はじめに
本稿では、IBMが2025年9月26日に報じた内容をもとに、AI時代におけるITインフラの新たなアプローチについて解説します。
多くの企業がAIの導入を進める中で、そのポテンシャルを最大限に引き出すための基盤作りが重要な課題となっています。この課題に対し、インフラ自動化ツールで知られるHashiCorp(IBMが最近買収)が発表した新構想「Project infragraph」は、未来のインフラ管理のあり方を示すものとして注目されています。
参考記事
- タイトル: HashiCorp’s big bet: Infrastructure for the agentic era
- 発行元: IBM
- 発行日: 2025年9月26日
- URL: https://www.ibm.com/think/news/hashicorp-infrastructure-for-agentic-era
要点
- 多くの企業は、AIを既存の古いワークフローに後付けするだけで、その潜在能力を十分に引き出せていない。この状況は、クラウド導入初期に見られた課題と酷似している。
- AIを本格的に業務利用(プロダクション環境で利用)するには、自動化され、全体が可視化された統一的なインフラ基盤が不可欠である。
- HashiCorpは、この課題を解決するため「Project infragraph」を発表した。これは、インフラ、アプリ、サービス、所有権、ポリシーを繋ぎ合わせ、リアルタイムの「インフラグラフ」を生成するツールである。
- このプロジェクトの最終的な目標は、AIエージェントが自律的にタスクを遂行する「エージェント時代」のワークフローに対応できるインフラ基盤を構築することにある。
詳細解説
クラウドからAIへ、テクノロジー導入で繰り返される課題
HashiCorpのCTO兼共同創業者であるArmon Dadgar氏は、多くの企業がAI導入において、かつてのクラウド導入時と同じ過ちを犯していると指摘します。それは、新しい技術を導入する際に、既存の業務プロセスや考え方(メンタルモデル)を変えずに、単に技術を後付けしてしまうという問題です。
同氏は「もしあなたのプロセスが1000人にメールを送ることなら、AIはそのプロセス自体を修正しません」と語ります。つまり、根本的な業務プロセスが非効率なままであれば、AIを導入してもその効果は限定的です。自動化や可視性が欠如した状態では、AIはデモンストレーション用の面白いおもちゃに過ぎず、実際の業務で価値を生むことは難しいと警鐘を鳴らしています。
複雑なインフラを可視化する「Project infragraph」
この課題に対するHashiCorpの答えが「Project infragraph」です。現代の企業ITインフラは、複数のクラウドサービスやオンプレミス環境が混在するハイブリッドクラウドが主流となり、非常に複雑化しています。どのシステムがどこにあり、どのように連携し、誰が管理しているのかを正確に把握することは困難です。
Project infragraphは、この複雑な環境に対応するため、以下の要素をすべて接続し、リアルタイムのインフラグラフを生成します。
- インフラストラクチャ: サーバー、ネットワーク、ストレージなど
- アプリケーション: 実際に動作しているソフトウェア
- サービス: APIやデータベースなどの各種サービス
- 所有権: 誰が・どのチームが管理しているか
- ポリシー: セキュリティやコンプライアンスのルール
これにより、組織は自社のITインフラ全体を統一された視点で見渡せる「記録システム」を手にすることができます。この可視性こそが、効率的な自動化やガバナンス強化、そしてAIを安全にスケールさせるための第一歩となります。
「エージェント時代」を見据えたインフラ基盤
Project infragraphが目指すのは、単なるインフラの可視化だけではありません。その先にある「エージェント時代(agentic era)」の到来を見据えています。
ここで言う「エージェント的なワークフロー」とは、自律的に動作するAIエージェントが、人間の指示に基づいて複雑なタスクを自動で計画し、実行する仕組みを指します。例えば、「新しいアプリケーションを本番環境にデプロイして」と指示するだけで、AIエージェントが必要なサーバーの準備、ネットワーク設定、セキュリティチェック、デプロイ作業までを自律的に行う、といった未来です。
このようなワークフローを実現するには、AIエージェントがインフラの現状を正確に、かつリアルタイムに把握できなければなりません。Project infragraphが提供する「インフラグラフ」は、まさにそのための基盤となるものです。
まとめ
本稿では、HashiCorpが提唱する新しいインフラ管理の構想「Project infragraph」について解説しました。AIの活用が企業の競争力を左右する時代において、多くの組織がAIの導入そのものに目を奪われがちです。しかし、その真価を発揮させるためには、まず自社のITインフラという「基盤」を整備することが不可欠です。
Dadgar氏が語るように、「AIを正しく行うには、まずクラウドと自動化のレイヤーを正しく構築することから始める」必要があります。Project infragraphのようなツールは、複雑化した現代のITインフラを整理し、AIが活躍するための土台を築くためのひとつの手段といえます。