はじめに
米国上院が2025年10月10日頃、AI チップメーカーに対して米国企業への販売を輸出よりも優先させる「GAIN AI」法案を可決しました。NvidiaやAMDなどのチップメーカーは、中国などへの輸出注文よりも国内企業への販売を優先することが義務付けられます。本稿では、この法案の内容と背景、そして今後の見通しについて解説します。
参考記事
- タイトル: U.S. Senate passes bill that forces AI chipmakers to prioritize sales to American companies — House now set to amend or pass legislation
- 著者: Jowi Morales
- 発行元: Tom’s Hardware
- 発行日: 2025年10月10日
- URL:https://www.tomshardware.com/tech-industry/artificial-intelligence/us-senate-passes-bill-that-forces-ai-chipmakers-to-prioritize-sales-to-american-companies-house-now-set-to-amend-or-pass-legislation
要点
- 米国上院が「GAIN AI」法案を国防権限法(NDAA)の一部として可決し、NvidiaやAMDなどのAI チップメーカーに米国企業への優先販売を義務付けた
- 民主・共和両党の共同提案による超党派法案であり、中国などへの輸出よりも国内企業、特にスタートアップや中小企業への供給を優先させることが目的である
- 下院が可決したNDAAにはこの条項が含まれておらず、両院協議会で妥協案を作成する必要があるため、最終的な成立は不透明である
- Nvidiaは「存在しない問題を解決しようとしている」と法案を強く批判しており、グローバル販売が米国顧客を犠牲にしていないと主張している
- Nvidiaの売上は米国が約50%、中国が13%であり、中国市場は既に米中貿易摩擦により縮小傾向にある
詳細解説
法案の概要と超党派の支持
米国上院は、国防権限法(NDAA)の一部として「GAIN AI」法案を可決しました。この法案は、NvidiaやAMDといったAI チップメーカーに対して、輸出注文よりも米国企業への販売を優先することを義務付けるものです。
報道によれば、この法案は民主党のElizabeth Warren上院議員と共和党のJim Bank上院議員による共同提案で、超党派の支持を得て上院を通過しました。Warren議員は声明で「米国の顧客、特に中小企業やスタートアップが、中国のテクノロジー大企業の後ろに並ばされることがないようにする」と述べています。Bank議員も、この法案が米国のAI競争力を強化し、中国などのライバル国への輸出を減らすことにつながると指摘しています。
立法プロセスの現状と課題
下院は既に独自のNDAA法案を可決していますが、このチップ優先販売条項は含まれていません。そのため、上院と下院は両院協議会を開いて妥協案を作成する必要があります。報道では、この条項が最終的に大統領の署名を得る法案に含まれるかどうかは、まだ議論の余地があるとされています。
米国の立法プロセスでは、上院と下院で異なる内容の法案が可決された場合、両院協議会で調整が行われます。今回のケースでは、下院側がこの条項を受け入れるかどうかが焦点となるでしょう。
Nvidiaの強い反発
Nvidiaはこの法案に対して一貫して批判的な立場を取っています。報道によれば、同社は「グローバル販売が米国顧客から何も奪っていない」と主張し、法案の論理が「悲観的なSFに基づいている」と述べています。
Nvidiaの主張によれば、中国向けのH20チップの出荷は、米国向けのH100、H200、Blackwellチップの供給に影響を与えていません。これらのチップは異なる部品を使用しているため、一方の供給が他方に影響することはないというのが同社の説明です。
また、Nvidiaは「存在しない問題を解決しようとしている」とも述べており、この法案が「主流のコンピューティングチップを使用するあらゆる産業において、世界的な競争を制限する」ことになると警告しています。
市場の現状と米中貿易摩擦の影響
報道によれば、Nvidiaにとって中国は米国に次ぐ最大市場ですが、売上規模には大きな差があります。2024年度において、米国がNvidiaの売上の約50%を占めるのに対し、中国は全体の13%に過ぎません。
さらに、米中間の貿易摩擦により、中国の大手テクノロジー企業はNvidiaの最新チップを購入することが既に禁止されています。このため、中国市場からの売上は今後さらに減少する可能性が高いとされています。
※見解: AIインフラの多層的な競争
この法案をめぐる議論を考える上で重要なことは、AIインフラの競争力がチップの性能だけで決まるわけではないという点です。
Nvidiaが法案に反対する理由は、もちろん自社の収益への影響を懸念してのことでしょう。しかし、同社の主張には一定の妥当性もあります。データセンターの性能は、チップの性能だけでなく、エネルギー供給、冷却技術、ソフトウェアの最適化など、複数の要素が組み合わさって決まります。
輸出規制によってNvidiaの収益力が低下すれば、研究開発への投資余力も減少し、結果的に米国の技術的優位性が損なわれる可能性も考えられます。この点は、政策立案者が慎重に検討すべき課題ではないでしょうか。
日本の立場から見ると、特にエネルギー供給に制約がある中で、スーパーコンピューター開発で培った省エネ技術を活かし、効率的なデータセンター構築で独自の優位性を築くことが重要になるかもしれません。チップの入手可能性だけでなく、総合的なインフラ設計力が問われる時代になっていると言えるでしょう。
まとめ
米国上院が可決した「GAIN AI」法案は、AIチップの国内優先販売を義務付けるもので、米国のAI競争力強化を目指しています。しかし、下院との調整が必要であり、最終的な成立は不透明です。Nvidiaは強く反発しており、グローバル市場での競争力への影響を懸念しています。AI インフラの競争は、チップだけでなく、エネルギー供給や総合的な技術力で決まる多層的なものになっているのではないでしょうか。