[ニュース解説]模倣AI生成音楽がSpotifyで問題化—King Gizzard事例から見る業界の現状

目次

はじめに

 The Guardianが2025年12月10日に報じた内容によると、音楽ストリーミングサービスSpotifyに、オーストラリアのロックバンド「King Gizzard and the Lizard Wizard」を模倣したAI生成アーティストが登場し、その後削除される事態が発生しました。本稿では、この事例を通じて、AI生成音楽が音楽業界にもたらしている課題と、今後の展望について解説します。

参考記事

要点

  • SpotifyはオーストラリアのロックバンドKing Gizzard and the Lizard Wizardを模倣したAI生成アーティスト「King Lizard Wizard」を削除した
  • このバンドは2025年7月、SpotifyのCEOが軍事技術企業の会長を務めていることに抗議して、自身の音楽をSpotifyから削除していた
  • Spotifyは2024年に約7,500万曲のAI生成スパムトラックを削除したと発表している
  • 大手レーベルUniversalとWarnerは、AI音楽生成ツールUdioとSunoと提携契約を結び、アーティストがオプトイン・オプトアウトできる仕組みを導入する方針である
  • 音楽業界では、AI技術の活用を推進する声と、アーティストの権利保護を求める声の両方が存在し、議論が続いている

詳細解説

AI偽装アーティストの登場と削除

 The Guardianによれば、今月初めにSpotifyに「King Lizard Wizard」という名前の新しいアーティストが登場しました。このアーティストは、King Gizzard and the Lizard Wizardのサイケデリック・ロックをAIで生成し、楽曲タイトルも同一で、アルバムアートワークもバンドの幻想的なスリーブデザインを模倣したものでした。

 Spotifyはこのコンテンツを削除し、「Spotifyはいかなる形態のアーティスト偽装も厳しく禁止しています。問題のコンテンツはプラットフォームポリシー違反のため削除され、生成されたストリーム数に対するロイヤリティは一切支払われていません」と声明を発表しました。

 アーティストの偽装や模倣は、音楽業界において古くから存在する問題ですが、AI技術の発展により、その手法が高度化し、大量生産が可能になっている点が新しい課題と言えます。従来は人間が演奏や録音を行う必要がありましたが、AIツールを使えば短時間で大量のトラックを生成できるため、プラットフォーム側の対応も困難になっていると考えられます。

King Gizzard and the Lizard Wizardの抗議とその皮肉

 このバンドは2025年7月、SpotifyのCEOダニエル・エクが軍事技術企業Helsingの会長を務め、同社の主要投資家でもあることに抗議して、自身の音楽をSpotifyから削除していました。

 バンドのフロントマン、ステュー・マッケンジーは「この状況の皮肉を見出そうとしている」と述べつつも、「真面目な話、なんてことだ—私たちは本当に終わっている」とコメントしました。

 この発言には、バンドが抗議のために音楽を削除したにもかかわらず、その空白をAI生成の偽装アーティストが埋めようとする事態への絶望が表れていると思います。また、音楽業界全体がAI技術による新たな課題に直面していることへの危機感も感じられます。

Spotifyにおけるスパムトラック削除の実態

 The Guardianの報道では、Spotifyは2024年9月に約7,500万曲のAI生成と思われるトラックを削除したと発表しています。これらは詐欺師がプラットフォームに偽のアーティストを大量に投入し、ロイヤリティの支払いを受けようとする試みでした。

 7,500万曲という数字は、音楽ストリーミングプラットフォームが直面している課題の規模を示していると考えられます。一般的な音楽ストリーミングサービスには数千万から数億曲が登録されていますが、その中でスパムやAI生成コンテンツを検出し削除する作業は、技術的にも運用的にも大きな負担となっているはずです。

 また、Drakeなどの人気アーティストの「ディープフェイク」バージョンがオンラインにアップロードされる事例も発生しており、アーティストの偽装は多様化しています。

AI音楽の商業的成功事例

 The Guardianによれば、現在英国トップ40に入っている楽曲の一つに、英国のダンスデュオHavenの「I Run」があります。このオリジナルバージョンはAI操作されたボーカルを使用していました。

 Havenのハリソン・ウォーカーは「ソングライターでありプロデューサーとして、新しいツールやテクニックを使い、最先端のことに取り組むのを楽しんでいます」とAIの使用を認めました。しかし、この楽曲はAIで生成された声が英国の歌手ジョージャ・スミスに酷似しているとして、レーベルや業界団体からの削除要請を受け、ストリーミングサービスから削除されました。

 その後、Havenは人間のボーカルで「I Run」を再録音しましたが、スミスのレーベルFammは両バージョンとも「ジョージャの権利を侵害し、彼女が協力するすべてのソングライターの仕事を不当に利用している」と主張しています。Havenはこの主張に対して返答していません。

 この事例は、AI生成音楽が商業的に成功する可能性がある一方で、権利関係や倫理的な問題が複雑に絡み合うことを示しています。

大手レーベルとAI企業の提携

 The Guardianの報道では、最近、大手レーベルUniversalとWarnerが、AI音楽生成企業UdioとSunoと契約を結びました。この契約により、ユーザーはこれらのレーベルに所属する実在のアーティストの作品からAI音楽を生成できるようになります。ただし、アーティストは自分の音楽を利用可能にするかどうかをオプトイン・オプトアウトできる仕組みになっています。

 UdioとSunoは、テキストプロンプトから音楽を生成できるAIツールとして知られています。これらのツールは、音楽制作の民主化を推進する可能性がある一方で、既存のアーティストやソングライターの権利をどう保護するかという課題も抱えています。

 オプトイン・オプトアウトの仕組みは、アーティストに選択権を与える点で前進と考えられますが、実際の運用や報酬の配分方法などについては、今後の展開を注視する必要があると思います。

音楽業界における賛否両論

 The Guardianによれば、Eurythmicsのプロデューサーであるデイブ・スチュワートは今週、ガーディアン紙のインタビューで、音楽におけるAIを「止められない力」と表現し、「誰もが自分の声やスキルをこれらの企業に販売またはライセンスすべきです」と主張しました。

 一方、米国のMusic Artists Coalitionの創設者アーヴィング・アゾフは、UniversalとUdioの契約後に、アーティストが「わずかな取り分で脇に追いやられる可能性がある」と警告しました。彼は「すべての技術的進歩には機会がありますが、実際に音楽を創造する人々—アーティストとソングライター—を犠牲にしないようにする必要があります。アーティストは創造的コントロール、公正な報酬、そして自分のカタログに基づいて行われる取引についての明確性を持たなければなりません」と述べています。

 この対立する見解は、音楽業界がAI技術とどう向き合うべきかという根本的な問いを提起していると思います。技術革新を受け入れつつ、クリエイターの権利と収益をどう保護するかは、今後も議論が続くテーマと言えます。

まとめ

 SpotifyにおけるAI偽装アーティストの登場と削除は、音楽業界がAI技術によって直面している複雑な課題を象徴する出来事です。プラットフォーム側の対策、大手レーベルの新たな取り組み、そしてアーティストや業界関係者の間での議論は、今後も続いていくと考えられます。技術革新と創造性の保護をどう両立させるか、音楽業界全体で模索が続いています。

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