はじめに
元ビートルズのポール・マッカートニーが、5年ぶりの新曲としてほぼ無音のトラックをリリースしました。The Guardianが2025年11月17日に報じたこの動きは、AI企業による音楽著作権の無断使用に対する音楽業界の抗議活動の一環です。本稿では、この象徴的な抗議活動の背景と、英国政府が直面するAI規制の難題について解説します。
参考記事
- タイトル: Paul McCartney joins music industry protest against AI with silent track
- 著者: Robert Booth
- 発行元: The Guardian
- 発行日: 2025年11月17日
- URL: https://www.theguardian.com/music/2025/nov/17/the-sound-of-silence-why-theres-barely-anything-there-in-paper-mccartney-new-release
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要点
- ポール・マッカートニーが2分45秒のほぼ無音のトラック「(bonus track)」を発表し、AI企業による著作権侵害に対する音楽業界の抗議に参加した
- サム・フェンダー、ケイト・ブッシュ、ハンス・ジマーなど著名アーティストが「Is This What We Want?」というアルバムで同様の抗議活動に参加している
- 英国政府は「テキストおよびデータマイニング」のための著作権法の例外措置を検討しており、著作権者がオプトアウトを求められる可能性がある
- トランプ政権は著作権契約交渉を経ずにAI企業が知的財産を利用できるよう、各国政府に規制緩和を求めている
- 英国の創造産業は年間1,250億ポンドの経済効果があり、一方で米国テック企業は300億ポンド以上の投資を発表しており、政府は両者の利害調整に苦慮している
詳細解説
無音トラックに込められたメッセージ
The Guardianによれば、マッカートニーのトラック「(bonus track)」は2分45秒の長さで、名曲「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」とほぼ同じ長さです。しかし、キャッチーなメロディーや心に響く歌詞の代わりに、静かなヒスノイズとわずかな物音だけが収録されています。
このトラックは、「Is This What We Want?」というアルバムのB面に収録されます。アルバムのトラックリスト自体が「英国政府はAI企業の利益のために音楽窃盗を合法化してはならない」というメッセージを綴っているとのことです。この表現手法は、AI企業が音楽家の知的財産を不当に利用してAIモデルを訓練すれば、創造的なエコシステムが破壊され、オリジナル音楽が沈黙させられることを象徴していると考えられます。
マッカートニーは現在83歳で北米ツアー中ですが、以前からAIに対する懸念を表明してきました。The Guardianの報道では、マッカートニーは「特に若い作曲家や作家にとって、それが唯一のキャリアの道かもしれない。AIがそれを一掃してしまったら、非常に悲しいことだ」と述べています。
音楽業界全体の抗議運動
この抗議アルバムは、作曲家でありキャンペーン活動家のエド・ニュートン=レックスによって主導されています。The Guardianによれば、ニュートン=レックスは「政府が英国のクリエイターの利益よりも米国テック企業の利益に注意を払っていることを非常に懸念している」と述べています。
抗議活動には、サム・フェンダー、ケイト・ブッシュ、ハンス・ジマー、ペット・ショップ・ボーイズなど、多数の著名アーティストがすでに参加しています。ケイト・ブッシュは「未来の音楽において、私たちの声は聞こえなくなるのでしょうか?」と問いかけ、作曲家のマックス・リヒターは「政府の提案はクリエイターを貧困化させ、音楽を作曲し、文学を書き、芸術を描く人々よりも、創造性を自動化する者を優遇することになる」と警告しています。
音楽業界におけるAI技術の影響は、すでに具体的な形で現れ始めています。音楽ストリーミングサービスでは、AI生成の楽曲が大量に配信されるケースも報告されており、人間のアーティストとAI生成コンテンツの境界線が曖昧になりつつあると言えるでしょう。
英国政府が直面する難題
The Guardianによれば、英国政府は「テキストおよびデータマイニング」のための著作権法の例外措置を認めることを検討しています。この措置には、著作権者がAIモデルの訓練に自分の作品が使用されることを積極的にオプトアウトしなければならない可能性が含まれています。
政府は、年間1,250億ポンドを英国経済に貢献する創造産業と、最近300億ポンド以上の投資(主にデータセンター)を発表した米国テック企業の利害のバランスを取るという困難に直面しています。
さらに、トランプ大統領は「AI企業が契約交渉の複雑さを経ることなく、その知的財産のプールを使用できるようにしなければならない」と述べ、各国政府に対してAI企業のビジネスを「不可能にする」ような規則や規制を作らないよう警告しています。この国際的な圧力が、英国政府の政策決定をさらに複雑にしていると考えられます。
AIと著作権に関する新しい法制度は、2026年より前に議会で議論されることは予想されていません。一方で、政府はOpenAI、Google、Anthropicなどのテック企業と、政府全体および経済全体でAI導入を促進するための協定をすでに締結しています。
批判の声と政府の対応
The Guardianによれば、著作権保護を求める活動家である超党派の貴族ビーバン・キドロンは「政府は両方の側に立とうとしているが、どちらも納得させられていない」と述べ、「彼らはクリエイターの経済的利益において統治する能力がないことを証明した」と批判しています。
また、リズ・ケンドール科学・イノベーション・技術担当国務長官が9月に任命した特別顧問が、以前に「大手AI企業がコンテンツ制作者に報酬を支払うべきだと哲学的に信じていても、実際には法的に支払う必要はない」と主張していたことが懸念を呼んでいます。
マッカートニーの抗議活動に対し、政府報道官はThe Guardianに対して、英国の市民と企業の利益を最優先にしていると述べました。「創造産業とAIセクターの両方と協力してAIイノベーションを推進し、クリエイターに対する強固な保護を確保する必要性について、常に明確にしてきました」とし、「次のステップを検討する際に可能な限り幅広い専門家の意見を確実に取り入れるため、英国および世界の企業、ならびにAIおよび創造セクター以外の声を集めています」と説明しています。
この問題は、技術革新と知的財産保護のバランスという、多くの国が直面する普遍的な課題を象徴していると言えるでしょう。AI技術の発展が急速に進む中、創造性の源泉である人間のアーティストをどのように保護し、同時に技術革新を阻害しないかという問題は、今後も議論が続くと考えられます。
まとめ
ポール・マッカートニーの無音トラックは、AI時代における著作権保護の重要性を象徴的に訴える試みです。英国政府は創造産業とテック企業の利害調整という難題に直面しており、トランプ政権からの規制緩和圧力も加わっています。音楽業界の声が政策にどう反映されるか、2026年の議会での議論が注目されます。

