はじめに
近年、様々な分野でAI(人工知能)の活用が進んでいますが、スポーツ界も例外ではありません。本稿では、スペインの強豪サッカークラブ「セビージャFC」が、AIを活用してどのように有望な選手を発掘しているのかを紹介する記事「How Sevilla FC is discovering future soccer stars with Llama」を取り上げます。ビジネスパーソンやサッカーファンの方々にも、AIがスポーツビジネスにどのような変革をもたらしているのか、その一端を感じていただければ幸いです。
参照元情報
- 記事タイトル: How Sevilla FC is discovering future soccer stars with Llama
- 参照元URL: https://ai.meta.com/blog/sevilla-fc-scout-advisor-llama-ibm-watsonx/
- 発行日: 2025年2月28日
要点
- 課題: セビージャFCは、30万件を超える膨大なスカウトレポート(非構造化データ)を効率的に分析し、活用する方法を必要としていました。従来の数値データ(構造化データ)分析ツールでは、スカウトの主観的な評価(態度、粘り強さ、リーダーシップなど)を捉えきれていませんでした。
- 解決策: IBMと提携し、生成AIを活用したスカウトツール「Scout Advisor」を開発しました。このツールは、IBMのwatsonxプラットフォーム上で、Meta社の大規模言語モデル(LLM)「Llama 3.1」 を使用して構築されました。
- 仕組み: Scout Advisorは、自然言語処理(NLP) を用いて、スカウトが日常会話のような言葉で選手の特徴を検索できるようにしました。例えば、「才能のあるウイングを見せて」といった曖昧な質問も、AIがサッカー特有の文脈(「ドリブルでディフェンダーを抜き、スペースを作り、相手陣内に切り込む才能のあるウイング」)を理解し、関連性の高いレポートを抽出・要約します。
- 効果:
- 評価時間の大幅短縮: かつて数時間かかっていた選手評価が数秒で完了。
- タレント識別の強化: 専門家の意見が反映された大量のレポートから、AIが意味を理解して選手を特定。
- 競争優位性の確立: スポーツ界におけるAI活用のリーダーとしての地位を確立。
- 新たなビジネス機会: AIに関する専門知識を活かし、他組織へのコンサルティングという新たな収益源を創出。
- 特徴: オープンソースであるLlamaを採用したことで、セビージャFCは自社の安全な環境内でモデルをカスタマイズ・運用でき、データ漏洩のリスクを排除しました。
詳細解説
AI導入前の課題:埋もれていたスカウトの「眼」
セビージャFCは、ヨーロッパリーグで7度の優勝を誇る名門クラブであり、以前からデータ分析を積極的に活用していました。試合分析や選手のパフォーマンス評価、ファンマーケティングなど、様々な場面で機械学習やAIを活用し、ピッチ内外での成果向上に努めてきました。
しかし、大きな課題が一つ残っていました。それは、30万件以上にも及ぶスカウトレポートの扱いです。これらのレポートには、ゴール数やパス成功率といった構造化データ(数値化・分類しやすいデータ)では捉えきれない、スカウトの専門的な観察眼に基づいた評価、例えば選手の態度、粘り強さ、リーダーシップといった非構造化データ(文章など、形式が決まっていないデータ)が豊富に含まれていました。これらは選手の潜在能力を評価する上で非常に重要ですが、膨大な量の中から必要な情報を見つけ出すのは困難で、特定の選手リストを分析するだけでも200~300時間を要していたのです。
解決策:生成AIツール「Scout Advisor」の開発
この課題を解決するために、セビージャFCのデータ部門はIBMと協力し、「Scout Advisor」という生成AI(Generative AI)を活用したスカウトツールを開発しました。生成AIとは、テキスト、画像、音声などを新たに生成することができるAIの一種です。
Scout Advisorは、IBMのAIプラットフォーム「watsonx」上で構築され、その心臓部にはMeta社が開発した大規模言語モデル(LLM) である「Llama 3.1」が採用されました。LLMとは、膨大なテキストデータを学習し、人間が使うような自然な言語を理解・生成する能力を持つAIモデルです。
Scout Advisorの仕組み:AIが「サッカー語」を理解する
Scout Advisorの最大の特徴は、自然言語処理(NLP) を活用している点です。NLPは、人間が日常的に使う言葉(自然言語)をコンピューターが処理・理解するための技術です。これにより、スカウト担当者は、複雑なコマンドではなく、まるで会話するように選手の特徴をシステムに問いかけることができます。
例えば、「才能のあるウイングを見せて」という簡単な質問をすると、Scout AdvisorはLlama 3.1の能力を使って、その質問にサッカー特有の文脈を追加(プロンプトエンリッチメント)します。「才能のあるウイングとは、ドリブルでディフェンダーを抜き、スペースを作り出し、相手陣内に切り込む選手のことだ」といった具体的な定義を補うことで、検索精度を高めます。これにより、一般的な検索エンジンでは関係のない情報(例えば、チキンウイングのレシピなど)が表示される可能性があるのに対し、Scout Advisorは的確にサッカー選手のスカウトレポートだけを抽出できます。
さらに、セビージャFCはフューショット学習(Few-shot Learning)という手法を用いて、Llama 3.1に独自のスカウトデータを少量学習させ、レポートの要約精度を高めました。これにより、スカウト担当者は大量のレポートを読み込むことなく、選手の重要な情報を短時間で把握できます。
導入効果:時間短縮、精度向上、そして新たなビジネスへ
Scout Advisorの導入により、セビージャFCのスカウトプロセスは劇的に変化しました。
- 評価時間の大幅な短縮: これまで数百時間かかっていた選手評価が、わずか数秒で完了するようになりました。スポーツディレクターのビクトル・オルタ氏は、「選手について45件のレポートを確認する必要がなくなった。おそらく2分もあれば、意思決定に必要なすべての情報を得られる」と述べています。
- タレント識別の強化: AIがスカウトの主観的な評価(非構造化データ)の意味を理解して検索できるようになったことで、これまで見逃されていたかもしれない有望な選手を発掘する可能性が高まりました。
- 競争優位性の確立: この革新的なツールにより、セビージャFCはスポーツ界におけるAI活用のリーダーとしての地位を確立しました。
- 新たなビジネス機会の創出: AIに関する専門知識と実績が評価され、他のスポーツ関連組織へのコンサルティングという新たな収益源が生まれました。
オープンソースLLM「Llama」採用の意義
セビージャFCが、特定の企業が管理するプロプライエタリなモデルではなく、オープンソースのLlama 3.1を採用した点も重要です。オープンソースとは、ソフトウェアの設計図(ソースコード)が公開されており、誰でも自由に利用、改変、再配布できることを意味します。
これにより、セビージャFCは外部のプラットフォームにデータを送る必要がなく、自社の管理下にある安全な環境でAIモデルを運用・カスタマイズすることが可能になりました。これは、機密性の高いスカウト情報のデータ漏洩リスクを排除する上で大きなメリットとなります。また、IBM watsonx上で複数のオープンソースモデルを迅速にテストし、コストパフォーマンスと精度の観点からLlama 3.1が最適であると判断しました。
まとめ
セビージャFCの事例は、AI、特に生成AIと大規模言語モデルが、スポーツ界における選手スカウトのあり方を根本から変える可能性を示しています。膨大な非構造化データの中から専門家の知見を効率的に引き出し、データに基づいた意思決定と人間の経験を融合させることで、より迅速かつ的確な選手獲得戦略を実現しました。 また、オープンソース技術を活用することで、セキュリティを確保しつつ、コスト効率よく最先端のAI技術を導入できることも示唆しています。セビージャFCの取り組みは、他のスポーツクラブだけでなく、大量のテキストデータを扱い、専門家の知見を活用したいと考える多くの企業にとっても、示唆に富む事例と言えるでしょう。
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