[ニュース解説] なぜ中国はオープンソースAIを推進するのか? その戦略と課題

目次

はじめに

 近年、目覚ましい発展を遂げるAI(人工知能)分野において、「オープンソース」というアプローチが注目されています。特に中国は、国を挙げてオープンソースAIの開発・公開に力を入れているように見えます。

 本稿では、ロイター通信の記事「China’s love of open-source AI may shut down fast」を基に、中国がなぜオープンソースAI戦略をとるのか、その背景にある理由と、今後の課題について解説します。

引用元記事:

要点

  • 中国のテック企業(Alibaba、Tencent、Baidu、DeepSeekなど)は、オープンソースAI(誰でも自由に利用、改変、共有できるAIソフトウェアやコード)を積極的に開発・公開しています。
  • 中国政府もこの動きを後押ししているように見えます。背景には、米国からの先端半導体チップへのアクセス制限を回避し、技術開発で米国に追いつく狙いがあります。
  • オープンソース化は、国際的な評価を高め、中国のソフトパワー向上にも繋がっています。
  • しかし、オープンソースは収益化が難しく、将来的な投資を妨げる可能性があります。
  • また、AI技術が軍事転用可能なレベルに達した場合や、国内の厳格な情報統制との兼ね合いから、中国政府がオープンソース戦略を転換する可能性も指摘されています。

詳細解説

前提補足:オープンソースAIについて

 「オープンソースAI」とは何かをまず簡単に説明します。

 これは、AIモデルの設計図(ソースコード)や学習に使ったデータ、学習方法などを公開し、誰でも無償で利用したり、改良したり、再配布したりできるようにする考え方です。Meta社(旧Facebook)の「Llama」モデルなどが有名ですが、利用には一部制限がある場合もあります。

 これに対し、ChatGPTで知られるOpenAI社のモデルのように、内部の仕組みを公開しないものは「プロプライエタリ(独占的)モデル」と呼ばれます。

中国がオープンソースAIを推進する背景

 中国のDeepSeek社が公開したモデルは、ほぼ無制限に利用できるライセンス形態をとっており、より純粋なオープンソースに近いと言えます。なぜ中国企業や政府は、このような「太っ腹」とも言える戦略をとるのでしょうか?

 最大の理由は、米国による技術的制約です。現在、高性能なAIを開発するには、Nvidia社などが製造する最先端の半導体チップが不可欠ですが、米国政府は安全保障上の理由から、これらのチップの中国への輸出を厳しく制限しています。この状況を打開するため、中国はオープンソースという「抜け道」を選びました。つまり、最先端チップを持つ他国の企業が開発・公開したオープンソースAIモデルを活用・改良することで、自国の技術レベルを引き上げようとしているのです。実際に、DeepSeekが登場する以前は、中国のAIモデルの多くがMeta社のLlamaをベースにしていたと記事は指摘しています。

 さらに、国内企業間でのリソース共有も進んでいます。例えば、Alibaba傘下のAnt Groupは、Nvidia製より性能が劣る国産チップ(Huawei製など)を使って、Nvidia製チップを使った場合と同等の性能でAIを訓練する技術を開発したと報じられています。このような技術革新が広まれば、習近平国家主席が掲げる「技術的自立」の目標達成に近づくことになります。

中国は、米国、インドに次ぐオープンソースへの貢献国

China is one of the world’s top contributors in open source 10K 20K 30K 40K 50K 60K 70K 80K United States India Hong Kong SAR China Germany Japan United Kingdom Singapore Canada France ロイターの記事を基に作成

オープンソース戦略のメリットとデメリット

 オープンソース戦略は、技術開発の加速以外にもメリットがあります。一つは国際的な評価の向上です。DeepSeekの創業者も「オープンソースへの貢献は尊敬を集める」と語っているように、無償で価値ある技術を提供することは、中国のソフトパワー(文化や価値観による影響力)を高める効果があります。

 一方で、デメリットも存在します。最も大きいのは収益化の難しさです。プロプライエタリモデルを提供する企業は、モデルへのアクセス権や関連サービス利用料で収益を上げますが、オープンソースではそれが困難になります。DeepSeekのような非公開企業は利益よりもイノベーションを優先できるかもしれませんが、Alibabaのような上場企業にとっては、投資に見合うリターンが得られなければ、株価や企業価値に影響が出かねません。Alibabaは、無料のAIモデルを提供しつつ、それを動かすための計算資源(クラウドサービス)や関連ソフトウェアを販売することで収益化を図る戦略ですが、中国企業のAI・IT投資が今後活発になることが前提となります。

オープンソース戦略は持続可能か?

 オープンソース戦略において最も懸念されるのは、中国政府による方針転換のリスクです。中国では、政府が経済に対して強い統制力を持っており、AIに関しても「社会主義の核心的価値観」に沿うことや「国家の安全を危険にさらす」コンテンツを含まないことなどが求められています。

 現状、オープンソースAIに対する規制は曖昧ですが、中国のAI技術が欧米に追いつき、追い越すレベルになった時、特に軍事やサイバー戦争で優位性を左右するような強力な技術を、無償で世界に公開し続けるでしょうか? 中国がすでに世界的なリーダーとなっている電気自動車用バッテリーやグリーンエネルギー分野では、技術の国外流出に神経をとがらせ、輸出規制を行っている事実が指摘してされています。

 また、DeepSeek社の革新的なAI訓練技術が、より優れた計算資源を持つ米国企業により大きな利益をもたらす可能性や、一部従業員に出国制限がかかっているとの報道も紹介されており、中国政府がオープンソース戦略に対して複雑な感情を抱き始めている可能性を示唆しています。

まとめ

 本稿では、ロイター通信の記事を基に、中国がオープンソースAIを推進する背景とその課題について解説しました。米国からの技術的制約を回避し、国際社会での評価を高めるためにオープンソース戦略を採用している一方で、収益化の難しさや、技術が高度化した場合の政府による方針転換のリスクも抱えています。

 中国発の無償で高性能なAIモデルの登場は、世界中の開発者にとって恩恵である一方、その状況がいつまで続くかは不透明である、というのが記事の結論です。AI技術の進化と地政学的な動きが複雑に絡み合う今後の動向を注視していく必要があるでしょう。

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