[開発者向け]AIの安全性をどう守るか?Anthropic社「Claude」の多層防御アプローチを解説

目次

はじめに

 近年、AI技術は目覚ましい発展を遂げ、私たちの仕事や創造性を助け、世界への理解を深めるための強力なツールとなりつつあります。しかし、その一方で、AIの能力が悪用された場合のリスクも指摘されています。AI開発企業には、技術の有益な活用を促進すると同時に、実世界に危害を及ぼしかねない誤用を未然に防ぐという、重要な責任があります。

 本稿では、「Claude」の安全性を確保するために、どのような多層的なアプローチを取っているのかを詳しく掘り下げていきます。

参考記事

要点

  • Anthropicは「Safeguards」という専門チームを設置し、AIモデル「Claude」の安全性確保に多層的なアプローチで取り組んでいる。
  • そのアプローチは、ポリシー策定、モデル訓練への介入、展開前の厳格なテスト、リアルタイムでの検知・施行、継続的な脅威分析という、モデル開発の全ライフサイクルに及ぶ。
  • 特に、AI自身(分類器モデル)を用いてリアルタイムで有害なコンテンツを検知・制御する仕組みや、外部の専門家と連携してポリシーや訓練を改善するプロセスが特徴的である。
  • これらの取り組みは、AIを有益な方向に導きつつ、実世界での危害につながる誤用を防ぐことを目的としている。

詳細解説

 Anthropic社のSafeguardsチームは、ポリシー、製品、データサイエンス、脅威インテリジェンス、エンジニアリングなど、多様な分野の専門家で構成されています。彼らは、モデル開発のライフサイクル全体にわたって、Claudeが有益かつ安全であり続けるための防御システムを構築しています。そのアプローチは、大きく5つの柱から成り立っています。

基盤となる「ポリシー」の作り方

 すべての安全対策の基礎となるのが、Claudeを「どのように使うべきか、使うべきでないか」を定めた利用規約(Usage Policy)です。このポリシーは、児童の安全、選挙の公正性、サイバーセキュリティといった重要な領域に対処するための枠組みを定めています。

 このポリシー策定は、主に2つの仕組みによって支えられています。

  • 統一危害フレームワーク(Unified Harm Framework):
     これは、AIの利用がもたらす潜在的な危害を、物理的、心理的、経済的、社会的、個人の自律性という5つの側面から体系的に理解するための枠組みです。このフレームワークを用いることで、 misuse(誤用)の可能性や規模を考慮しながら、より精緻なポリシーを策定することができます。
  • ポリシー脆弱性テスト:
     テロ、過激化、児童安全などの分野における外部の専門家と協力し、モデルの弱点を突くような厳しいプロンプト(指示)を使って、ポリシーが有効に機能するかをテストします。例えば、2024年の米国選挙期間中には、Claudeが古い選挙情報を提供してしまう可能性を専門家と共同で特定し、対策として、選挙に関する情報を求めるユーザーに対しては、公的な情報源へ誘導するバナーを表示するようにしました。これは、システムの脆弱性を事前に発見し、対策を講じる「レッドチーミング」と呼ばれるアプローチの一環です。

AIの「性格」を形作る:モデル訓練への関与

 Safeguardsチームは、モデルの性能を調整するファインチューニングの段階から深く関与し、Claudeが示すべき振る舞いや価値観について議論を重ねます。これにより、モデルの「性格」に安全性が組み込まれていきます。

 重要なのは、単に有害な要求を拒否させるだけではない点です。例えば、自傷行為やメンタルヘルスといった非常にデリケートな話題について、オンライン危機サポートの専門機関と連携し、会話を完全に拒絶したり、ユーザーの意図を誤解したりすることなく、ニュアンスを持って慎重に対応できるように訓練しています。

 この協調的なプロセスを通じて、Claudeは不正なコンテンツの生成や有害な活動の計画への協力を拒否し、デリケートな話題を注意深く扱うスキルを学習します。

世に出す前の最終チェック:テストと評価

 新しいモデルをリリースする前には、その性能と能力を検証するための厳格な評価が実施されます。主な評価項目は以下の3つです。

  • 安全性評価: 児童搾取や自傷行為といった利用規約で禁止されているトピックについて、モデルが適切に対応できるかを評価します。明確な規約違反だけでなく、文脈が曖昧なケースや、複数回にわたる会話の中での応答もテストされます。
  • リスク評価: サイバー攻撃や、CBRNE(化学・生物・放射性物質・核兵器)など、特にリスクの高い領域については、政府機関や民間企業と連携して、AIの能力向上によって生じうる脅威を想定し、それに対する安全対策が有効かを評価します。
  • バイアス評価: 政治的な信条や、性別・人種・宗教といったアイデンティティによって、応答に偏りが生じないかを検証します。異なる視点からのプロンプトに対して、事実に基づいた公平な応答が一貫してできるかを確認します。

 こうした展開前のテストにより、訓練の成果を確認し、必要に応じて追加の安全対策を講じることができます。

リアルタイムでの防衛:検知と施行

 モデルが実際にユーザーに使われ始めた後も、安全性を確保するための仕組みがリアルタイムで稼働しています。ここでは、自動化されたシステムと人間によるレビューが組み合わされています。

 このシステムの中心的な役割を担うのが、「分類器(Classifier)」と呼ばれる、特定のポリシー違反を検知するために特別に訓練されたClaudeモデルです。メインのClaudeがユーザーと対話している裏で、複数の分類器が同時に稼働し、会話内容に有害なものが含まれていないかを監視しています。

 分類器がポリシー違反を検知した場合、以下のような措置が取られます。

  • 応答の誘導(Response Steering): ユーザーがスパムやマルウェアを生成しようとしていると分類器が判断した場合、Claudeに対するシステムプロンプト(内部的な指示)をリアルタイムで自動的に追加し、応答を安全な方向へ誘導します。ごく一部の深刻なケースでは、応答を完全に停止することもあります。
  • アカウントへの措置: 違反パターンを調査し、警告やアカウントの停止といった措置を取ることもあります。

 この分類器システムは、膨大な量のトークン(単語や文字の断片)を処理しつつ、システムの負荷を抑え、かつ無害なコンテンツへの誤作動を最小限に留める必要があり、技術的に高度な挑戦であると言えます。

継続的な改善:監視と調査

 安全対策は一度作って終わりではありません。Safeguardsチームは、個々のプロンプトだけでなく、Claude全体の利用状況を監視し、より巧妙な攻撃パターンや新たな脅威を特定しています。

  • 階層的要約(Hierarchical Summarization): この技術は、個々のユーザーとの膨大な対話データを要約し、さらにその要約を分析することで、アカウントレベルでの懸念事項を特定します。これにより、個々のやり取りだけでは見つけにくい、自動化された影響力工作(influence operation)のような大規模な悪用を発見することが可能になります。
  • 脅威インテリジェンス: ソーシャルメディアやハッカーフォーラムなどを監視し、悪意のある攻撃者がどのような手法を使っているかを調査します。外部の脅威情報と内部のデータを照合することで、既存の検知システムが見逃す可能性のある脅威を特定し、対策に活かしています。

まとめ

 本稿では、Anthropic社がAIモデル「Claude」の安全性を確保するために構築した、多層的かつ包括的なアプローチについて解説しました。その特徴は、以下の点に集約されます。

  • ライフサイクル全体をカバー: ポリシー策定という上流工程から、訓練、テスト、そしてリアルタイムでの監視・施行という下流工程まで、AI開発の全段階に安全対策が組み込まれています。
  • 技術とプロセスの融合: 「分類器」や「階層的要約」といった高度な技術的防御策と、外部専門家との連携や慎重なポリシー策定といった人間系のプロセスが、互いに連携して機能しています。
  • 継続的な改善: 一度構築したシステムに安住するのではなく、新たな脅威を常に監視・分析し、防御策をアップデートし続ける姿勢を明確にしています。

 AIの安全性確保は、特定の一社だけで完結する問題ではありません。Anthropic社が自社の取り組みをこのように透明性高く公開し、社会との対話を求めていることは、より安全なAIの未来を築く上で非常に重要な一歩と言えるでしょう。

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