティティに関する5つの問いを解説しました。
- AIエージェントは単なるソフトウェアか?
- AIエージェントを「同僚」として認識すべきか?
- AIエージェントをディレクトリに登録すべきか?
- AIエージェントは永続的か、一時的か?
- 現在のIGAシステムは十分か?
これらの問いは、単なる技術的な課題にとどまりません。AIを労働力としてどのように位置づけ、どのように共存していくかという、組織のあり方や働き方の未来そのものを問うています。明確な答えがまだないからこそ、今から組織内で、そして社会全体で議論を始めていくことが重要です。