[論文紹介]AI学習に使われた創作物、誰が報酬を得るべきか?「learnright」という新しい権利の提案

目次

はじめに

 生成AIが画像を生成し、テキストを作成する中で、元となる創作物の権利者への補償をどう考えるべきかという議論が高まっています。Cornell大学が2025年12月22日に報じた内容によれば、現行の著作権制度ではAIの学習利用に対応できないとして、「learnright」という新しい知的財産権が提案されました。本稿では、この提案の背景と仕組み、そして実現可能性について解説します。

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論文:

要点

  • Cornell Tech・Cornell Law SchoolのFrank Pasquale教授らが、AI学習専用の新しい知的財産権「learnright」を提案した
  • 現行の著作権制度では、AIによる大規模な学習利用に対応できず、創作者とAI企業の間で法的不確実性が生じている
  • learnrightは著作権に追加される第7の権利として、創作者がAI学習用のライセンスを管理できるようにする仕組みである
  • AI企業は特定のデータセットから学習する権利をライセンスする形となり、市場メカニズムで適正な料金が決まると想定される
  • 倫理的な観点から、功利主義、権利論、徳倫理のいずれの視点でも、創作者への補償が正当化されると論じられている

詳細解説

AI学習と著作権をめぐる現状の課題

 生成AIシステムは、インターネットから収集された膨大なデータセット——数百万冊の書籍、記事、楽曲、写真、アートワーク、投稿——で学習されています。Cornell Chronicleによれば、これらの作品の著作者の一部は現在、商用モデルの学習に無断で著作物を使用することは法律違反だとして、AI企業を提訴しています。

 しかし、学習利用がフェアユース(公正利用)に該当するかどうかについて、裁判所の判断は定まっていません。一部の裁判官はAI企業に懐疑的な姿勢を示す一方で、別の裁判官は人間が本を読むのと類似した行為として合法である可能性を示唆しています。

 この法的不確実性は、著作権者と技術開発者の双方に問題を生じさせています。アーティストは自分の独自のスタイルが数秒で模倣されることに不満を抱き、ジャーナリストはチャットボットがニュースを要約することで、出版社へのトラフィックが減少する中で読者を失っています。また、法律、デザイン、マーケティング、コーディングなどのホワイトカラー労働者は、自分たちがかつて生み出した作品を使って、次のAIアップグレードが仕事の一部を自動化するのではないかと懸念しています。

 著作権法は、デジタル音声送信など特定の用途に対して特別な保護を認めてきた歴史があります。AI学習という新しい技術的現実に対しても、同様の対応が必要と考えられます。

learnrightという新しい権利の提案

 Pasquale教授らは、著作権を置き換えるのではなく、創作者に既に付与されている6つの排他的権利に7番目の権利を追加することを提案しています。この新しい権利が「learnright(ラーンライト)」です。

 learnrightの基本的な考え方は、MITスローン経営大学院のThomas W. Malone教授が2023年に最初に提案したもので、今回の論文ではこの概念が法的・経済的にどのように機能するかが示されました。

 この権利の下では、生成AIツールを構築する企業は、特定のデータセットから学習する権利をライセンスすることになります。これは、一部の企業が既にニュースアーカイブやストックフォトライブラリーで行っているのと同様の仕組みです。

 Malone教授によれば、「learnright法は、これらすべての競合する視点をバランスよく調整する洗練された方法を提供します。AIシステムが効果的に機能するために必要なコンテンツを作成する人々に補償を提供し、AI企業が現在直面している著作権法に関する法的不確実性を取り除きます。つまり、現行の著作権法よりもシンプルで公正、そして社会にとって良い方法で、増大する法的問題に対処します」とのことです。

 市場交渉によって自然に適正な料金が設定され、クリアリングハウスや集団ライセンス組織が音楽業界の成功モデルを再現できると想定されています。集団管理団体による権利処理は、多数の権利者と利用者の間で効率的に許諾を仲介する実績のある仕組みです。

倫理的な正当化:3つの視点から

 著作者らは、これが単なる法的パズルではなく道徳的な問題でもあると主張しています。学術論文では、3つの倫理的視点から創作者への補償を正当化しています。

 功利主義の観点からは、創作活動が継続して生み出されることで社会全体が利益を得ます。そのためには、人間が創作を続けるインセンティブを維持する必要があります。

 権利論の観点からは、技術企業が自社の知的財産を積極的に保護する一方で、自社のモデルを支える人々の作品の価値を軽視していることが指摘されます。

 徳倫理の観点(人間の幸福に不可欠な性格と習慣のタイプに焦点を当てる)からは、繁栄する創作コミュニティは、帰属と尊重の規範に依存していると提案されています。

 これらの視点はいずれも、創作者への適切な補償を支持するものと考えられます。

イノベーションへの影響と反論

 批評家は、このような権利がイノベーションを遅らせたり、スタートアップに負担をかけたりする可能性があると主張するかもしれません。しかし、著者らは、無制限の学習が最終的にはAIが依存する創造的エコシステムそのものを損なう可能性があると反論しています。

 研究によれば、モデルに自身の出力を時間をかけて供給すると「モデル崩壊」を引き起こし、品質が低下する可能性があることが示唆されています。人間が生成したアート、ジャーナリズム、学術研究が継続的に更新されなければ、AIの進歩は停滞する可能性があります。

 つまり、創作者への補償は単なる公平性の問題ではなく、AI技術の持続的な発展にとっても必要な投資と言えます。

実現可能性と今後の展望

 この論文は、議員が生成AIの規制に関心を高めている時期に発表されました。learnrightは、政策立案者に明確な道筋を提供します。それは、学習を禁止するのでもなく、創作者を無補償のままにするのでもない中間的な解決策です。

 Pasquale教授は「現在、AI企業は自社の経営陣や従業員、さらにはNVIDIAのようなサプライヤーに豊富な報酬を支払っています。しかし、学習データとして使用される著作物もAIイノベーションの基盤にあります。そのため、その創作者も補償されるべき時が来ています。learnrightはこの方向への重要な一歩となります」と述べています。

 法制化に向けては、具体的なライセンス料率の設定方法、小規模事業者への配慮、既存の著作権制度との調整など、検討すべき課題は残されています。しかし、AI技術の発展と創作者の権利保護を両立させる仕組みとして、learnrightは注目に値する提案だと感じています。

まとめ

 AI学習における創作物の利用について、現行の著作権制度では対応できない課題が明らかになっています。「learnright」という新しい権利は、創作者への補償とAI技術の発展を両立させる可能性を持つ提案です。今後、この概念が法制化に向けてどのように議論されていくか、注目していく必要があります。

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