[ビジネスマン向け]VCが予測する2026年の企業AI導入——3年越しの期待は実現するか?

目次

はじめに

 TechCrunchが2025年12月29日に公開した記事では、24人のエンタープライズ向けベンチャーキャピタリスト(VC)への調査をもとに、2026年の企業AI導入の見通しが報じられています。本稿では、VCたちが予測する2026年のトレンド、AIスタートアップの競争優位性の条件、そして企業がAI投資から価値を得られるようになる時期について解説します。

参考記事

要点

  • OpenAIがChatGPTをリリースして3年が経過したが、MITの調査では95%の企業がAI投資から有意義なリターンを得られていない
  • 24人のエンタープライズ向けVCは、2026年が企業のAI本格導入、価値創出、予算増加の年になると予測している
  • 2026年の注目トレンドとして、カスタムモデル、AI企業のコンサルティング化、音声AI、物理世界へのAI適用などが挙げられた
  • AIスタートアップの「堀(moat)」は、モデル性能よりも経済性、ワークフローへの組み込み、データの独自性が重要とされる
  • 2026年末までに、AIエージェントは初期導入段階にあり、知識労働者の多くが名前で呼べるエージェント同僚を持つ可能性がある

詳細解説

企業AI導入の現状と課題

 TechCrunchによれば、OpenAIがChatGPTをリリースしてから3年が経過し、その間AI分野への投資が急増したものの、企業は新しいAIツール導入の効果を実感できていないとされています。2025年8月のMIT調査では、95%の企業がAI投資から有意義なリターンを得られていないという結果が示されました。

 この調査結果は、AI技術の成熟度と企業の実装能力のギャップを示していると考えられます。多くの企業がAIツールを試験的に導入しているものの、業務プロセスへの統合や効果測定の方法が確立されていない段階と言えます。

VCが予測する2026年のトレンド

 TechCrunchが調査した24人のVCは、2026年に向けて以下のようなトレンドを予測しています。

 Ascend社のKirby Winfield氏は、企業が大規模言語モデル(LLM)が万能ではないことに気づき、カスタムモデル、ファインチューニング、評価、観測可能性、オーケストレーション、データ主権に注目すると述べました。これは、汎用的なLLMをそのまま使うのではなく、自社のニーズに合わせてカスタマイズする方向性を示しています。

 Northzone社のMolly Alter氏によれば、一部のエンタープライズAI企業が製品ビジネスからAIコンサルティングへとシフトする可能性があるとされています。顧客のワークフローが十分に蓄積されると、特化型AI製品企業が汎用的なAI実装者になるという見方です。

 Greycroft社のMarcie Vu氏は音声AIの機会に注目しており、音声がより自然で効率的なコミュニケーション手段であることから、音声を主要なインターフェースとした製品の再設計が進むと予測しています。

 また、Inspired Capital社のAlexa von Tobel氏は、2026年がAIが物理世界を再構築する年になると述べ、インフラ、製造、気候モニタリングの分野で、反応的なシステムから予測的なシステムへの移行が進むと予測しました。

AIスタートアップの競争優位性

 VCたちは、AIスタートアップの「堀(moat)」、すなわち競争優位性について、モデル性能だけでは不十分という見解を示しています。

 Asymmetric Capital Partners社のRob Biederman氏によれば、AIにおける堀はモデル自体よりも経済性と統合にあり、エンタープライズワークフローに深く組み込まれ、独自のデータにアクセスでき、スイッチングコスト、コスト優位性、または複製困難な成果を示すことが重要とされています。

 Wing Venture Capital社のJake Flomenberg氏は、モデル性能やプロンプティングだけに基づく堀には懐疑的で、「OpenAIやAnthropicが明日10倍優れたモデルをリリースしたら、この企業は存在理由があるか?」という問いを重視すると述べました。この視点は、技術的優位性の一時性を指摘するものと言えます。

 Northzone社のMolly Alter氏は、垂直カテゴリーでの堀構築が水平カテゴリーよりも容易であり、最良の堀は「データの堀」で、顧客、データポイント、インタラクションが増えるごとに製品が改善されるものだと説明しました。また「ワークフローの堀」として、業界内でタスクやプロジェクトがどのように進行するかの理解に基づく防御性も挙げられています。

2026年に企業はAI投資から価値を得られるか

 「2026年が企業のAI投資から価値を得る年になるか」という問いに対し、VCたちの回答は概ね楽観的です。

 Ascend社のKirby Winfield氏は、企業が数十のソリューションでの無作為な実験が混乱を生むことに気づき、より少数のソリューションでより thoughtfulなエンゲージメントに注力すると述べました。

 一方、Black Operator Ventures社のAntonia Dean氏は、多くの企業が実際にAIソリューションを成功裏に使用できる準備ができているかにかかわらず、他分野での支出削減や人員削減を説明するためにAI投資の増加を主張すると指摘し、AIが経営幹部の過去の失敗を隠すためのスケープゴートになる可能性があると述べました。この見方は、企業のAI投資発表が必ずしも実質的な導入を意味しないことを示唆しています。

 Andreessen Horowitz社のJennifer Li氏によれば、企業がAI投資からリターンを得られていないというセンセーショナルな見出しがあるものの、AIコーディングツールを使うソフトウェアエンジニアに「ツールがなかった時代に戻りたいか」と尋ねれば答えは否定的で、企業はすでに今年価値を得ており、来年は組織全体でそれが倍増すると述べました。

企業のAI予算は増加するか

 「2026年に企業がAI予算を増加させるか」という問いに対し、VCたちは増加すると予測していますが、その内訳には注意が必要とされています。

 Sapphire社のRajeev Dham氏は、単純にAI予算を増やすというより、労働支出の一部をAI技術にシフトさせるか、AI機能から非常に強力なROIを生み出し、投資が3〜5倍で自己回収されるようになると述べました。

 Asymmetric Capital Partners社のRob Biederman氏によれば、明確に結果を出すAI製品の狭い範囲では予算が増加し、それ以外では急激に減少する見込みです。全体の支出は成長する可能性がありますが、大幅に集中化され、少数のベンダーがエンタープライズAI予算の不均衡なシェアを獲得する一方、多くの企業は収益が横ばいまたは縮小すると予測されています。

 Databricks Ventures社のAndrew Ferguson氏は、2026年がCIOたちがAIベンダーの乱立に反発する年になると述べました。現在、企業は単一のユースケースに対して複数のツールをテストしており、実験のインセンティブが存在していますが、AIから実際の成果が見え始めると、実験予算の一部を削減し、重複ツールを合理化し、その節約分を実際に成果を出したAI技術に投入すると予測しています。

2026年のシリーズA調達に必要な条件

 VCたちは、2026年にエンタープライズ向けAIスタートアップがシリーズAを調達するために必要な条件について具体的な見解を示しています。

 Wing Venture Capital社のJake Flomenberg氏によれば、最良の企業は「なぜ今か」という説得力のある物語(通常は生成AIが新たな攻撃面、インフラニーズ、ワークフロー機会を生み出すことに関連)と、エンタープライズ導入の具体的証拠の両方を組み合わせています。年間経常収益(ARR)100万〜200万ドルがベースラインですが、それ以上に重要なのは、顧客が製品をビジネスにとってミッションクリティカルと見なしているか、単にあればいい程度のものと見なしているかだとされています。

 Insight Partners社のLonne Jaffe氏は、AIがコストを下げることで総アドレス可能市場(TAM)が拡大する領域ではなく縮小する領域で構築していることを示すべきだと述べました。一部の市場では需要の弾力性が高く、価格が90%下落すると市場規模が10倍になりますが、他の市場では弾力性が低く、価格を下げると市場が蒸発し、顧客がすべての価値を保持してしまうとされています。

 Work-Bench社のJonathan Lehr氏は、顧客が実際の日常業務で製品を使用しており、リファレンスコールに応じて影響、信頼性、購買プロセスなどについて正直に話す意思があることを重視しています。企業は、製品がセキュリティ、法務、調達のレビューに耐えられる形で、時間を節約し、コストを削減し、または出力を増加させる方法を明確に示すべきだとされています。

AIエージェントの役割

 2026年末までにAIエージェントが企業で果たす役割について、VCたちは様々な予測を示しています。

 645 Ventures社のNnamdi Okike氏によれば、エージェントは2026年末時点でまだ初期導入段階にあり、企業がAIエージェントから真に利益を得るためには多くの技術的および規制上のハードルを克服する必要があるとされています。また、エージェント間通信の標準も作成される必要があると述べました。

 一方、Sapphire社のRajeev Dham氏は、1つの普遍的なエージェントが出現すると予測しています。現在、各エージェントはインバウンドSDR、アウトバウンドSDR、カスタマーサポート、製品発見などの役割ごとにサイロ化されていますが、2026年後半までにこれらの役割が共有コンテキストとメモリを持つ単一のエージェントに収束し始め、長年の組織的サイロを打破し、企業とユーザー間のより統一的で文脈的な会話を可能にすると述べました。

 NEA社のAaron Jacobson氏は、知識労働者の大多数が名前で呼べる少なくとも1人のエージェント同僚を持つようになると予測しています。

 Hustle Fund社のEric Bahn氏は、AIエージェントが企業の労働力において人間よりも大きな部分を占めるようになる可能性があると述べ、AIエージェントの増殖は本質的に無料でゼロ限界コストであるため、ボットを通じて成長しない理由はないと主張しました。

成長率と定着率が高い企業の特徴

 VCたちは、自社ポートフォリオで最も成長している企業と定着率の高い企業の特徴について見解を示しています。

 Wing Venture Capital社のJake Flomenberg氏によれば、最も急成長している企業は、生成AI導入によって生じたワークフローやセキュリティギャップを特定し、プロダクトマーケットフィットを徹底的に追求した企業です。サイバーセキュリティでは、LLMが機密データと安全に対話できるようにするデータセキュリティツールや、自律システムが適切なコントロールを持つことを保証するエージェントガバナンスが挙げられました。マーケティングでは、検索結果だけでなくAIレスポンスで発見されることを目指すAnswer Engine Optimization(AEO)などの新分野が注目されています。これらは2年前には存在しなかったカテゴリーですが、現在は大規模にAIを展開する企業にとって必須となっていると述べられています。

 Andreessen Horowitz社のJennifer Li氏は、企業がAIを本番環境に投入するのを支援する企業が好調だとし、データ抽出と構造化、AI システム向けの開発者生産性、生成メディア向けインフラ、メディア向けの音声とオーディオ、サポートやコールセンターなどのアプリケーションを挙げました。

 定着率に関して、Wing Venture Capital社のJake Flomenberg氏は、定着率と拡大を実現している企業には共通のパターンがあり、顧客がより多くのAIを展開するにつれて深刻化する問題を解決していると述べました。強力な定着率は3つの要素から生まれるとされています:ミッションクリティカル(削除すると本番ワークフローが壊れる)、再現困難な独自のコンテキストの蓄積、AI導入とともに成長する問題の解決(ワンショットではない)です。

 Work-Bench社のJonathan Lehr氏は、ソフトウェアがポイントソリューションではなく基盤的インフラとなる場合に定着率が最も高いと述べました。AuthZedは認可とポリシーが現代システムの中核に位置し、一度組み込まれると引き剥がすコストが極めて高いため、強力な定着率を持っています。Courier HealthとGovWellは記録システムおよびエンドツーエンドワークフローのオーケストレーション層として機能し、医療における患者ジャーニーや政府における許可プロセスなど、稼働すると深く組み込まれるため定着率が高いとされています。

まとめ

 TechCrunchの調査によれば、24人のエンタープライズ向けVCは2026年が企業のAI本格導入の年になると予測していますが、これは3年連続で同じ予測がなされています。カスタムモデル、音声AI、物理世界へのAI適用などが注目トレンドとして挙げられ、AIスタートアップの競争優位性はモデル性能よりもワークフローへの組み込みやデータの独自性が重要とされています。企業のAI予算は増加すると見られていますが、実際に成果を出す少数のベンダーに集中する可能性が高いと考えられます。

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