[開発者向け]AlphaFoldで耐熱性作物を開発——光合成酵素の構造予測から生まれる食料安全保障の新戦略

目次

はじめに

 Google DeepMindが2025年12月4日、AlphaFoldを活用した耐熱性作物開発の研究事例を紹介しました。本稿では、ミシガン州立大学の研究チームがAlphaFoldを用いて光合成の中核酵素の構造を解析し、高温環境でも安定して機能するハイブリッド酵素を開発した取り組みについて解説します。

参考記事

要点

  • 地球温暖化により作物の光合成に不可欠な酵素GLYK(glycerate kinase)が高温で機能不全を起こし、収穫量が減少している
  • ミシガン州立大学のWalker准教授の研究チームは、AlphaFoldを使用して植物と高温耐性藻類のGLYK酵素の3D構造を予測し、分子シミュレーションで温度変化への反応を解析した
  • 植物のGLYKには3つの柔軟なループがあり、高温でこれらが不安定になることが判明した
  • 藻類の安定したループを植物のGLYKに組み込んだハイブリッド酵素は、65℃まで安定性を維持することが実証された
  • 今後は実際の植物でこのハイブリッド酵素をテストし、成功すれば他の温度感受性酵素にも応用する計画である

詳細解説

AlphaFoldを活用した酵素構造の解明

 ミシガン州立大学のBerkley Walker准教授は、光合成に関わる酵素の耐熱性研究に取り組んでいます。Walker准教授は「自然界にはすでに高温に耐えられる酵素の設計図がたくさん存在する。私たちの仕事は、それらの例から学び、同じ耐性を依存している作物に組み込むことだ」と述べています。

 研究チームは、GLYK酵素の構造がこれまで実験的に決定されたことがないため、AlphaFoldを使用して植物だけでなく火山性温泉で繁殖する高温耐性藻類のGLYK酵素の3D構造を予測しました。AlphaFoldはタンパク質のアミノ酸配列から3D構造を予測するAIシステムで、実験では得られない構造情報にアクセスできる点が特徴です。

 予測された構造を分子シミュレーションに適用することで、温度が上昇する際にこれらの酵素がどのように屈曲し、ねじれるかを観察できました。分子シミュレーションは、原子レベルでの分子の動きを計算機上で再現する手法で、実験では観察が困難な微細な構造変化を可視化できます。

光合成の要となるGLYK酵素

 研究の焦点となったGLYK(glycerate kinase)は、光合成において炭素をリサイクルする役割を担う重要な酵素です。光合成は植物が太陽光を利用して成長の燃料となるグルコースを生成する過程で、植物細胞内の酵素の複雑な連携によって実現されています。

 地球温暖化に伴う干ばつや熱波の増加により、主要作物の収穫量が減少していることが指摘されています。しかし、より目に見えにくいのは、高温が植物を生かし続ける分子機構を破壊することだと説明されています。地球温暖化が進むと、この酵素の連携が乱れる可能性があり、一つの仮説として、高温になりすぎるとGLYKが機能しなくなり、光合成が失敗するというものがあります。

高温での不安定性の原因を特定

 AlphaFoldの予測構造と分子シミュレーションにより、問題の焦点が明らかになりました。Googleによれば、植物版のGLYKには3つの柔軟なループがあり、これらが高温で形状を保てなくなることが判明しました。

 Walker准教授は「実験だけではこのような洞察を得ることは決してできなかった。AlphaFoldは実験的に利用できない酵素構造へのアクセスを可能にし、修正すべき重要なセクションの特定を助けてくれた」と述べています。

 この発見は、タンパク質の構造安定性における「ループ」と呼ばれる柔軟な部分の重要性を示しています。タンパク質は立体的な構造によって機能を発揮しますが、その構造を維持する剛性と、機能発現に必要な柔軟性のバランスが重要と考えられます。今回のケースでは、柔軟性が高すぎることが高温での不安定性につながったと言えます。

ハイブリッド酵素の設計と性能

 この知見を基に、Walker准教授の研究室では一連のハイブリッド酵素を作成しました。Googleの記事では、植物のGLYKの不安定なループを、藻類のGLYKから借りたより剛性の高いループに置き換えたと説明されています。

 その中の1つは驚異的なパフォーマンスを示し、65℃までの温度で安定性を維持しました。この温度は、通常の植物が経験する温度範囲を大きく超えており、極端な熱波環境でも機能する可能性を示唆しています。一般的な植物の光合成の最適温度は20-30℃程度とされており、40℃を超えると多くの植物で光合成効率が低下すると考えられています。

 ハイブリッドタンパク質の作成は、異なる生物由来のタンパク質の有用な部分を組み合わせる手法で、遺伝子工学の一般的なアプローチです。今回の研究では、構造予測によって「どの部分を置き換えるべきか」が明確になったことが、成功の鍵と思います。

今後の展望と農業への応用

 Googleによれば、Walker准教授の次のステップは、これらのハイブリッド酵素を生成するように遺伝子改変された植物を栽培し、高温環境下でも性能を維持できるかをテストすることです。Walker准教授は「このような酵素がモデル植物の温度耐性を向上させるかどうかを確認しようとしている」と述べています。

 成功した場合、このアプローチは光合成に関わる他の温度感受性酵素にも拡張できる可能性があります。記事では、植物の成長を支える重要なプロセスを強化するというアイデアが示されており、時間をかけて、この戦略は様々な作物を温暖化する世界に適応させる分子ツールキットに進化し、収穫を守り、将来の世代のための食料生産を確保できる可能性があるとされています。

 ただし、実験室での酵素の安定性と、実際の圃場環境での作物全体のパフォーマンスの間にはギャップがあると考えられます。酵素レベルでの改善が作物の収量や品質にどの程度貢献するかは、今後の実証試験で明らかになると思います。また、遺伝子組み換え作物の社会的受容性や規制面での課題も、実用化に向けては考慮が必要な要素と言えます。

まとめ

 Google DeepMindが紹介したこの研究事例は、AlphaFoldのような構造予測AIが基礎研究だけでなく、気候変動への適応という実践的な課題解決にも貢献できることを示しています。温度上昇に脆弱な酵素のメカニズムを解明し、自然界の耐熱性生物から学んで改良するというアプローチは、今後の農業技術開発の重要な方向性と考えられます。

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