[ニュース解説]Google.org、総額2,000万ドルの「AI for Science Fund」受賞者12団体を発表——医療・農業・環境保全の最前線で挑む科学者たち

目次

はじめに

 Googleの慈善事業部門であるGoogle.orgが2026年1月26日、総額2,000万ドル(約30億円)の「AI for Science Fund」の受賞者12団体を発表しました。本稿では、この発表内容をもとに、AIを活用して医療、農業、生物多様性の分野で革新的な研究に取り組む各団体の活動内容と、科学研究におけるAIの可能性について解説します。

参考記事

要点

  • Google.orgが2,000万ドルの「AI for Science Fund」の受賞者として、学術機関、非営利団体、スタートアップを含む12団体を選定した
  • 受賞団体は、生命・健康科学(5団体)、食料システム(3団体)、生物多様性・地球環境(4団体)の3分野でAIを活用した研究を展開する
  • すべての受賞団体はオープンサイエンスへのコミットメントを共有し、オープンソースのデータセットやソリューションを提供する予定である
  • 科学的発見のペースが遅くなっている現状に対し、AIを活用することで数十年かかっていた成果を数年で達成することを目指している
  • 各団体は単なるデータ処理にとどまらず、従来の科学的障壁を突破し、発見を実用的な解決策に転換することに焦点を当てている

詳細解説

AI for Science Fundの背景と目的

 Googleによれば、世界的な課題が複雑化する一方で、新たな科学的発見のペースは実際には遅くなっているとされています。この課題に対処するため、Google.orgは2,000万ドル規模のファンドを創設し、AIを活用して複雑な科学的課題に取り組む組織を支援しています。

 科学研究のペースが遅くなっている背景には、実験データの複雑化や分析に必要な時間の増大など、複数の要因が考えられます。AIはこうした膨大なデータを高速に処理し、パターンを発見する能力に優れており、研究プロセスの加速に貢献できると期待されています。

 Google.orgは、受賞団体がオープンサイエンスの原則に基づいて研究を進めることを重視しており、各団体の成果がオープンソースのデータセットやツールとして公開されることで、より広範な科学コミュニティに波及効果をもたらすことを期待しています。

生命・健康科学分野での取り組み(5団体)

 生命科学や医療分野では、生物学的データの複雑さが医学の進歩を妨げる大きな障壁となってきました。今回選ばれた5つの団体は、AIを活用してこの複雑さを解読し、病気への対処から予防へと医学をシフトさせることを目指しています。

 UW Medicineは、Fiber-seq技術を使用して人間のゲノムの99%を占める未解明領域の長鎖マッピングを構築し、希少疾患の遺伝的原因を解明することを目標としています。Fiber-seq技術は、従来の短鎖配列決定法では捉えきれなかった長い連続したDNA配列を読み取ることができる革新的手法です。

 Cedars-Sinai Medical Centerは、神経データをリアルタイムで分析し、実験条件を自動調整するAIガイドツール「BAN-map」を開発しています。限られた実験時間内での発見を最大化し、思考や記憶の神経メカニズムを解読することを目指しています。

 Technical University of Munichは、個々の細胞から臓器全体までをつなぐマルチスケール基盤モデルを構築中です。このモデルにより、臨床医は疾患の進行をデジタルでシミュレートし、治療法をテストできるようになると考えられます。デジタルツイン技術と呼ばれるこの手法は、患者への実際の投薬前に治療効果を予測する上で有用と思います。

 Makerere University Infectious Disease Instituteは、AlphaFoldなどのAIツールを活用して、マラリア原虫の進化を予測し、薬剤耐性をより迅速に特定することを目指しています。AlphaFoldは、Googleが開発したタンパク質の3D構造を予測するAIシステムで、生物学研究に大きなインパクトを与えています。

 フランスを拠点とするSpore.Bioは、AI搭載スキャナーを開発し、生命を脅かす薬剤耐性細菌の検出時間を数日から1時間未満に短縮することを目指しています。これは臨床現場での早期治療介入を可能にする重要な技術革新と言えます。

食料システム分野での取り組み(3団体)

 世界人口の増加と気候変動により、食料システムには前例のない圧力がかかっています。選ばれた3つの組織は、AIを使用して、より回復力があり、栄養価が高く、持続可能な農業を実現しようとしています。

 Sainsbury Laboratoryは、「Bifrost」プロジェクトを立ち上げ、AlphaFold3を使用してゲノム配列のみから植物免疫受容体と病原体の相互作用を予測し、病気に強い作物の育種を加速させています。AlphaFold3は、タンパク質だけでなく、タンパク質と他の分子との相互作用も予測できる最新バージョンです。

 Periodic Table of Food Initiative(PTFI)は、AI搭載プラットフォームを構築し、栄養品質や風味を定義する数千の未知分子という「食品のダークマター」をマッピングしています。食品科学では、味や栄養に関与する分子の多くが未解明のままであり、このマッピングはより健康的な食品設計に貢献すると考えられます。

 UC Berkeley Innovative Genomics Instituteは、AIを使用して牛のマイクロバイオーム(微生物叢)を解読し、家畜のメタン排出量を大幅に削減できる特定の相互作用を特定しています。畜産業は温室効果ガス排出の主要な源の一つとされており、この研究は気候変動対策の観点からも重要と思います。

生物多様性・地球環境分野での取り組み(4団体)

 人間活動は、従来の科学が記録・理解できる速度を超えて自然界を侵食しています。これらの組織は、AIを使用して自然資源をマッピング、モデル化、保護し、先進的なクリーンエネルギーと炭素回収における革新を推進しています。

 The Rockefeller Universityは、AIを使ってゲノム配列決定パイプラインを刷新し、データキュレーションを自動化することで、地球上の180万種の高品質なゲノム青写真の作成を加速させています。これは保全活動や医学研究の基盤となる重要なデータベース構築と言えます。

 UNEP-WCMCは、大規模言語モデル(LLM)を使用して数百万の科学記録をスキャンし、35万種すべての既知植物種の分布マップを作成することで、重要な「データ砂漠」を埋めています。LLMは、大量の文献から情報を抽出し構造化する作業に適しており、生物多様性研究の効率化に貢献できると考えられます。

 École Polytechnique Fédérale de Lausanne(EPFL)のSwiss Plasma Centerは、世界中の核融合エネルギーデータと実験を標準化し、AIモデルが集合的な実験から学習して、信頼性の高いカーボンフリーの未来に向けて加速することを可能にしています。核融合エネルギーは、化石燃料に代わるクリーンエネルギー源として期待されており、AIによる研究加速は重要な意味を持つと思います。

 The University of Liverpoolは、「Hive Mind」手法で科学的アプローチを再発明し、自律型実験室ロボット、人間の科学者、AIエージェントを接続して、世界規模の炭素回収のための新素材を発見しています。人間とAI、ロボットの協働による研究手法は、今後の科学研究の一つのモデルになる可能性があります。

今後の展望とオープンサイエンスへのコミットメント

 Googleによれば、今回選ばれた12団体は、希少疾患の治療、主要作物の保護、絶滅危惧種の保全など、様々な分野でAIアプリケーションがいかに迅速にイノベーションを加速できるかを証明しているとされています。

 特筆すべきは、すべての受賞団体がオープンサイエンスへのコミットメントを共有している点です。各団体の研究成果は、オープンソースのデータセットやソリューションとして公開される予定であり、これにより他の研究者や組織も成果を活用できるようになると考えられます。オープンサイエンスの原則は、科学的知見の共有と協働を促進し、より広範な社会的インパクトを生み出す上で重要な役割を果たすと思います。

 Google.orgは、今後もこれらの組織を支援し、画期的な科学を推進する新たな組織を発見することに取り組むとしており、科学的発見の次のフロンティアを加速させるための取り組みを継続していく姿勢を示しています。

まとめ

 Google.orgのAI for Science Fundは、医療、農業、環境保全という人類にとって重要な3分野で、AIを活用した革新的な研究を支援しています。12の受賞団体は、それぞれの専門分野で従来の科学的障壁を突破し、発見を実用的な解決策に転換することを目指しています。オープンサイエンスへのコミットメントにより、これらの成果がより広範な科学コミュニティに波及し、人類全体の利益につながることが期待されます。

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