はじめに
多くの企業で人工知能(AI)の導入が進む中、特にマーケティング分野ではその活用に大きな期待が寄せられています。しかし、期待通りの成果を出せずに課題を抱えているケースも少なくありません。なぜAIは期待通りに機能しないのでしょうか。
本稿では、その答えのヒントとなる「氷山モデル」という考え方について、IBMの公式ブログ「THINK」に掲載された記事「AI’s iceberg problem: What CMOs don’t see could hurt them」を元に、日本の読者にも分かりやすく解説していきます。
参考記事
- タイトル: AI’s iceberg problem: What CMOs don’t see could hurt them
- 著者: Anabelle Nicoud
- 発行元: IBM
- 発行日: 2025年8月7日
- URL: https://www.ibm.com/think/news/ai-iceberg-problem-cmo-study
要点
- 多くのCMO(最高マーケティング責任者)はAIに高い期待を寄せているが、組織的な課題によりその潜在能力を十分に引き出せていないのが現状である。
- AI活用の成功は、目に見えるツール導入(氷山の先端)だけでなく、水面下にあるデータ基盤の整備と組織運営の変革にかかっている。
- 消費者は単なるパーソナライズを超え、自身のニーズに関連性のある情報を適切なタイミングで受け取ることを求めている。
- AIの真の価値は、業務プロセスの変革、生産性の向上、そして組織全体の効率化といった、目に見えにくい部分にこそ存在する。
詳細解説
期待と現実の大きなギャップ
IBMが世界中のマーケティングおよびセールス担当役員1,800人を対象に行った調査によると、CMOの81%がAIを「ゲームチェンジャー」と見なしている一方で、84%が「硬直的で断片化された組織運営」がAI活用の障壁になっていると回答しています。このギャップはなぜ生まれるのでしょうか。
記事ではその原因として、部門間に存在する「サイロ(縦割り組織)」、柔軟性に欠ける社内プロセス、そして部署ごとにバラバラに管理されているデータセットなどを挙げています。さらに、目標達成に必要なスキルを持つ人材が社内にいると考えるCMOはわずか21%にとどまり、深刻な人材不足も浮き彫りになりました。多くのリーダーがAIの重要性を認識しつつも、それを使いこなすための組織体制や人材が追いついていないのが実情です。
AI活用の鍵は「水面下」にあり:氷山モデルとは
IBMのマーケティングおよびコミュニケーション担当シニア・バイスプレジデントであるジョナサン・アダシェック氏は、AIの価値を氷山に例えて説明しています。
「私はAIを氷山だと見ています。水面上に見えている20%は、輝かしく見えるものです。水面下の80%にこそ、AIの真の可能性があります。そこには、仕事のやり方を変革し、生産性を向上させ、チームが大規模な効率化を実現する可能性が秘められています。」
つまり、多くの人が注目しがちな最新のAIツールやアプリケーションは、氷山のほんの先端に過ぎないということです。本当に重要なのは、水面下に隠された「データアーキテクチャの強化」「業務プロセスの見直し」「組織全体の効率化」といった、地道で根源的な取り組みなのです。
まず取り組むべきは「データ基盤の強化」
アダシェック氏は、多くの企業がAI導入で陥りがちな間違いとして、「データアーキテクチャを強化する前にAIの旅を始めてしまい、身動きが取れなくなる」ことを挙げています。
AIがその能力を最大限に発揮するためには、質の高いデータが不可欠です。しかし、多くの組織ではデータが各部門で分断されており、統合的に活用できる状態にありません。まずは社内のデータを整理・統合し、俊敏かつ安全にアクセスできるデータ基盤を構築すること。これこそがAI活用成功への第一歩だと記事は強調しています。
この強固なデータ基盤があって初めて、リアルタイムでの消費者行動の分析や、より戦略的な意思決定が可能になります。クリエイティブ制作、メディアバイイング、イベント企画といったあらゆるマーケティング活動の質を高め、最終的にはブランドの価値向上に繋がるのです。
パーソナライゼーションの先にある「関連性」
AIは、顧客一人ひとりに合わせた体験を提供する「パーソナライゼーション」を可能にします。しかし、現代の消費者が求めているのは、それだけではありません。アダシェック氏は、「重要なのは、パーソナライズされ、かつ関連性のあるコンテンツを、適切なタイミングと場所で人々に提供することだ」と述べています。
自分の興味やニーズに合致した、「自分ごと」と感じられる情報を、まさにそれを必要としている瞬間に受け取りたい、というのが消費者の本音です。このような高度な体験を提供するためにも、顧客に関する様々なデータを統合し、その中から新たなパターンを読み解くAIの能力が不可欠となります。
まとめ
本稿では、IBMの記事を元に、マーケティングにおけるAI活用の本質について「氷山モデル」を用いて解説しました。多くの企業がAIツールの導入という「水面上」の華やかな部分に目を奪われがちですが、真の成果は「水面下」にある地道な取り組みから生まれます。
AI導入を成功に導くためには、まず自社のデータ基盤を見直し、組織のサイロをなくし、いつでもデータを活用できる体制を整えることが最も重要です。目先の流行に飛びつくのではなく、自社の足元を固めること。これこそが、AIという強力なテクノロジーを最大限に活用し、ビジネスを成長させるための確実な道筋と言えるでしょう。