[開発者向け]2026年のAI、「大きく」から「賢く」へ──IBM Think専門家予測

目次

はじめに

 IBM Thinkが2025年12月22日、2026年のAI動向を予測する記事を公開しました。本稿では、この記事で紹介された複数の専門家の見解をもとに、AI開発の方向性がどのように変化しているのか、そして企業にとって何が重要になるのかを解説します。

参考記事

要点

  • 2026年は「より大きなモデル」ではなく「より賢いモデル」を目指す年になる
  • DeepSeekの登場により、計算効率を重視した開発へとパラダイムシフトが起きた
  • 推論時計算(inference time compute)により、モデルが「考えてから答える」ことが可能になった
  • ハルシネーション問題は依然として存在し、信頼性向上が課題である
  • 経済的・物理的・規制的という3つの制約が2026年のAI開発を形作る

詳細解説

AIモデル開発のパラダイムシフト

 IBM Thinkによれば、2026年のAIモデル開発は「より大きく」ではなく「より賢く」という方向に進むとされています。過去10年間、AI業界は「より多くのデータ、より多くのパラメータ、より多くの計算能力が、より高い知能をもたらす」という単純な法則に従ってきました。しかし、2025年1月にDeepSeekが発表したモデルが、この前提を覆しました。

 IBMフェローのKush Varshney氏は「小型言語モデルでも、はるかに大型のモデルと同等、あるいはそれ以上の性能を発揮できる」と述べています。DeepSeekのモデルは、西側諸国のシステムと同等の性能を、約10分の1の計算量で実現したとされています。この発表により、Nvidiaの株価が1日で17%下落したことは、業界に与えた衝撃の大きさを物語っています。

 ノースカロライナ大学ケナン・フラグラー校のSeyed Emadi准教授は「2025年のAIを要約するなら、モデルを大きくすることをやめ、賢くすることを始めた年だ」と表現しました。この変化は、単なる技術的な進歩ではなく、AI開発の根本的な考え方の転換を意味すると考えられます。

推論時計算という新しいアプローチ

 2025年の最も重要な技術的進歩として、複数の専門家が「推論時計算(inference time compute)」を挙げています。カリフォルニア大学サンディエゴ校のMisha Belkin教授は「思考モデルと推論時スケーリングの台頭」を、ミシガン大学AI研究室を率いるRada Mihalcea氏は「マルチエージェントシステムの進歩」を、それぞれ重要な発展として指摘しました。

 推論時計算とは、モデルが回答を生成する際に、より多くの時間をかけて「考える」ことができる仕組みです。従来のモデルは、入力を受け取ると即座に予測を出力する反射的な動作をしていました。新しいモデルは、難しい質問に対して数分かけて論理をチェックし、行き詰まりから引き返すことができます。

 スタンフォード大学のGabriel Poesia研究員は、モデルが「より長い期間考える能力」と「長い思考期間中にツールをシームレスに使用する能力」を獲得していると観察しています。この変化により、AIは単なるパターン認識から、より高度な問題解決へと進化しつつあると考えられます。

小型化・高速化・低コスト化の実現

 効率性の向上は、モデルアーキテクチャの変化によっても実現されています。現在注目されているのは「混合エキスパート(Mixture of Experts)」と呼ばれる手法です。ノースカロライナ大学のAndrew Chin法学教授は「密なモデルはすべてのトークンに対してほぼ同じ計算コストがかかるが、スパースなシステムはトークンをパラメータの一部だけを通してルーティングする」と説明しています。

 この手法は、すべての専門分野を知る1人の医師に相談するのではなく、適切な専門医に相談するようなものです。企業にとって重要なのは「規模を最大化するだけでなく、管理すべきものとして扱う」という考え方になります。

 ペース大学のChristelle Scharff教授は「LoRAや軽量なファインチューニングへの明確なシフト」を目撃したと述べています。限られた計算資源しか持たない研究者でも、1年前には手の届かなかったモデルをカスタマイズできるようになりました。

 さらに、ノースカロライナ大学看護学部のKandyce Brennan助教授は、MITのDisCIPLプランナーのような手法を紹介しています。これは「大型モデルが計画と調整を行い、多数の小型モデルが実行する」というアプローチで、計算コストを大幅に削減できるとされています。

 Varshney氏は、企業が実際に必要としているのは「あらゆることができる能力」ではなく「特定のタスクに特化した能力」だと指摘しています。規模の神学から、目的適合性の実用主義へと移行しつつあると言えます。

信頼性の課題:自信を持って間違える

 技術的進歩がある一方で、AIモデルには依然として重大な限界があります。Poesia研究員は「信頼性と創造性という2つの主要な課題が続いている。99.9%の成功率でさえ十分ではない」と指摘しています。100万件のクエリを処理すると1,000回失敗するという計算になり、医療、法律、金融の分野では許容できない確率です。

 創造性についても課題があります。Poesia研究員は「オープンエンドなタスクでは、異なる企業のモデルでさえ似たような出力をする傾向がある」と観察しています。モデルは正しい答えを見つけることは得意になりましたが、独創的であることは苦手なままと考えられます。

 ARC-AGI-2と呼ばれるベンチマークは、この課題を明確に示しています。Emadi准教授によれば「最先端の思考モデルでさえ、人間のパフォーマンスをはるかに下回る」とのことです。モデルは以前より推論能力が向上しましたが、依然として自信を持って間違えることがあります。

 ノースカロライナ大学のMohammad Hossein Jarrahi教授は「ハルシネーションは性質が変化したが、完全には消えていない」と述べています。ハルシネーションとは、AIが事実と異なる情報をもっともらしく生成する現象です。この傾向は根強く残っていると考えられます。

信頼構築への取り組み

 信頼性向上のため、いくつかの技術的進歩がありました。Jarrahi教授は「コンテキストウィンドウの拡大」を重要な進歩として挙げています。コンテキストウィンドウとは、モデルが作業記憶で保持できる情報量のことです。現在は約100万トークン、つまり数冊の小説に相当する情報を保持できるようになりました。これは法的文書のレビュー、ソフトウェア開発、研究の統合において極めて重要と考えられます。

 また「特定の箇所を指し示す引用機能」も改善されています。モデルが「作業過程を示す」ことができれば、ユーザーは盲目的に受け入れるのではなく、検証することができます。

 MIT-IBM Watson AI研究室のAude Oliva所長は「AIと人間の協働の未来は対話である。人工的なエージェントシステムは、ある程度の心の理論を持つ必要がある」と述べています。心の理論とは、他者が異なる視点を持っていることを理解する能力です。この能力がAIに欠けていることが、どれだけ能力が高くても埋められない摩擦を生み出していると考えられます。

 Jarrahi教授は「この分野は、流暢さではなく、追跡可能性、較正、相互作用の堅牢性で評価されるモデルへと確実に向かっている」と指摘しています。派手な指標から信頼性の指標へと評価軸が移行しつつあります。

2026年を形作る3つの制約

 IBM Thinkの記事では、2026年に組織がAIで何ができるかを形作る3つの制約として、経済的、物理的、規制的な側面が挙げられています。

 経済的制約について、Chin教授は「推論の経済性がますます厳しい上限として機能する」と述べています。最近の推論能力の向上は、クエリあたりの計算量が大幅に増加することに依存しています。考えるのに数分かかるモデルは、リアルタイム応答が大規模に必要な場面では展開できないと考えられます。

 物理的制約も同様に深刻です。Emadi准教授によれば「世界のデータセンターの電力消費は2030年までに2倍以上になると予測されている」とのことです。多くの組織にとって、来年の制約はチップの入手可能性ではなく、プラグを差し込むギガワットになります。業界は何年もチップに執着してきましたが、ボトルネックは発電所に移行しつつあると言えます。

 Brennan助教授は「計算需要、したがって環境コストは依然として高く、持続可能性に関する重要な倫理的問題を提起している」と指摘しています。AIのカーボンフットプリントは無視できないレベルになっています。

 規制面では、Chin教授が「設計によるガバナンスの圧力がモデル開発をより直接的に形作る」と述べています。多くの展開において、必要なのは高性能だけでなく、監査可能で制限された動作です。ブラックボックスの時代は終わりを迎えつつあると考えられます。

ソブリンAIと学術研究の課題

 Varshney氏は、あまり報道されていない重要な動向として「ソブリンAI」の台頭を挙げています。ソブリンAIとは、各国が独自に開発するAIモデルのことです。これらは、訓練データが文化的により適切であり、経済的コントロールが自国に近いという意味で重要と考えられます。

 一方、産業界と学術界の格差が拡大していることを懸念する声もあります。Scharff教授は「大学は基礎的なAI研究に再び焦点を当て、10年から20年後にこの分野を形作るアイデアに投資する必要がある」と述べています。最大規模のモデルは学術研究の範囲を超えつつあり、次世代のアイデアがどこから生まれるのかという不安な疑問が生じています。

実務者の視点:自律的エージェントと医療分野

 ノースカロライナ大学ケナン・フラグラー校のJayashankar Swaminathan教授は「最大の進歩は自律的エージェント機能に関するもので、AIが複数のタスクを簡単な順序で実行できるようになった。2つ目は意思決定の背後にある論理を推論することに関連している」と述べています。

 医療分野では、ノースカロライナ大学看護学部のMaureen Baker准教授が「AIモデルは驚異的なペースで進歩している」と認めつつも、「批判的思考、臨床推論、判断が最前線に留まらなければならない」と強調しています。彼女のアプローチは実用的で「リスクが最小限で簡単に成果が得られるものを求めている」とのことです。

 ペース大学のDavid Sachs教授は「2種類のモデルが出現しているようだ。大型の『何でもできるモデル』と、JuliusやPerplexityのようなより焦点を絞ったモデルだ」と指摘しています。ソフトウェアがモノリシックなアプリケーションから専門ツールへと進化したように、AIもニッチな分野に細分化されつつあると考えられます。

まとめ

 IBM Thinkの記事が示す2026年のAI動向は、規模の追求から効率性と信頼性の追求への転換を明確に示しています。DeepSeekの登場をきっかけに、業界全体が「より大きく」から「より賢く」へとシフトしました。推論時計算により、AIは考えてから答えることができるようになりましたが、ハルシネーションや信頼性の課題は依然として残っています。経済的・物理的・規制的な3つの制約に対して、どのような回答を持ち合わせるのか、ということが重要になります。

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