はじめに
本稿では、動画プラットフォーム大手のYouTubeが、一部の動画に対してユーザーに無断でAIによる編集を加えていた問題について、英国放送協会(BBC)のニュースサイト「BBC Future」に掲載された記事「YouTube secretly used AI to edit people’s videos. The results could bend reality」を基に、その詳細と背景、そして私たちのデジタル社会に与える影響を解説します。
参考記事
- タイトル: YouTube secretly used AI to edit people’s videos. The results could bend reality
- 著者: Thomas Germain
- 発行元: BBC Future
- 発行日: 2025年8月22日
- URL: https://www.bbc.com/future/article/20250822-youtube-is-using-ai-to-edit-videos-without-permission
要点
- YouTubeは一部のShorts動画に対し、クリエイターの許可なくAIによる画質補正を秘密裏に実施していた。
- この補正により、肌の質感や細部が不自然に変化し、一部のクリエイターから「AI生成のような違和感がある」として、オーディエンスとの信頼関係への懸念が示された。
- YouTubeはこれを「実験」であり、スマートフォンのカメラ補正に似た「伝統的な機械学習」だと説明するが、専門家はプラットフォームによる同意なきコンテンツの改変と透明性の欠如を問題視している。
- この一件は、AIが私たちの知覚しないところで現実の情報を加工・仲介する、より大きなトレンドの一部であり、デジタルコンテンツの真正性について重要な問いを投げかけている。
詳細解説
発端は人気YouTuberの「違和感」
この問題が明るみに出るきっかけとなったのは、500万人以上のチャンネル登録者を持つ人気音楽YouTuber、リック・ビアト氏の気づきでした。彼は自身の動画を見て、「髪型がなんだかおかしい。よく見ると、まるで化粧をしているようだ」と感じたといいます。同じく人気YouTuberのレット・シャル氏も自身の動画に同様の現象を発見し、「もしこのひどいシャープネス加工を望むなら自分でやっていた。だが、もっと大きな問題は、AIによって生成されたように見えることだ。これはインターネット上での私自身や私の声を偽って伝えることになり、視聴者との信頼を損なう可能性がある」と強い懸念を表明しました。
彼らが指摘した変化は、シャツのしわがよりくっきりと見えたり、肌がある部分はシャープに、別の部分は滑らかに見えたり、耳の形が歪んで見えたりといった、非常に些細なものでした。しかし、これらの意図しない改変は、クリエイターにとって自身のコンテンツがコントロールできないところで作り変えられているという不快感と不安をもたらしたのです。
YouTubeの見解と技術的な背景
SNS上での憶測が数ヶ月続いた後、YouTubeはついにこの事実を認めました。同社の広報担当者は、これは一部のYouTube Shorts動画を対象とした実験であると説明。その目的は、動画処理の過程で「ぼかしやノイズを除去し、鮮明度を向上させる」ことにあると述べました。
ここでYouTubeが強調したのは、使用している技術が「伝統的な機械学習」であるという点です。これは、近年のスマートフォンが動画を撮影する際に自動で行う画質補正と似たようなものだとされています。
少し補足すると、「機械学習」はAIの一分野で、データからパターンを学習し、それに基づいて予測や分類を行う技術です。一方で、最近話題の「生成AI」は、学習したデータをもとに全く新しいコンテンツ(画像、文章、音楽など)を創造する技術を指します。YouTubeは、今回の処理は後者の生成AIではなく、あくまで既存の映像を補正する前者であると主張し、技術的な懸念を払拭しようとしました。
専門家が指摘する「同意なき編集」という本質的な問題
しかし、専門家はこのYouTubeの説明に警鐘を鳴らしています。ピッツバーグ大学のサミュエル・ウーリー教授は、「スマートフォンの機能であれば、ユーザーはそれをオンにするかオフにするか自分で決定できる。しかし、今回起きているのは、企業がクリエイターの同意なしにコンテンツを操作し、それを公衆に配信していることだ」と指摘します。
つまり、技術の種類が「機械学習」か「生成AI」かという点以上に、プラットフォームが一方的に、そして秘密裏にユーザーのコンテンツを改変したという行為そのものが問題視されているのです。ウーリー教授は、YouTubeが「機械学習」という言葉を使ったのは、昨今の「AI」という言葉に対する社会的な懸念を意図的に避けようとしたのではないか、とも分析しています。
この問題は、AIが私たちの現実認識にどのように介在してくるか、というより大きなテーマにつながります。ノルウェー・ベルゲン大学のジル・ウォーカー・レットバーグ教授は、「アナログカメラであれば、フィルムが光にさらされたことで、カメラの前に何かが存在したとわかる。しかし、アルゴリズムやAIが介在するとき、私たちの現実との関係はどうなるのだろうか?」と問いかけます。AIによる加工が当たり前になることで、私たちが目にするデジタルコンテンツと、それが指し示す現実との結びつきが曖昧になってしまう危険性があるのです。
これは氷山の一角か?身近に潜むAIによる「現実の編集」
実は、このようなAIによる「現実の編集」は、YouTubeに限った話ではありません。
- Samsungの月面写真: 2023年、Samsung製のスマートフォンで撮影した月の写真が、AIによって実際よりも精細に見せるよう加工されていたことが話題になりました。
- Google Pixelの「ベストテイク」機能: 集合写真を撮る際、複数の写真から全員のベストな表情をAIが選び出し、一枚の「実際にその瞬間は存在しなかった」完璧な写真に合成する機能です。
これらの機能はユーザーの利便性を高めるものですが、同時に、私たちが「写真」や「動画」として認識しているものが、もはやありのままの記録ではないことを示唆しています。
コンテンツの信頼性と今後の展望
プラットフォームがトップダウンで、しかもクリエイターに知らせずにコンテンツを編集するという事実は、ただでさえ揺らいでいるオンライン情報への信頼をさらに損なう可能性があります。
こうした流れに対抗する動きとして、Googleの最新スマートフォン「Pixel 10」には、コンテンツクレデンシャルという技術が導入されています。これは、画像にデジタル透かしのような情報を埋め込み、AIによる編集が行われたかどうかを後から検証できるようにする仕組みです。今後、このようなコンテンツの真正性を担保する技術が、プラットフォーム側にも求められていくことになるでしょう。
まとめ
今回明らかになったYouTubeによるAIを用いた無断動画編集問題は、単なる一企業の実験的な試みというだけでは片付けられません。これは、AI技術が私たちの知らないうちに、私たちの見る世界、共有する現実に静かに介入し始めている現実を浮き彫りにした象徴的な出来事です。
テクノロジーがもたらす利便性の裏側で、私たちは何を見て、何を信じるのか。プラットフォームにはより一層の透明性が求められ、私たちユーザーやクリエイターも、デジタルコンテンツとの向き合い方を改めて考えていく必要があると言えるでしょう。