[ニュース解説]トランプ政権、州のAI規制法をブロックする大統領令を準備中:連邦と州の権限をめぐる対立が本格化

目次

はじめに

 米国のトランプ政権が、州によるAI規制を連邦政府の権限で阻止する大統領令の発行を準備していることが明らかになりました。POLITICOが2025年11月19日に報じたところによると、早ければ11月22日にも発令される可能性があり、司法省による「AI訴訟タスクフォース」の設立や、複数の連邦機関を動員した州法への挑戦が含まれるとされています。本稿では、この大統領令の内容と、AI規制をめぐる連邦と州の対立について解説します。

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要点

  • トランプ政権が州のAI規制法をブロックする大統領令を準備しており、早ければ11月22日に発令される可能性がある
  • 司法省が「AI訴訟タスクフォース」を設立し、州法が州際通商の規制に該当するか、既存の連邦規制に抵触するかなどの根拠で挑戦する
  • 共和党と産業界は、州ごとに異なるAI規制が「パッチワーク」となりイノベーションを阻害すると主張している
  • 商務省には90日以内に「過度な」州AI法のレビュー公表を命じ、FTCには州法がFTC法に抵触するか調査を指示する
  • カリフォルニア州など州議員からは、連邦政府が州法を無効化する権限に疑問を呈する声が上がっている

詳細解説

大統領令の概要と背景

 POLITICOが入手した大統領令の草案によれば、この命令は複数の連邦機関の権限を動員して州のAI規制法に挑戦する内容となっています。中心となるのは司法省が運営する「AI訴訟タスクフォース」で、AIと暗号資産の特別顧問(現在は投資家のDavid Sacksが就任)と協議しながら、どの州法に挑戦すべきかを決定するとされています。

 この動きの背景には、AI規制をめぐる連邦と州の権限争いがあります。共和党と産業界は、州ごとに異なるAI規制が制定されると、企業が遵守すべきルールが「パッチワーク」状態になり、イノベーションが阻害されると主張しています。実際、今年夏には共和党の「One Big Beautiful Bill Act」の一環として州のAI法をブロックする議会の取り組みがありましたが、共和党内の対立により頓挫した経緯があります。

 米国の連邦制度では、州が独自の規制を制定する権限が認められていますが、一方で連邦政府には州際通商条項(Commerce Clause)に基づく規制権限があります。この大統領令は、州のAI法が州際通商の規制に該当するか、既存の連邦規制によって無効化されるかなどの法的根拠を用いて挑戦する方針と考えられます。

複数の連邦機関による多角的アプローチ

 大統領令は、司法省だけでなく複数の連邦機関に具体的な行動を指示する内容となっています。

 商務長官Howard Lutnickには、90日以内に「過度な」州AI法のレビューを公表することが命じられ、さらに、問題があると判断されたAI法を持つ州に対しては連邦ブロードバンド資金の制限が検討されています。これは、連邦資金という実質的なインセンティブを使って州の行動を変えようとするアプローチと言えます。

 連邦取引委員会(FTC)には、「AIモデルの真実の出力の変更を要求する」州AI法がFTC法によって阻止されるかを調査するよう指示されています。これは、AI出力の正確性や透明性に関する州の規制が、連邦のFTC法と抵触する可能性を検討するものです。

 連邦通信委員会(FCC)とSacks特別顧問には、新たな連邦AI規則の採用を検討するよう命じられています。具体的には、AIモデルの報告・開示基準を定め、それと矛盾する州法を無効化するという方針です。これが実現すれば、連邦が統一的なAI規制の枠組みを構築し、州法を事実上排除することになります。

トランプ大統領と共和党の立場

 トランプ大統領は11月19日のイベントで、50の州がAIを規制することは「災害」であり、「1つの『ウォーク』な州」が存在することになると述べました。共和党のTed Cruz上院議員(商務委員会委員長)も繰り返し、青い州(民主党が強い州)がAIを規制することで「ウォーク」なAIモデルが生まれることに警告を発しています。

 「ウォーク」という表現は、社会正義や多様性を重視する進歩的な価値観を指す保守派の批判的な用語です。共和党はこの大統領令を通じて、民主党が優勢な州(特にカリフォルニア州など)がAI開発に進歩的な価値観を反映させることを阻止しようとしていると考えられます。

 また、今週は議会共和党とホワイトハウス当局者が、年末の国防法案にAI規制の一時停止(モラトリアム)を盛り込む運動を展開しており、テック業界のロビイストもこれを支持しています。トランプ大統領は11月19日の投稿で、この立法努力を支持する姿勢を示しました。

州側の反発と法的論点

 一方、州議員や法律専門家からは、この大統領令の合法性に疑問を呈する声が上がっています。

 カリフォルニア州のScott Wiener州上院議員は、同州の新しいAI安全法の起草者であり、トランプ大統領には「州法を取り消す王の勅令を発する権限はない」と述べました。カリフォルニア州は2024年に包括的なAI規制法を可決しており、この大統領令が明示的に言及している可能性があります。

 LawAIの米国政策ディレクターで弁護士のMackenzie Arnoldは、失敗したモラトリアムを分析した専門家として、州には自州内の技術を規制する権限があり、これまでに可決された法律は州際通商条項に基づく連邦権限に抵触しないと主張しています。「大統領令はこれを調査するよう指示するものだが、タスクフォースがその指示を非常に広く解釈した場合でも、より良い論拠を持てない可能性がある」とArnold氏は述べました。

 米国の憲法体系では、連邦政府と州政府の権限分担が明確に定められており、特に州際通商に関わらない州内の事項については州が規制権限を持つとされています。AI技術は州境を越えて利用されるため州際通商に該当するとの主張がある一方、州内での利用や州民の保護に関する規制は州の権限内という反論も考えられます。この法的論争は、最終的には裁判所の判断に委ねられる可能性があります。

今後の展望と不確実性

 POLITICOによれば、ホワイトハウス当局者は、大統領令が「公式に発表」されるまでは「潜在的な大統領令についての議論は憶測である」とコメントしています。また、最終的な命令の内容が草案と異なる可能性や、発令自体が見送られる可能性もあるとされています。

 仮に大統領令が発令された場合、AI訴訟タスクフォースがどの州法を標的とするか、また訴訟でどのような法的論拠を用いるかが注目されます。カリフォルニア州のAI安全法は有力な候補と考えられますが、他の州でもAI規制の検討が進んでおり、広範な影響が予想されます。

 また、議会での立法的な取り組みと大統領令の関係も重要です。年末の国防法案にAIモラトリアムが盛り込まれれば、立法による解決が優先される可能性があります。一方、議会での合意形成が難航した場合、大統領令が主要な手段となるかもしれません。

まとめ

 トランプ政権が準備する大統領令は、AI規制をめぐる連邦と州の権限争いを本格化させる内容となっています。共和党と産業界は統一的な規制環境を求める一方、州議員や法律専門家は州の規制権限を擁護しており、今後の法的・政治的な展開が注目されます。日本企業にとっても、米国市場でのAI規制の方向性は重要な関心事項であり、この動きを注視する必要があります。

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