はじめに
米国食品医薬品局(FDA)が2025年12月1日、全職員向けにエージェント型AI(Agentic AI)の導入を発表しました。本稿では、このプレスリリースをもとに、エージェント型AIの特徴と、規制機関における実用事例について解説します。
参考記事
- タイトル: FDA Expands Artificial Intelligence Capabilities with Agentic AI Deployment
- 発行元: U.S. Food and Drug Administration
- 発行日: 2025年12月1日
- URL: https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-expands-artificial-intelligence-capabilities-agentic-ai-deployment
要点
- FDAは2025年12月1日、全職員を対象にエージェント型AI機能を展開した
- エージェント型AIは、目標達成のために計画・推論・複数ステップの実行を行う高度なAIシステムである
- 5月に導入されたLLMベースのツール「Elsa」は、職員の70%以上が利用している
- 会議管理、市販前審査、市販後監視、検査など、複雑な業務での活用を想定している
- 高セキュリティのGovCloud環境で構築され、入力データでの訓練は行わない
詳細解説
エージェント型AIとは何か
FDAによれば、エージェント型AIは「特定の目標を達成するために、計画・推論・複数ステップのアクションを実行する高度な人工知能システム」と定義されています。これらのシステムには、人間による監視を含む組み込みガイドラインが設けられており、信頼性の高い結果を保証する仕組みがあります。なお、このツールはFDA職員にとって完全に任意であり、自主的に使用されるとのことです。
エージェント型AIは、単一の質問に答えるだけでなく、複数の工程を経て目標を達成する点が特徴です。従来のLLM(大規模言語モデル)が主に情報検索や文章生成を支援するのに対し、エージェント型AIは業務プロセス全体を自律的に管理できると考えられます。
既存のAI活用状況
FDAでは、2025年5月にLLMベースのツール「Elsa」を導入しており、内部データによれば職員の70%以上が利用しているとのことです。導入以降、プログラムチームはワークフローへの統合を改善するため、頻繁な修正を実施してきました。
今回のエージェント型AI導入は、Elsaでの実績を踏まえた次のステップと位置づけられます。より複雑なタスクへの対応能力を強化することで、FDA職員の業務効率を一層向上させる狙いがあると推測されます。

想定される活用領域
FDAは、エージェント型AIが以下のような複雑なタスクを支援すると説明しています:
- 会議管理
- 市販前審査(Pre-market reviews)
- 審査検証(Review validation)
- 市販後監視(Post-market surveillance)
- 検査およびコンプライアンス
- 管理業務
これらの業務は、複数の情報源を参照し、規制基準に照らして判断を下す必要がある点で共通しています。エージェント型AIは、こうした多段階の業務プロセスを自律的に処理できる可能性があります。
FDAのコメント
Marty Makary FDA長官は、「私たちは、審査官、科学者、調査官に最高のツールを提供するため、AIの活用を熱心に拡大しています。より多くの治療法や有意義な治療を加速する能力を根本的に改善できるツールで近代化する、これほど良い時期は当局の歴史上ありませんでした」とコメントしています。
また、Chief AI OfficerのJeremy Walsh氏は、「FDAの優秀な審査官たちは、AI機能の展開において創造的かつ積極的でした。エージェント型AIは、彼らの業務を合理化し、規制対象製品の安全性と有効性を確保するための強力なツールとなります」と述べています。
セキュリティとプライバシー保護
FDAによれば、このシステムは高セキュリティのGovCloud環境内で構築されており、モデルは入力データや規制対象企業から提出されたデータで訓練を行わないとのことです。FDA職員が扱う機密性の高い研究やデータを保護する設計となっています。
政府機関におけるAI活用では、データ漏洩や不正アクセスのリスクが懸念されますが、GovCloudのような専用環境を使用することで、一定のセキュリティレベルを確保していると考えられます。
Agentic AI Challengeの実施
エージェント型AI導入の一環として、FDAは職員向けに2ヶ月間の「Agentic AI Challenge」を開催します。職員がエージェント型AIソリューションを構築し、2026年1月のFDA Scientific Computing Dayで実演する機会を設けるとのことです。
このような社内コンテストは、職員の理解促進と実用的なユースケースの発掘に役立つと思います。また、現場の知見を取り入れることで、より実務に即したAI活用が進む可能性があります。
AIの深い統合に向けた取り組み
FDAは、今回の展開を「ワークフローにAIをより深く組み込み、前例のない業務効率を達成するための多面的な計画における大きな一歩」と位置づけています。
規制機関のような公的機関がAIを積極的に導入する動きは、民間企業にとっても参考になると考えられます。特に、安全性や信頼性が求められる領域でのAI活用事例として、注目に値するでしょう。
まとめ
FDAは全職員向けにエージェント型AIを導入し、複雑な業務プロセスの自律的な処理を目指しています。既存のLLMツール「Elsa」での実績を踏まえ、より高度なタスクへの対応を可能にする取り組みです。高セキュリティ環境での運用と人間による監視体制により、規制機関として求められる信頼性を確保しながら、業務効率の向上を図っていると言えます。
