はじめに
本稿では、Google DeepMindが発表した人工知能(AI)が数学の分野で達成した重要な成果について解説します。AIが世界で最も権威のある数学競技会で、どのようにして人間のトップレベルに匹敵する性能を示したのか、その技術的な背景と意義に迫ります。
参考記事
- タイトル: Advanced version of Gemini with Deep Think officially achieves gold-medal standard at the International Mathematical Olympiad
- 著者: Thang Luong and Edward Lockhart
- 発行元: Google DeepMind
- 発行日: 2025年7月21日
- URL: https://deepmind.google/discover/blog/advanced-version-of-gemini-with-deep-think-officially-achieves-gold-medal-standard-at-the-international-mathematical-olympiad/

要点
- Google DeepMindが開発したAI「Gemini」の先進バージョンが、国際数学オリンピック(IMO)で金メダルに相当するスコアを達成した。
- AIは6問中5問を完答し、42点満点中35点を獲得した。
- 従来モデルと異なり、専門的なプログラム言語への翻訳を必要とせず、問題文である自然言語を直接理解し、解答(証明)を生成した。
- この処理を、競技の制限時間である4.5時間以内に完了させた。
- 成功の鍵は、複数の思考プロセスを同時に進める「並列思考」を取り入れた新しい推論モード「Deep Think」である。
詳細解説
そもそも国際数学オリンピック(IMO)とは?
国際数学オリンピック(IMO)は、1959年から毎年開催されている、大学生になる前の若い数学者にとって世界で最も権威のある競技会です。各国から選抜された最大6名の代表選手が、代数、組み合わせ、幾何、数論といった分野から出題される、極めて難易度の高い6つの問題に挑みます。メダルは上位半数の参加者に授与されますが、その中でも金メダルを獲得できるのは、全参加者の約8%という、非常に狭き門です。
近年、このIMOはAIの高度な数学的問題解決能力や推論能力を測るための目標としても注目されています。
AIによる数学への挑戦:これまでの道のり
AIが数学の難問に挑む試みは以前から行われていました。2024年のIMOでは、Google DeepMindのAIシステム「AlphaProof」と「AlphaGeometry 2」が銀メダル相当の成績を収め、AIが人間のエリートレベルの数学的推論に近づきつつあることを示しました。
しかし、この時点でのシステムには大きな課題がありました。それは、人間が問題文(自然言語)を「Lean」のような形式言語と呼ばれる、コンピューターが厳密に解釈できる専門的な言語に手動で翻訳する必要があったのです。生成された解答もまた形式言語で書かれているため、それを人間が理解できる言葉に翻訳し直す必要がありました。このプロセスには、数日間の計算時間も要していました。
2025年の飛躍的な進歩:「Gemini Deep Think」の登場
今回発表された成果は、昨年の課題を克服する大きな進歩を遂げています。先進的な「Gemini」モデルは、IMOの問題を自然言語のまま直接読み込み、人間が読むのと同じ自然言語で、厳密な数学的証明を生成することに成功しました。これは、専門家による翻訳作業を一切介さず、AIが問題の読解から解答の作成までを一貫して(エンドツーエンドで)実行できたことを意味します。
さらに驚くべきは、その処理速度です。人間の競技者と同じ4.5時間の制限時間内に、6問中5問を完答し、35点を獲得。これは紛れもなく金メダルレベルの成績であり、IMOの採点者からも「その解答は多くの点で驚くべきもので、明確かつ正確で、そのほとんどが理解しやすいものだった」と評価されています。
成功を支える技術:「Deep Think」モード
この飛躍的な成果の背景には、「Deep Think」と呼ばれるGeminiの新しい推論モードがあります。これは、複雑な問題に対して、AIの思考を強化するものです。
従来のAIの思考が、一本の道筋をたどる「線形的な思考」であったのに対し、Deep Thinkは「並列思考」を取り入れています。これは、最終的な答えを出す前に、複数の可能性のある解法を同時に探求し、それらを組み合わせることを可能にする仕組みです。まるで、一人の天才が考えるのではなく、複数の専門家が同時に多角的なアプローチを試み、最適な解を見つけ出すチームプレーのようなものと言えるでしょう。
この能力を最大限に引き出すため、モデルは多段階の推論や問題解決のデータを用いて強化学習で訓練され、質の高い数学問題の解答集へのアクセスも与えられました。
まとめ
今回、Google DeepMindの「Gemini Deep Think」が国際数学オリンピックで金メダル級の成績を収めたことは、AIの歴史における重要な一歩です。特に、専門家の介在なしに自然言語だけで複雑な数学の問題を解いた点は、AIがより直感的で柔軟な思考能力を獲得しつつあることを示しています。
これは単に競技会で勝利したという話に留まりません。自然言語の流暢さと、形式言語による厳密な推論能力を兼ね備えたAIは、将来的に数学者、科学者、技術者にとってかけがえのないツールとなり、人類の知識のフロンティアを押し広げる手助けとなる可能性を秘めています。AIが人間の良きパートナーとして、未知の課題解決に貢献する未来が、すぐそこまで来ているのかもしれません。