はじめに
本稿では、AI研究の最前線を走るGoogle DeepMindのCEO、デミス・ハサビス氏のインタビューを基に、人工知能(AI)が私たちの未来をどのように変えていくのかを解説します。
参考記事
- タイトル: Demis Hassabis on our AI future: ‘It’ll be 10 times bigger than the Industrial Revolution – and maybe 10 times faster’
- 発行元: The Guardian
- 著者: Steve Rose
- 発行日: 2025年8月4日
- URL: https://www.theguardian.com/technology/2025/aug/04/demis-hassabis-ai-future-10-times-bigger-than-industrial-revolution-and-10-times-faster
要点
- 人間と同等の認知能力を持つ汎用人工知能(AGI)は、今後5年から10年以内に実現する可能性がある。
- AIがもたらす社会変革は、産業革命の10倍の規模で、かつ10倍の速さで進む可能性を秘めている。
- AIは医療や科学を飛躍的に進歩させ、「根本的な豊かさ」の時代をもたらしうるが、その恩恵が公平に分配されるかが政治的な課題となる。
- ChatGPTの登場によりAI開発競争は激化したが、ハサビス氏自身は、社会実装を急ぐよりも、研究室でより長く安全性を検証したかったと考えている。
詳細解説
デミス・ハサビス氏とは何者か?
本稿で紹介するデミス・ハサビス氏は、単なる企業のトップではありません。彼は幼少期にチェスの神童として名を馳せ、若くしてヒットゲーム「テーマパーク」を開発したゲームクリエイターでもありました。その後、ケンブリッジ大学でコンピューターサイエンスを、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで認知神経科学の博士号を取得し、人間の「知能」そのものを解明することに情熱を注いできました。
そして2010年、「知能を解明し、それを使って他のあらゆる問題を解決する」という壮大な目標を掲げ、AI研究所DeepMindを設立。2014年にGoogleに買収された後も、AI研究の最前線を走り続けています。
AIがもたらす光:AlphaFoldの衝撃
AIの可能性を示す最も分かりやすい例が、DeepMindが開発した「AlphaFold」です。これは、生命の設計図ともいえるタンパク質の立体構造を、驚異的な精度で予測するAIです。
タンパク質の形が分かると、病気の原因を解明したり、効果的な新薬を開発したりする上で大きな手がかりとなります。これまで数十年かかっていた解析作業をAIが一瞬でやってのけるこの成果は、生物学における革命とされ、ハサビス氏はこの功績でノーベル化学賞を受賞しました。AlphaFoldは、AIが人類に具体的な利益をもたらすことを証明した、象徴的な出来事と言えるでしょう。
AGI(汎用人工知能)の足音と「根本的な豊かさ」
ハサビス氏が次に見据えるのは、「AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)」の実現です。これは、特定の作業に特化した現在のAIとは異なり、人間のように様々な課題を理解し、解決できるAIを指します。彼は、このAGIが今後5年から10年以内に実現する可能性があると述べています。
AGIが実現すれば、社会は根底から変わると予測されています。ハサビス氏は、その未来を「根本的な豊かさ(radical abundance)」の時代と表現します。難病の治療法発見、クリーンな核融合エネルギーの実現、画期的な新素材の開発など、これまで人類が直面してきた多くの難問が解決され、物資やサービスが潤沢に行き渡る社会が訪れるかもしれない、というビジョンです。
「産業革命の10倍速い変化」が意味する課題
しかし、その変化は非常に急激なものになります。ハサビス氏は「産業革命の10倍の規模で、かつ10倍の速さで進むかもしれない」と警告します。産業革命が社会に大きな富をもたらした一方で、労働問題や環境破壊、格差の拡大といった深刻な混乱も引き起こしました。その10倍のインパクトを持つ変化が、10倍のスピードで訪れるとすれば、社会がそれに適応するのは容易ではありません。
ハサビス氏自身も、以下のような重大な課題を認識しています。
- 雇用の喪失: AIが人間の仕事を代替することで、大規模な失業が発生する可能性があります。
- 富の分配: AIが生み出す莫大な富が、一部の企業や個人に独占され、格差がさらに拡大する恐れがあります。
- エネルギー消費: 高度なAIを動かすには膨大な電力が必要であり、気候変動への影響が懸念されます。
- 偽情報とディープフェイク: AIが悪用され、本物と見分けがつかない偽のニュースや動画が社会を混乱させるリスクがあります。
加速する開発競争とハサビス氏の本音
2022年にOpenAIがChatGPTを公開して以降、AI開発競争は一気に激化しました。この状況について、ハサビス氏は興味深い本音を漏らしています。
「もし私にやり方を選ばせてもらえるなら、私たちはAIを研究室にもっと長く留めておき、AlphaFoldのような(人類に有益な)ことをもっとやったでしょう。例えば、がんを治すとか、そういうことをです。」
この言葉からは、技術の可能性を追求する科学者として、その影響力を十分に理解しているからこそ、性急な社会実装には慎重でありたいという彼の姿勢がうかがえます。しかし、競争の現実はそれを許さず、GoogleもAI技術をあらゆるサービスに統合する道を進んでいます。
まとめ
デミス・ハサビス氏の言葉から見えてくるのは、AIがもたらす未来が、素晴らしい可能性と深刻なリスクの両方をはらんでいるという事実です。彼は自らを「慎重な楽観主義者」と呼び、人類の創意工夫を信じつつも、変化の速さに警鐘を鳴らしています。
「産業革命の10倍速い」変化の時代を目前にして、私たちはAIという強力なツールとどう向き合うべきなのでしょうか。その恩恵を最大化し、リスクを最小化するためには、技術者だけでなく、私たち一人ひとりがその光と影を理解し、社会全体で未来のあり方を議論していくことが不可欠です。本稿が、そのための第一歩となれば幸いです。