はじめに
Googleが2025年12月23日、同社の研究開発部門による2025年の主要な研究成果をまとめた年次レビューを公開しました。本稿では、AIモデルの進化、製品への統合、科学的発見、量子コンピューティングなど8つの領域における具体的な成果と、それらが実社会にもたらす影響について解説します。
参考記事
- タイトル: Google’s year in review: 8 areas with research breakthroughs in 2025
- 著者: Jeff Dean, Demis Hassabis, James Manyika
- 発行元: Google Blog
- 発行日: 2025年12月23日
- URL: https://blog.google/technology/ai/2025-research-breakthroughs/
要点
- Gemini 3 ProはLMArena Leaderboardで首位を獲得し、Gemini 3 Flashは従来のProスケールモデルを上回る性能を低コストで実現した
- AlphaFoldは公開から5年で190カ国以上、300万人以上の研究者に利用され、うち100万人が低・中所得国のユーザーである
- Ironwood TPUは推論時代に特化した新世代チップとして、AlphaChipを用いた設計手法で開発された
- WeatherNext 2は従来比8倍高速な気象予測を実現し、洪水予測は150カ国20億人をカバーするまで拡大した
- Googleは米国エネルギー省の17の国立研究所と提携し、AIによる科学研究の変革を目指すGenesisプロジェクトを支援している
詳細解説
AIモデルの飛躍的進化
Googleは2025年、推論能力、マルチモーダル理解、モデル効率、生成能力の各分野で大きな進歩を遂げました。3月のGemini 2.5リリースに始まり、11月のGemini 3、12月のGemini 3 Flashと、年間を通じて主要モデルを次々と更新しています。
Googleによれば、Gemini 3 ProはLMArena Leaderboardで首位を獲得し、Humanity’s Last ExamやGPQA Diamondといったベンチマークで画期的なスコアを記録しました。Humanity’s Last Examは、AIが人間のように真に思考し推論できるかを試す非常に難易度の高いテストとして知られています。また、数学分野では最先端の23.4%をMathArena Apexで達成したとされています。
続いて発表されたGemini 3 Flashは、Gemini 3 Proレベルの推論能力をFlashレベルのレイテンシ、効率性、コストで実現したモデルです。Googleの発表では、従来のGemini 2.5 Proスケールモデルの性能を大幅に上回りながら、価格は数分の一、レイテンシも大幅に改善されているとのことです。これは「次世代のFlashモデルが前世代のProモデルを上回る」というGemini時代のトレンドを継続するものと考えられます。
オープンモデルのGemmaファミリーも大きく進化しました。Gemma 3は単一のGPUまたはTPUで実行可能な最も高性能なモデルとして3月に発表され、8月にはGemma 3 270Mという超効率的なコンパクトモデルが追加されています。これらのモデルは、マルチモーダル機能、コンテキストウィンドウの拡大、多言語対応の強化などが図られており、研究者や開発者にとってアクセスしやすいAI技術の提供を目指していると思います。

製品とサービスへのAI統合
2025年は、AIがツールから実用的なユーティリティへと進化した年として位置づけられています。Googleは製品ポートフォリオ全体に強力なエージェント機能を導入し、特にソフトウェア開発分野では、コーディング支援を超えて開発者と協働するエージェントシステムへと移行しました。
11月に発表されたGoogle Antigravityは、AI支援ソフトウェア開発の新時代を象徴する製品です。また、Gemini 3の優れたコーディング能力も、この方向性を支える重要な要素と考えられます。
3月には検索にAI Overviewsが拡大され、より包括的なAI体験が提供されるようになっています。コア製品群では、8月発表のPixel 10にAI機能が搭載され、検索サービスではAI Modeが導入されました。GeminiアプリやNotebookLMといったAIファーストのイノベーションも進化を続け、NotebookLMには11月にDeep Research機能が追加されました。Deep Researchは、複雑なトピックについて深く掘り下げた調査を自動的に行う機能で、学術研究やビジネスリサーチにおいて有用とされています。
創造性とコクリエーション
2025年は生成AIツールにとっても変革の年でした。動画、画像、音声、そして仮想世界の生成モデルとツールがより効果的になり、広く利用されるようになっています。
Nano BananaとNano Banana Proは、ネイティブな画像生成と編集において前例のない能力を提供しました。Googleによれば、8月にGeminiアプリの画像編集機能が大幅にアップグレードされ、Nano Bananaが導入されたとのことです。
クリエイティブ産業向けには、FlowやMusic AI Sandboxといったツールが開発され、クリエイティブワークフローをより支援するものとなっています。5月のGoogle I/Oでは、Veo 3、Imagen 4、Flowといった新しい生成メディアモデルが発表され、10月にはVeo 3.1とFlowの高度な機能が追加されました。
また、Google Arts & Cultureラボでは、AIを活用した新しい体験が提供され、芸術、科学、旅行といった分野での文化的学習が拡充されています。これらの取り組みは、AIが創造的表現の可能性を広げるツールとして機能していることを示していると考えられます。
科学と数学における進歩
2025年は、AIを用いた科学的進歩においても顕著な年となりました。生命科学、健康、自然科学、数学の各分野で画期的な成果が報告されています。
ゲノミクス分野では、10年にわたる先端技術の応用を経て、シーケンシングを超えてAIで最も複雑なデータを解釈する段階に進んでいます。
AlphaFoldは、50年来のタンパク質折り畳み問題を解決したノーベル賞受賞のAIシステムとして、公開から5周年を迎えました。Googleによれば、AlphaFoldは190カ国以上で300万人以上の研究者に利用され、そのうち100万人以上が低・中所得国のユーザーとのことです。この広範な利用は、科学研究の民主化という観点からも重要な意味を持つと思います。
6月には、ゲノムのより良い理解のためのAIとしてAlphaGenomeが発表されました。また、9月のAlphaEvolveは、AIを研究パートナーとして理論計算機科学を進歩させる取り組みとして注目されています。10月に発表されたDeepSomaticは、AIを用いて腫瘍内の遺伝的変異を特定するシステムです。
数学分野では、Gemini 3のDeep Think機能により歴史的な進歩が達成されました。Googleの発表では、Deep Thinkを搭載した高度なバージョンのGeminiが国際数学オリンピック(IMO)で金メダル水準を正式に達成し、また国際大学対抗プログラミングコンテスト(ICPC)世界大会でも金メダルレベルに到達したとされています。これらの成果は、深い抽象的推論を必要とする問題をAIが解決できるようになったことを示すものと考えられます。
コンピューティングと物理世界
量子コンピューティング、エネルギー、ムーンショットプロジェクトといった分野でも、重要な発見と未来の形成が進められています。
量子コンピューティングでは、10月に発表されたQuantum Echoesアルゴリズムが、実世界での応用に向けた大きな一歩として注目されました。また、GooglerのMichel Devoretが、元GooglerのJohn Martinis、カリフォルニア大学バークレー校のJohn Clarkeとともに、1980年代の量子研究の基礎的貢献により2025年ノーベル物理学賞を受賞しています。
AIを支えるコアインフラストラクチャの進歩も続いています。11月に発表されたIronwood TPUは、推論時代に特化した新世代チップです。Googleによれば、IronwoodはAlphaChipという手法を用いて設計されたとのことです。AlphaChipは、AIを用いてチップ設計を変革する取り組みとして知られています。
ロボティクスと視覚理解の分野では、AIエージェントが物理世界と仮想世界の両方に進出しています。3月に発表されたGemini Roboticsに続き、9月にはより洗練されたGemini Robotics 1.5が発表され、AIエージェントを物理世界に持ち込むものとなりました。また、8月に発表されたGenie 3は、汎用世界モデルの新たなフロンティアとして位置づけられています。世界モデルは、AIが環境を理解し予測する能力を向上させる技術で、ロボティクスやシミュレーション分野での応用が期待されます。
グローバルな課題への取り組み
2025年の成果は、AIを活用した科学的進歩が世界の重要な課題に直接適用されていることを示しています。気候レジリエンス、公衆衛生、教育といった人間の繁栄に不可欠な分野で、最先端の基盤モデルとエージェント推論を活用することで、理解を深め、影響力のあるソリューションを提供しています。
気象予測では、11月に発表されたWeatherNext 2が、従来比8倍高速で最大1時間の解像度で予測を生成できるとされています。Googleによれば、洪水予測情報は現在、150カ国で20億人以上をカバーし、深刻な河川洪水に対応しているとのことです。また、この技術を用いて、実験的なサイクロン予測を通じて気象機関の意思決定を支援しているそうです。
7月には、AlphaEarth Foundationsが発表され、前例のない詳細さで地球をマッピングする取り組みが進められています。同じく7月に発表されたGoogle Earth AIは、最先端の地理空間AIモデルとして、都市計画や環境モニタリングなど幅広い応用が期待されます。
3月には、FireSatシステムのローンチが発表されました。FireSatは、山火事をより早期に発見するためのシステムで、衛星技術とAIを組み合わせたものと考えられます。
健康分野では、AIを活用した科学的進歩がより患者に近いところで応用され、疾患管理や治療法の発見に新たな道を開いています。10月に発表されたCell2Sentence-Scale 27Bは、Gemmaモデルが新たな潜在的がん治療経路の発見に貢献した事例です。また、3月には診断から治療へと進化したAMIEシステムが、縦断的疾患管理のために発表されています。
教育分野では、5月に発表されたLearnLMや、8月のGeminiにおけるGuided Learning機能が、新しい形の理解を可能にし、好奇心を広げるツールとして機能しています。また、12月にはGoogle翻訳にGeminiの最先端の翻訳機能が導入され、よりスマートで自然、正確な翻訳が実現されています。音声から音声への翻訳機能も試験的に導入されているとのことです。
責任と安全性
研究の進歩と並行して、責任と安全性に関する厳格で先見的な取り組みも進められています。モデルがより高性能になるにつれ、リスクを予測し軽減するためのツール、リソース、安全性フレームワークの進化も続けられています。
Googleによれば、Gemini 3はこれまでで最も安全なモデルであり、これまでのGoogle AIモデルの中で最も包括的な安全性評価を受けたとのことです。9月にはFrontier Safety Frameworkの強化が発表され、4月には責任あるAGIへの道筋が示されました。また、同じく4月には先進AIの潜在的なサイバーセキュリティ脅威の評価に関する取り組みも公表されています。
GeminiアプリでのAI生成検証機能が11月には画像、12月には動画に対して導入されました。これらは、生成コンテンツの信頼性を確保するための重要な取り組みと考えられます。
フロンティア協力
AIの最先端を責任を持って進めるには、社会のあらゆる部分との協力が必要です。2025年、Googleは主要なAI研究所と協力してAgentic AI Foundation(AAIF)の設立を支援し、エージェントAIの責任ある相互運用可能な未来を確保するためのオープンスタンダードをサポートしています。
12月には、Model Context Protocol(MCP)のGoogleサービスへの対応が発表されました。また、米国エネルギー省の17の国立研究所と提携し、科学研究の実施方法を変革することを目指すGenesisプロジェクトへの支援も発表されています。
教育分野では、マイアミ・デイド郡のような学区やRaspberry Piのような教育団体と提携し、学生にAIスキルを提供する取り組みを進めています。10月にはマイアミのAI対応の未来を支援するパートナーシップが発表され、11月にはAIと学習に関する最新のコミットメントが公表されました。
大学との研究パートナーシップも重要です。カリフォルニア大学バークレー校、イェール大学、シカゴ大学など多くの大学との協力が、今年最もエキサイティングな最先端研究の一部に貢献しています。
また、映画製作者やその他の創造的ビジョナリーと協力し、最高のAIツールを提供し、AI時代のストーリーテリングを探求する取り組みも進められています。9月には「Sweetwater」という短編映画がAI on Screenプレミアで公開され、6月には「ANCESTRA」の舞台裏が紹介されました。これらは、Veoなどの生成AIツールと実写映画制作を組み合わせた実験的な試みと言えます。
まとめ
Googleの2025年の研究成果は、AIモデルの性能向上から科学的発見、社会課題への応用まで、幅広い領域で大きな進展があったことを示しています。Gemini 3やIronwood TPUといった技術的ブレークスルーに加え、AlphaFoldの広範な利用や気象予測の拡大など、実社会への影響も拡大しました。今後、これらの成果が人類の利益のために、安全かつ責任を持って進展していくことが期待されます。
