[ニュース解説]トムソン・ロイターが切り拓く「エージェントAI」革命:専門業務の未来像

目次

はじめに

 本稿では、近年急速に進化を遂げている人工知能(AI)の分野における新たな潮流、「エージェントAI」は企業に続々と導入されていますが、今回ロイターの親会社でもあるグローバルな情報サービス企業であるトムソン・ロイター社が2025年6月2日に「Thomson Reuters Ushers in the Next Era of AI with Launch of Agentic Intelligence」と題した発表を行いました。

 同発表では、同社が開発を進めるエージェントAIシステムと、その第一弾となる税務・監査・会計専門家向けサービス「CoCounsel」が紹介されています。

引用元記事

要点

  • トムソン・ロイターは、単なる指示応答型のAIアシスタントを超え、自律的に計画・推論・行動・反応する「エージェントAI」システムを発表した。
  • このエージェントAIは、専門家が求める透明性、精度、説明責任を重視し、人間の専門知識を判断や最終決定のループに組み込んでいる点が特徴である。
  • 第一弾として、税務・監査・会計専門家向けの「CoCounsel」がリリースされ、クライアントファイルのレビューやメモ作成、コンプライアンスチェックといった複雑な業務の自動化を目指す。
  • トムソン・ロイターのエージェントAIは、同社が保有する信頼性の高い膨大なコンテンツと専門家の知見によって強化され、既存の業務用ワークフローに深く統合される形で提供される。
  • 将来的には、法務、リスク管理、コンプライアンスといった他分野への展開も計画されており、専門業務のあり方を大きく変革する可能性を秘めている。

詳細解説

トムソン・ロイター社とは

 トムソン・ロイター社は、法律、税務、会計、コンプライアンス、政府、メディアといった分野の専門家向けに、信頼性の高い情報とテクノロジーを提供する世界有数の企業です。同社の製品は、専門性の高いソフトウェアと洞察を組み合わせ、専門家がデータ、インテリジェンス、ソリューションを駆使して情報に基づいた意思決定を行えるよう支援しています。ロイター通信もトムソン・ロイターの一部であり、信頼性の高いジャーナリズムとニュースを世界に提供しています。

エージェントAIとは何か?従来のAIとの違い

 AI技術は目覚ましい発展を続けていますが、今回トムソン・ロイター社が発表した「エージェントAI」は、これまでのAIアシスタントの概念を大きく超えるものです。従来のAIアシスタントの多くは、ユーザーからの指示(プロンプト)に基づいて情報を検索したり、文章を生成したりといった、いわば受動的な動作が中心でした。

 これに対し、エージェントAIは、単に指示に応答するだけでなく、与えられた目標に対して自ら計画を立て、必要な情報を収集・分析し(推論)、具体的なアクションを実行し、さらには状況の変化に応じて対応を調整する(反応する)能力を持ちます。まるで、自律的に思考し行動する「代理人(エージェント)」のように機能することから、この名が付けられています。

 トムソン・ロイター社によれば、今回開発されたエージェントAIは、複雑な複数ステップからなる業務を、専門家が求める透明性、精度、そして説明責任を担保しながら遂行できるように設計されています。重要なのは、AIが全てを自動で行うのではなく、人間の専門家が常にプロセスに関与し、AIの判断を導き、出力を検証し、最終的な意思決定を行う「ヒューマン・イン-ザ-ループ」の仕組みが組み込まれている点です。これにより、AIの能力を最大限に活用しつつ、誤りを防ぎ、信頼性の高い結果を得ることを目指しています。

トムソン・ロイター社のアプローチの核心

 トムソン・ロイター社が開発するエージェントAIの大きな特徴は、その構築アプローチにあります。

  1. 専門分野への特化と深い統合:
     同社のエージェントAIは、汎用的なAIとは一線を画し、法律、税務、監査、会計といった高度な専門知識が求められる分野に特化して開発されています。さらに、これらのAIエージェントは、独立したツールとして提供されるのではなく、専門家が日常的に利用している「Checkpoint」や「Westlaw」、「Practical Law」といったトムソン・ロイター社の既存製品のコア機能として再設計・組み込まれます。これにより、専門家は慣れ親しんだワークフローの中で自然にAIの支援を受けられるようになります。
  2. 信頼できるコンテンツと専門知識の活用:
     トムソン・ロイター社は、長年にわたり蓄積してきた200億件以上の文書、15ペタバイトを超えるデータ、そして500以上の信頼性の高いコンテンツ資産を保有しています。エージェントAIは、これらの膨大な情報と、社内に在籍する4,500人の主題専門家や180人以上のAIエンジニアの知見を活用して訓練・調整されます。これにより、AIが生成する情報の正確性や信頼性が高められています。
  3. Materia社の買収による開発加速:
     エージェントAIプラットフォームの開発は1年以上に及びますが、特に税務・会計分野向けのエージェントシステム開発に強みを持つAIコパイロットスタートアップ「Materia」社を買収したことにより、開発が大幅に加速されたと述べています。

具体的な応用例:「CoCounsel for tax, audit and accounting professionals」

 今回、エージェントAIシステムの第一弾として発表されたのが、税務・監査・会計専門家向けの「CoCounsel」です。このAIエージェントは、以下のような実際の業務を自動化し、専門家の業務効率を大幅に向上させることを目的としています。

  • クライアントファイルのレビュー: 膨大な量のファイルから必要な情報を迅速に抽出・整理します。
  • メモの起草: 分析結果や法的根拠に基づいたメモや報告書の草案を作成します。
  • コンプライアンスチェック: 最新の法令や規制に照らし合わせて、コンプライアンス上の問題がないかを確認します。

 CoCounselは、事務所が持つ独自の知識ベース、トムソン・ロイター社の税務・会計情報データベース「Checkpoint」、IRS(米国内国歳入庁)の規定、さらには企業内の関連文書などを単一のAI誘導型ワークスペースに統合し、説明可能なアウトプットを提供します。つまり、AIがなぜそのような結論に至ったのか、その根拠を明確に示すことで、専門家が安心して利用できる透明性を確保しています。

 記事では、OpenAI社のモデルがCoCounselの一部の要素に活用されていることも触れられています。また、早期導入企業であるBLISS 1041社のCIOは、「CoCounsel導入前は、36州にわたる居住者情報と申告コードの比較に、各管轄区域で半週間を要していた作業が、今では1時間未満で完了するようになった」とその効果を証言しています。これは、エージェントAIによる調査能力と再利用可能なテンプレート機能により、顧客固有の要因を入力するだけで、各州の税務処理方法を即座に把握できるようになったためです。

今後の展望と他分野への展開

 トムソン・ロイター社は、CoCounselの提供開始を皮切りに、エージェントAIの応用範囲をさらに拡大していく計画です。

  • Ready to Review: 次にローンチが予定されているのは、同社の税務申告エンジン「GoSystem Tax Engine」を基盤としたエージェント型税務申告アプリケーション「Ready to Review」です。これは、単に申告書作成を支援するだけでなく、AIが自ら申告書を起草し、システムからのフィードバックに適応し、診断結果に基づいて問題を自律的に解決するという、より高度な機能を持つとされています。
  • 法務、リスク、コンプライアンス分野への展開:
     年内には、法務、リスク管理、貿易、コンプライアンスといった分野でもエージェントシステムの機能拡張が予定されています。具体的には、契約書などのインテリジェントなドラフティング支援、雇用ポリシーの生成、宣誓証言の分析、コンプライアンスリスク評価といったインテリジェントなワークフローが含まれます。これらのシステムは、単に出力を生成するだけでなく、複数のツールやプラットフォームを横断してリアルタイムに計画、実行、適応する能力を持つとされています。

 これらの将来的なシステムは、以下の特徴を持つように設計されています。

  • 複数ステップからなる法務・コンプライアンスタスクにおける目標ベースの実行
  • トムソン・ロイター製およびサードパーティ製のプラットフォーム双方を活用するためのタスク固有のツールオーケストレーション
  • 安全性、正確性、説明責任を担保するためのヒューマン・イン-ザ-ループによる監視
  • 透明性のある推論と追跡可能な情報源
  • 社内の法務、税務、コンプライアンス専門家によって訓練されたカスタム大規模言語モデル(LLM)による改良

なぜトムソン・ロイターがエージェントAI時代をリードできるのか?

 トムソン・ロイター社がエージェントAIの分野でリーダーシップを発揮できる背景には、同社が持つ以下のような強固な基盤があります。

  • 圧倒的な情報資産: 200億以上の文書、15ペタバイト以上のデータ、500以上の信頼できるコンテンツ資産。
  • 専門家と技術者の連携: 4,500人の主題専門家と180人以上のAIエンジニアが密接に連携。
  • グローバルな顧客基盤: フォーチュン100企業すべて、米国連邦裁判所システム全体を含む、世界50万人以上の顧客。
  • 強力なパートナーシップ: OpenAI、Anthropic、AWS、Googleといった主要テクノロジー企業との深い統合。
  • エンタープライズグレードのプラットフォーム: ISO 42001(AIマネジメントシステムに関する国際規格)認証を取得し、安全なゼロリテンション(データ非保持)アーキテクチャを採用。

 これらの要素が組み合わさることで、信頼性が高く、実用的なエージェントAIソリューションの開発と提供が可能になると同社は強調しています。

まとめ

 トムソン・ロイター社が発表した「エージェントAI」は、専門的な業務のあり方を根底から変える可能性を秘めた、非常に注目すべき技術です。単に作業を補助するAIアシスタントから一歩進み、自律的にタスクを計画し、推論し、実行し、さらには人間の専門家と協調して働くという新しいAIの姿を示しています。

 特に、税務、会計、法務といった、高い専門性と正確性、そして倫理性が求められる分野において、このエージェントAIが導入されることの意義は大きいと言えるでしょう。複雑で時間のかかる定型業務をAIに任せることで、専門家はより高度な分析、戦略立案、クライアントとのコミュニケーションといった、人間ならではの付加価値の高い業務に集中できるようになることが期待されます。

 もちろん、AIが生成した情報の検証や最終判断は人間の専門家が行うという「ヒューマン・イン-ザ-ループ」の原則は不可欠であり、トムソン・ロイター社もこの点を重視しています。AIと人間がそれぞれの強みを活かし、協調することで、業務の質と効率を飛躍的に向上させる未来が近づいているのかもしれません。

 本稿でご紹介したトムソン・ロイター社の取り組みは、AI技術が実社会の具体的な課題解決にどのように貢献できるかを示す力強い一例です。日本においても、同様の専門分野でのAI活用は今後ますます進んでいくと考えられます。この新しいAIの波が、私たちの働き方や社会にどのような変革をもたらすのか、引き続き注目していく必要があるでしょう。

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