はじめに
本稿では、AIの普及に伴い職場に新たな課題として浮上している「Workslop(ワークスロップ)」という現象について、CNBCの記事を基に、その実態、影響、そして対策を解説します。AIが業務効率を向上させる一方で、その使い方を誤ると、いかにして生産性やチームの信頼関係を損なう可能性があるのかがわかります。
参考記事
- タイトル: AI-generated ‘workslop’ is here. It’s killing teamwork and causing a multimillion dollar productivity problem, researchers say
- 著者: Jennifer Liu
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年9月23日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/09/23/ai-generated-workslop-is-destroying-productivity-and-teams-researchers-say.html
要点
- AIが生成する、一見すると体裁は整っているが中身のないコンテンツ「Workslop」が職場で増加している。
- Workslopは、受け取った側に内容の解読や修正という追加の負担を強いることで、チームの生産性を著しく低下させる。
- BetterUp社とスタンフォード大学の調査によると、1万人の組織において年間900万ドルもの生産性損失につながる可能性がある。
- この問題は、金銭的なコストだけでなく、同僚間の信頼関係を損ない、チームワークを阻害するという深刻な感情的コストも伴う。
- 対策として、組織全体でのAI利用ガイドラインの策定、チーム内での対話、AI利用の透明性の確保が重要である。
詳細解説
「Workslop」とは何か?
「Workslop」とは、スタンフォード大学ソーシャルメディアラボと企業向けコーチングプラットフォームのBetterUp社による共同研究で提唱された新しい言葉です。これは、「仕事を前進させるための実質的な内容を欠きながら、良質な仕事であるかのように見せかけた、AIによって生成されたコンテンツ」を指します。
スタンフォード大学のジェフ・ハンコック教授は、ChatGPTが公開された直後の2022年、学生たちが提出したレポートに奇妙な共通点があることに気づきました。レポートは「一見すると体裁は良いものの、どこか正しくない」もので、中身のない文章が長々と続くという特徴があったのです。これがWorkslopの典型例です。
Workslopは、具体的に以下のような形で現れます。
- 内容のない長文メール: 要点を箇条書きにすれば済む内容を、AIが生成した回りくどく華美な表現(記事内では”Purple prose”と表現)で長々と記述している。
- 不完全なプレゼン資料: 情報が不完全であったり、文脈が欠落していたりする。
- 質の低いコード: 動作はするものの、非効率であったり、バグを含んでいたりする。
これらの共通点は、受け取った側に内容を理解し、修正するための追加の作業負担を強いるという点です。AIを使えば、人間が労力をかけずに、こうした「質の低い仕事」を簡単に量産できてしまうのです。
Workslopがもたらす深刻な影響
BetterUp社とスタンフォード大学が米国のフルタイム労働者1,150人を対象に行った調査では、Workslopの深刻な実態が明らかになりました。
生産性への「見えない税金」
調査によると、回答者の40%が過去1ヶ月の間にWorkslopを受け取った経験があると答えています。そして、その処理には平均で1時間56分もの時間を費やしていました。これを個人の給与に基づいて換算すると、月額約186ドル(約28,000円 ※1ドル=150円で換算)の「見えない税金」に相当します。
このコストは組織全体で見るとさらに深刻です。研究者らの試算によれば、従業員1万人の組織においては、年間で900万ドル(約13.5億円)もの生産性損失につながる可能性があると指摘されています。
感情的・人間関係へのコスト
Workslopの影響は金銭的なものに留まりません。受け取った側は、苛立ち(53%)、混乱(38%)、不快感(22%)といった否定的な感情を抱きます。
さらに深刻なのは、チーム内の信頼関係が損なわれる点です。Workslopを送ってきた同僚に対し、約半数の従業員が「創造性、能力、信頼性が低い」と感じるようになると回答しています。また、約3分の1は、その相手と「今後一緒に働きたくない」と考えるようになり、チームワークを直接的に阻害する原因となります。
Workslopの蔓延を防ぐための対策
研究者らは、組織、チーム、個人の各レベルでの対策が重要だと述べています。
- 組織的なアプローチ:明確なガイドラインの提示
企業はAIの利用に関する組織的なアプローチを主導すべきです。多くの従業員は、「AIを使わないと時代遅れになる」という恐怖と、「AIを使うと手抜きだと思われる」という不安の板挟みになっています。経営層やリーダーが、AIの利用目的、ガイドライン、ポリシー、そしてトレーニングを明確に示し、従業員が安心してAIを活用できる環境を整えることが不可欠です。 - チームでの対話:品質へのコミットメント
Workslopを減らす鍵は、「チームがタスクの品質にコミットすること」だとハンコック教授は指摘します。チーム内でAIをどのように使うか、どのような成果物を期待するかについて率直に話し合う時間を持つことが重要です。 - 個人の心がけ:透明性と主体性
個人レベルでは、まずAI利用の透明性が求められます。例えば、時間がない中でAIを使って資料を作成した場合、その事実を同僚に伝えることで、相手は「これはAIによる下書きだ」と理解した上で内容を確認し、不足分を補うことができます。
また、BetterUp社のケイト・ニーダーホッファー氏は、AIを人間の能力を拡張するための「パイロットマインドセット」で使うことを推奨しています。単にAIに作業を丸投げしてコピー&ペーストするのではなく、AIを主体的にコントロールし、あくまで自分の能力を補強するツールとして活用する姿勢が重要です。
まとめ
本稿では、AIが生成する質の低いコンテンツ「Workslop」がもたらす問題点と、その対策について解説しました。Workslopは、単なる「質の低い成果物」というだけでなく、企業の生産性、金銭的コスト、そして従業員間の信頼関係にまで悪影響を及ぼす深刻な課題です。 AIの利便性を最大限に活用しつつ、その落とし穴を避けるためには、組織、チーム、個人がそれぞれのレベルでAIとの向き合い方を真剣に考え、対話し、ルールを構築していく必要があります。重要なのは、AIを思考停止のためのツールとせず、あくまで人間の能力を補強するものとして主体的に使いこなす姿勢です。