はじめに
本稿では、生成AI技術の発展がもたらす新たな課題として、著名人の自伝などを模倣したAI生成書籍がオンラインで販売されている問題について解説します。この問題は、消費者保護や著作物の信頼性に関わる重要なテーマです。
参考記事
- タイトル: Publishers issue warning on AI-created books imitating sports autobiographies
- 発行元: Sky News
- 発行日: 2025年8月17日
- URL: https://news.sky.com/story/publishers-issue-warning-on-ai-created-books-imitating-sports-autobiographies-13413325
要点
- 人工知能(AI)によって生成され、著名人の自伝を模倣した書籍がAmazonなどのオンラインストアで販売されている。
- これらの書籍は、話題のニュースに便乗して短時間で大量に作られるが、内容が薄く、不正確な点も多い。
- 消費者にとって、正規の書籍とAIによって生成された書籍を見分けることは非常に困難であり、混乱が生じている。
- 出版業界は、この問題を「情報の飽和」につながる脅威と捉え、Amazonなどの販売業者に対して、AI生成コンテンツであることを明記するなど、より明確な対策を求めている。
詳細解説
AIによって作られる「なりすまし自伝」の実態
Sky Newsの報道によると、特にスポーツ選手などの著名人の自伝を模倣したAI生成書籍が、Amazonの電子書籍(Kindle)や印刷版として販売されている事例が数多く確認されています。
例えば、サッカー女子欧州選手権でイングランドの選手が活躍すると、その翌日にはその選手に関する書籍が出版されるといった迅速さです。しかし、その実態は、ページ数が50ページにも満たない薄い内容で、表紙にはサッカー選手の本であるにもかかわらずアメリカンフットボールのボールが描かれているなど、質の低いものが多く見られます。
こうした書籍は、大規模言語モデル(LLM)などの生成AI技術を活用することで、専門的な知識や調査がなくても、誰でも簡単に作成できてしまいます。その結果、話題性だけを狙った不正確で質の低いコンテンツが市場に溢れ、消費者が誤って購入してしまうケースが増えています。
著者たちの戸惑いと怒り
多大な時間と労力をかけて自身の物語を執筆した著者たちにとって、この状況は深刻です。元イングランド女子サッカー代表キャプテンのステフ・ホートン氏は、自身が執筆した300ページを超える自伝の模倣品(わずか50ページ)が存在することに衝撃を受け、「本を作るには多大な努力が必要です。Amazonがそれを許可していることも問題です」と語っています。
また、アフガニスタンでの過酷な経験を綴った元同国女子サッカー代表キャプテンのハリダ・ポパル氏も、自身の壮絶な体験を記した本がAIによって模倣されたことに対し、「これは恐ろしいことです。この物語は何百、何千という女性たちの声なのです」と述べ、その重要性が軽んじられることへの懸念を示しました。
販売プラットフォームの対応と課題
問題の温床となっているのが、Amazonのセルフパブリッシングサービス「Kindle Direct Publishing (KDP)」です。KDPを利用すれば誰でも簡単に出版できますが、これがAI生成書籍の大量生産を可能にする一因となっています。
Amazonは、ガイドラインに違反する書籍は削除するとしており、Sky Newsからの通報を受けて一部の書籍を削除しました。また、KDPの著者には、コンテンツがAIによって生成されたものである場合、その旨を申告することを義務付けています。
しかし、最も重要な問題は、AIによって生成されたという情報が消費者に開示されていない点です。 これでは、消費者は購入前にその本がAIによって作られたものかどうかを知るすべがありません。出版業界は、消費者が適切な情報に基づいて判断できるよう、AI生成コンテンツには明確なラベル表示を義務付けるべきだと主張しています。
「情報の飽和」という、より大きな脅威
英国出版協会のダン・コンウェイCEOは、この問題を単なる模倣品の流通に留まらない、より大きな脅威と捉えています。
「これらの大規模言語モデルは非常に強力で、あらゆる種類のコンテンツを信じられないほど簡単に作成できるようになりました。事実上、情報の飽和という脅威に直面しているのです。」(Sky Newsの記事より引用・翻訳)
これは、あるテーマで質の高い本が出版されても、その数日後にはAIによって生成された何千もの競合タイトルが出現し、良質なコンテンツが埋もれてしまう危険性を示唆しています。情報の信頼性が揺らぎ、文化そのものが希薄化しかねないという、深刻な懸念です。
まとめ
本稿では、Sky Newsの報道を元に、AIによって生成された「なりすまし自伝」がオンラインで販売されている問題について解説しました。この問題は、生成AI技術がもたらす負の側面を象徴しており、著者の権利、消費者の知る権利、そして情報の信頼性という複数の重要な論点を含んでいます。
テクノロジーの進化は止められませんが、それをどのように利用し、規制していくかが社会に問われています。私たち消費者も、オンラインで書籍を購入する際には、著者情報や出版元、レビューなどを慎重に確認し、信頼できる情報源を選択する意識を持つことが、今後ますます重要になるでしょう。