AIが変えるコンサルティング業界の構造:「ピラミッド」から「オベリスク」へ

目次

はじめに

 これまでコンサルティング業界は、多数の若手(ジュニアコンサルタント)が少数のベテラン(シニアリーダー)を支える「ピラミッド構造」を基本的な組織モデルとしてきました。しかし、AI、特に生成AIの進化により、リサーチや分析といった若手の主要業務が自動化され、この伝統的なモデルが根底から揺らいでいます。

 本稿では、伝統的なピラミッド構造の崩壊と、それに代わる新しい組織モデルとして提唱されている「オベリスク構造」について、ハーバード・ビジネス・レビューの記事をもとに解説していきます。

参考記事

  • タイトル: AI Is Changing the Structure of Consulting Firms
  • 著者: David S. Duncan, Tyler Anderson and Jeffrey Saviano
  • 発行元: Harvard Business Review
  • 発行日: 2025年9月10日
  • URL: https://hbr.org/2025/09/ai-is-changing-the-structure-of-consulting-firms

要点

  • AI、特に生成AIは、従来ジュニアコンサルタントが担ってきたリサーチ、モデリング、分析、資料作成といったタスクを急速に自動化している。
  • この変化により、多数の若手人材の労働時間に依存してきた伝統的な「ピラミッド」収益モデルの基盤が崩れつつある。
  • これからのコンサルティングファームは、よりスリムで階層が少なく、専門性の高い「オベリスク」と呼ばれるモデルへ移行する必要があると筆者らは提唱した。
  • オベリスクモデルは、「AIファシリテーター」「エンゲージメントアーキテクト」「クライアントリーダー」という3つの新しい主要な役割で構成される。
  • 既存の大手ファームは、現在の収益性の高いピラミッドモデルや組織文化が障壁となり、この構造変革への対応が困難になる「イノベーターのジレンマ」に直面する可能性があると指摘された。

詳細解説

コンサルティング業界の「ピラミッド構造」とは?

 まず前提知識として、コンサルティング業界で長年採用されてきた「ピラミッド構造」について説明します。これは、組織の階層がピラミッドのような三角形になっている状態を指します。

  • 土台(Base): 多数のジュニアコンサルタントやアナリストが位置します。彼らはプロジェクトの基盤となる情報収集、データ分析、市場リサーチ、議事録やプレゼンテーション資料の作成などを担当します。
  • 中間層(Middle): マネージャーやシニアコンサルタントが位置し、プロジェクト管理、ジュニアの指導、顧客との日常的なコミュニケーションを担います。
  • 頂点(Apex): 少数のパートナーや役員が位置し、最終的な戦略的意思決定、顧客企業の経営層との関係構築、そして新規プロジェクトの獲得といった最上流の役割を担います。

 このモデルの収益性の鍵は「レバレッジ」にあります。パートナー1人が獲得したプロジェクトに対し、多くのジュニアの時間単価(ビラブルアワー)を投入することで、ファーム全体の売上と利益を最大化してきました。しかし、AIはこの構造の土台そのものを自動化し始めています。

AIによるピラミッドの崩壊

 記事では、AIがジュニアコンサルタントの仕事をどのように代替しているか、具体的な事例を挙げて説明しています。

  • McKinsey & Companyは、社内の専門知識を学習した生成AIアシスタント「Lilli」を導入し、全従業員の72%以上が利用。リサーチと情報統合にかかる時間を約30%削減したと報告されています。
  • Boston Consulting Group (BCG)は、プレゼンテーション資料を数分で作成するAIツール「Deckster」を活用しています。
  • Bain & Companyも、社内IPでトレーニングされたAIコパイロット「Sage」を展開しています。

 このように、これまで若手が何週間もかけて行っていたタスクが、AIによって数時間から数分で完了するようになりつつあります。これにより、多数のジュニアを抱えるピラミッド構造は、経済合理性を失い、自重で崩壊するリスクを抱えることになったのです。

新しい組織モデル:「オベリスク構造」

 ピラミッドに代わる新しいモデルとして、筆者らは「オベリスク構造」を提唱しています。オベリスクとは、古代エジプトの記念碑のように、「高く、細く、スリムな」構造体を指します。これは、大人数に頼るのではなく、少人数の専門家チームがAIを最大限に活用して高い価値を生み出すモデルです。

 このモデルは、主に3つの役割で構成されます。

  1. AIファシリテーター (AI Facilitators)
     最新のAIツールやデータパイプラインに精通した、キャリア初期のコンサルタントです。AIを活用したワークフローを設計・最適化し、チームが迅速に洞察を得られるように支援します。従来のアナリストとは異なり、初日から高度な技術的知見と応用的な判断力が求められる新しい専門職です。
  2. エンゲージメントアーキテクト (Engagement Architects)
     プロジェクト全体を率いる経験豊富なコンサルタントです。解決すべき課題を定義し、AIの出力を人間の専門的な判断で解釈し、実行可能な戦略へと落とし込みます。AIと人間の専門家を組み合わせ、プロジェクト全体を設計・指揮する役割を担います。
  3. クライアントリーダー (Client Leaders)
     企業の経営層と深く長期的な信頼関係を築くことに集中する最上位のコンサルタントです。変化の本質を顧客が理解するのを助け、破壊的な変化の先を行くための助言を行います。

 このオベリスク構造は、AIネイティブな新興のブティックファーム(専門領域特化型ファーム)において、すでに実践例が見られます。例えば、価格戦略に特化したMonevateや、コスト削減を専門とするSIBなどが挙げられます。これらの企業は、巨大なピラミッドを構築せず、AIと専門家を組み合わせることで、低コストかつ高品質なサービスを提供しています。

既存ファームはなぜ変われないのか?

 これほど明確な変化の兆しがあるにもかかわらず、多くの伝統的な大手ファームが変革に苦しむだろうと記事は指摘しています。その理由は、クレイトン・クリステンセン氏が提唱した「イノベーターのジレンマ」にあります。

 つまり、既存のピラミッドモデルが依然として高い収益を上げているため、自らそれを破壊するような変革に踏み切ることが極めて難しいのです。評価制度、報酬体系、人員計画など、企業のあらゆるシステムがピラミッド構造を前提に構築されており、AIを単なる「効率化ツール」として既存モデルに付け加えるだけにとどまりがちです。

 しかし、AIを前提にゼロからビジネスモデルを再設計する新興企業は、より速く、より安く、より高い価値を顧客に提供できるため、長期的には既存ファームの競争優位性が失われる可能性があります。

AI時代の倫理とガバナンス

 オベリスクモデルでは、少人数のチームがAIの支援を受けて迅速に重要な意思決定を行うため、AIのガバナンスと倫理がこれまで以上に重要になります。AIによる分析や推薦が、公平で、説明可能で、かつ最終的な責任の所在が明確でなければなりません。

 企業は政府の規制を待つのではなく、自ら倫理的なガードレールをAIの利用プロセスに組み込む必要があると、記事は強調しています。

まとめ

 本稿では、ハーバード・ビジネス・レビューの記事を基に、AIがコンサルティング業界の組織構造をいかに変革しているかを解説しました。

 AIはコンサルタントの仕事を奪うのではなく、その働き方と組織のあり方を根本から再定義する力を持っています。大量の人員に依存した「ピラミッド構造」の時代は終わりを告げ、AIを駆使する少数精鋭の専門家集団による「オベリスク構造」が新たな標準となる可能性が高いです。

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