はじめに
昨今、ビジネスにおけるAI活用は加速の一途をたどると考えられていますが、最新のデータは少し異なる様相を示しているかもしれません。本稿では、米国の資産運用会社であるApollo社のチーフエコノミスト、Torsten Sløk氏が発表した「AI Adoption Rate Trending Down for Large Companies」という記事をもとに、米国の大企業におけるAI導入率が低下傾向にあるという興味深い分析について解説します。
参考記事
- タイトル: AI Adoption Rate Trending Down for Large Companies
- 著者: Torsten Sløk (Apollo Chief Economist)
- 発行元: Apollo
- 発行日: 2025年9月7日
- URL: https://www.apolloacademy.com/ai-adoption-rate-trending-down-for-large-companies/
要点
- 米国国勢調査局が実施する大規模な企業調査によると、従業員250名以上の大企業におけるAI導入率が、最近になって低下傾向を示している。
- このデータは、機械学習や自然言語処理といったAIツールを、過去2週間以内に製品やサービスの生産に利用したか、という実用面を問う信頼性の高い調査に基づいている。
- この傾向は、AI導入の初期の波が一段落し、各社が費用対効果(ROI)の評価や、より深いレベルでの実装における課題に直面している可能性を示唆するものである。
詳細解説
信頼性の高いデータが示すAI導入の現状
本稿で取り上げている分析は、非常に信頼性の高いデータに基づいています。これは米国国勢調査局が隔週で実施している調査で、対象となる企業は約120万社にも及びます。
調査では、「機械学習、自然言語処理、仮想エージェント、音声認識などのAIツールを、過去2週間で商品やサービスの生産に利用しましたか?」という具体的な質問が行われています。これにより、単なる試験的な導入ではなく、実際の事業活動にAIがどれだけ組み込まれているかという実態に近い数値を把握することができます。
グラフから読み解く「大企業の導入率低下」
以下のグラフは、企業の従業員規模別にAI導入率の推移(6調査期間の移動平均)を表しています。(参考記事より引用)

最も注目すべき点は、従業員250名以上の大企業を示す線です。この線は、2023年から一貫して上昇を続けていましたが、2025年6月頃をピークに、その後は明確な下降傾向に転じています。一方で、他の中小企業のカテゴリーでは、導入率が横ばいであったり、緩やかな上昇を続けていたりする点とは対照的です。
つまり、これまでAI導入を牽引してきたと考えられる大企業層において、その勢いに陰りが見え始めていることをデータは示唆しています。
なぜ大企業で導入ペースが失速しているのか?
この傾向の背景にはいくつかの可能性が考えられます。
- 初期導入フェーズの完了とROI評価段階への移行
多くの大企業が、比較的導入しやすかった業務(いわゆる「低くぶら下がっている果実」)へのAI適用を終えた可能性があります。そして今、より大規模で複雑な全社展開を進める前に、これまでの投資がどれほどの効果を生んだのか(ROI=投資対効果)を厳密に評価する段階に入っているのかもしれません。 - 実装における技術的・組織的課題
AIを既存の基幹システムへ統合する際の技術的な複雑さ、扱うデータのセキュリティ問題、そしてAIを効果的に運用できる専門人材の不足など、実践的な課題に直面している企業も少なくないと考えられます。概念実証(PoC)は成功したものの、本格導入の壁は予想以上に高かった、というケースです。 - 過熱感の沈静化
生成AIの登場以降、急速に高まったAI導入への期待が一度落ち着き、より現実的で戦略的な視点から自社にとって本当に必要なAI活用を見極めようとする冷静な動きが広がっている可能性も考えられます。
まとめ
本稿では、Apollo社の分析レポートを基に、米国の大企業におけるAI導入率が低下傾向にあるというデータと、その背景について解説しました。 この動きは、一時的なブームや「何かしなければ」という熱狂から、AIをいかにして実際のビジネス価値に結びつけるかという「実務と戦略」の段階へ移行していることを示す重要なサインと捉えるべきといえます。