はじめに
Google DeepMindのCOO、Lila Ibrahim氏が2025年11月10日、北アイルランドで実施された教育分野でのGemini活用パイロットプログラムの成果を報告しました。本稿では、100人の教師が6ヶ月間にわたってGeminiとGoogle Workspaceツールを活用した実践事例と、その成果について解説します。
参考記事
- タイトル: How AI is giving Northern Ireland teachers time back
- 著者: Lila Ibrahim
- 発行元: Google DeepMind Blog
- 発行日: 2025年11月10日
- URL: https://blog.google/technology/google-deepmind/ai-classroom-northern-ireland/
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要点
- 北アイルランド教育局のC2kプログラムにおいて、100人の教師が6ヶ月間GeminiとGoogle Workspaceツールを試験導入し、教師一人あたり平均週10時間の時間節約を達成した
- パイロットプログラムでは600以上のユニークなユースケースが記録され、管理業務の効率化から個別化学習まで幅広い活用方法が実践された
- NotebookLMのMindMap機能を活用した神経多様性のある生徒への支援や、アイルランド語での授業作成など、包括的な学習環境の創出に貢献した
- Google for EducationとC2kの緊密なパートナーシップにより、AIは教師の代替ではなく協働ツールとして位置づけられた
- パイロットの成功を受けて、C2kは北アイルランド全域の教師へのGeminiトレーニング展開を計画している
詳細解説
パイロットプログラムの概要と成果
Google for EducationとC2k(北アイルランド教育局のデジタル変革プログラム)は、6ヶ月間にわたる協働パイロットプログラムを実施しました。Google DeepMindによれば、参加した各教師は平均して週10時間の時間節約を達成し、その時間を生徒とのエンゲージメントや教師自身の専門性開発に再投資できるようになったとのことです。
このパイロットでは600以上のユニークなユースケースが記録されました。教育現場でのAI活用というと、管理業務の効率化がまず思い浮かびますが、このプログラムでは管理業務の効率化からより魅力的なコンテンツのアイデア出しまで、多様な活用方法が実践されたことが特徴です。教師たちがGeminiの活用方法を探求する権限を与えられたことで、多様なユースケースを自ら発見していった点は注目に値します。
管理業務の効率化による本質的な業務への集中
Ashfield Boys’ High SchoolのICT部長であるChris Lowe氏は、Geminiの活用によって「本当にやりたい仕事—つまり教えること—ができるようになった」と述べています。同氏は保護者への手紙の下書きや遠足のリスク評価の作成にGeminiを活用し、さらにNotebookLMを使ってカリキュラム教材を試験準備用のポッドキャストに変換するなど、多面的な活用を実践しました。
教育現場では、授業準備や生徒指導以外の管理業務が教師の負担となることが一般的です。日本の教育現場でも同様の課題が指摘されており、教師の働き方改革が重要なテーマとなっています。AIツールによる管理業務の効率化は、世界共通の課題に対する一つのアプローチと考えられます。
個別化学習と包括性の実現
管理業務の効率化を超えて、Geminiはアイルランド語での授業作成や、より包括的な学習環境の構築にも活用されました。
Lurgan CollegeのAlistair Hamill地理部長は、NotebookLMのMindMap機能を活用して、教材のインタラクティブな視覚的表現を作成しました。同氏によれば、この手法は神経多様性のある生徒が細部に捉われることなく「全体像」を把握するのに役立ったとのことです。NotebookLMは、Google Labsが提供する研究支援ツールで、複数の資料を統合して視覚的に整理する機能を持っています。
Rowandale Primary SchoolのICTコーディネーターは、創作文のクラスでGeminiを使って画像を生成し、生徒の好奇心を刺激する手法を実践しました。さらに重要な点として、「生徒の特定のニーズに合わせたレッスンを作成するようGeminiに指示できることは、ゲームチェンジャーだった」と述べています。
個別最適化された学習の提供は、教育分野で長年追求されてきた目標です。しかし、教師が一人ひとりの生徒に完全にカスタマイズされた教材を作成することは、時間的にも労力的にも困難でした。AIツールがこの課題に対する実用的な解決策となる可能性が示された事例と言えます。
責任あるAI開発へのアプローチ
Ibrahim氏は、教育におけるAIの可能性は責任ある開発によってのみ実現できると強調しています。その重要な側面として、教育エコシステム全体との緊密なパートナーシップが挙げられます。
C2k暫定責任者のDamian Harvey氏との面談では、パイロットの成功が教師同士で学びを共有する協働グループによって加速されたこと、そしてAI対応力のさらなる発展をサポートするためのリソースとトレーニングの必要性が指摘されました。Harvey氏は「教育者は機会を受け入れる必要がある」と述べています。
Google for EducationのGeminiは、学習科学の原則に基づいて設計されているとされています。学習科学とは、人間がどのように学習するかを科学的に研究する学際的な分野です。AIツールを教育に導入する際、単なる効率化ツールとしてではなく、実証された教育理論に基づいて設計されていることが重要と考えられます。
また、Ibrahim氏は「技術は魔法ではなく、教師が魔法なのだ」という言葉で締めくくっています。これは、AIが教師の代替ではなく、教師の能力を拡張するツールであるという基本的な考え方を示しています。教師がAIの使い方についてオーナーシップを維持することが重要であるという指摘は、教育現場でのAI導入における根本的な原則と言えるでしょう。
今後の展開と国際的な文脈
パイロットの成功を受けて、C2kは北アイルランド全域のより多くの教師へのGeminiトレーニングの展開を計画しています。Google DeepMindは、これが始まりに過ぎないと考えており、今後も同様のパートナーシップを探求し、実際にテクノロジーを使用する教師から直接学びながら、実証された教育原則に製品を整合させ、生徒の学習成果を向上させる方法を模索していくとしています。
教育分野でのAI活用の国際的な動きとしては、2025年9月にアイスランドがAnthropicと協力して全国規模のAI教育パイロットプログラムを開始したことが挙げられます。こちらは高校生を対象とし、批判的思考力や創造性の育成を目的としたプログラムでした。北アイルランドのケースは教師の業務効率化と教育の質の向上に焦点を当てている点で、相補的なアプローチと言えます。

各国が独自の教育課題に応じてAIツールの活用方法を模索している現状は、教育現場でのAI導入に唯一の正解はなく、文脈に応じた適切なアプローチが求められることを示唆しているかもしれません。
まとめ
北アイルランドでのGemini活用パイロットプログラムは、教育現場でのAI活用の具体的な成果を示す事例となりました。週10時間の時間節約という定量的な成果とともに、600以上の多様なユースケースが生まれたことは、AIツールが教師の創意工夫と組み合わさることで幅広い可能性を持つことを示しています。今後、北アイルランド全域への展開がどのような成果をもたらすか、注目していきたいところです。
