はじめに
近年、多くの企業がAI技術に多額の投資を行っていますが、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちが行った調査により、その投資の95%が利益に結びついていないという衝撃的な事実が明らかになりました。AIへの期待が高まっているようにみえる今、この調査結果をどのようにとらえるべきなのでしょうか。
本稿では、この調査の詳細を紐解きながら、日本の企業やビジネスパーソンにとってどのような意味を持つのかを考察していきます。
参考記事
- タイトル: MIT study on AI profits rattles tech investors
- 発行元: Axios
- 発行日: 2025年8月21日
- URL: https://www.axios.com/2025/08/21/ai-wall-street-big-tech
要点
- MITの調査により、調査対象となった組織の95%がAIへの投資から収益を得られていないことが判明した。
- 生成AI分野へは300億ドルから400億ドルという巨額の投資が行われているが、多くの企業でリターンがゼロである。
- この結果は、AIへの期待が先行し過熱する市場への警鐘であり、投資家の間に不安を広げている。
- AIツールの導入において、自社で一から開発する「ビルド」よりも、既存のツールを購入する「バイ」を選択した企業の方が、成功率が高いことが示唆された。
詳細解説
MITの調査、その衝撃的な中身とは?
今回注目されているのは、MITの研究者たちが300の公開されたAI関連プロジェクトを分析した調査です。この調査の目的は、メディアなどで語られる誇大なイメージを排し、「誇大広告なしの現実(no hype reality)」としてAIがビジネスに与える真の影響を明らかにすることでした。
調査結果は非常に厳しいものでした。生成AIの分野だけでも企業は300億ドルから400億ドル(日本円で数兆円規模)を投資しているにもかかわらず、調査対象となった企業の95%が、その投資に見合うリターンを全く得られていなかったのです。
この事実は、ウォール街の投資家たちにとって大きな懸念材料となっています。これまで投資家たちは、将来的に記録的な利益がもたらされることを期待して、ハイテク企業による莫大なAI関連の支出を容認してきました。しかし、今回の調査はその期待の前提を根本から揺るがす可能性があり、AIという物語に過度に依存している現在の株式市場にとって、存在を脅かすリスクになりかねないとAxiosの記事は指摘しています。
なぜAIは利益に繋がらないのか? 鍵は「ビルド vs バイ」
では、なぜこれほど多くの企業がAIから利益を上げられずにいるのでしょうか。Axiosの記事では、そのヒントとして非常に興味深い分析が紹介されています。それは、AIツールを自社で内製(ビルド)しようとした企業よりも、外部から実績のあるツールを購入(バイ)した企業の方が、はるかに成功していたという点です。
AI技術、特に生成AIのような最先端分野では、開発に高度な専門知識を持つ人材、膨大な計算リソース、そして多額の資金が必要です。多くの企業にとって、これらをすべて自社で賄い、ビジネスに貢献できるレベルのAIシステムをゼロから構築するのは、非常にハードルが高いのが現実です。結果として、多額の投資をしても実用レベルに達しない、あるいは費用対効果が著しく悪化するケースが多いと考えられます。
この「ビルドかバイか」という問題は、AI戦略を考える上で極めて重要な論点と言えるでしょう。
市場への影響とドットコムバブルの再来懸念
この調査結果が公表されたタイミングも、市場の不安を増幅させる一因となっています。Axiosの記事によれば、現在の市場は金融政策の先行き不透明感や、季節的に株価が不安定になりやすい時期にあるため、一つのニュースが投資家心理を大きく揺さぶりやすい状況です。
インタラクティブ・ブローカーズ社のチーフストラテジスト、スティーブ・ソスニック氏は、「いつか人々が目を覚まし、『AIは素晴らしいが、これまでのお金の使われ方は賢明ではなかったかもしれない』と言い出すのではないかと懸念しています」とコメントしています。
さらに懸念されるのは、現在のハイテク企業の設備投資額が、ITバブル(ドットコムバブル)が崩壊する直前の2000年以来の高さになっているという事実です。歴史が繰り返されるとは限りませんが、現在のAIブームがかつてのITバブルと同じ道を辿るのではないかという警戒感は、この調査によって一層強まる可能性があります。
まとめ
本稿で解説したMITの調査は、AI技術への投資が必ずしもビジネス上の成功に直結するわけではない、という厳しい現実を浮き彫りにしました。特に、調査対象の95%が投資から利益を得られていないという事実は、AI導入を検討するすべての企業にとって重く受け止めるべきデータです。
しかし、この調査は単にAI投資の難しさを示すだけではありません。AI導入を成功させるための重要なヒントも示唆しています。それは、自社でのスクラッチ開発に固執するのではなく、実績のある外部ツールを購入・活用するというアプローチの有効性です。
AIへの期待は今後も続くでしょう。しかし、企業も投資家も、一時的な熱狂に流されることなく、地に足の着いた戦略を立てることが求められています。今回の調査結果を教訓とし、自社にとって本当に価値のあるAI活用とは何かを冷静に見極めることが、これからの時代を勝ち抜く鍵となるでしょう。