はじめに
本稿では、2025年7月に中国のテクノロジー企業Huawei(ファーウェイ)が発表した、AI(人工知能)開発の分野で市場をリードするNvidia(エヌビディア)の最先端製品に対抗しうる新しいAIコンピューティングシステムについて解説します。

参考記事
- タイトル: Huawei shows off AI computing system to rival Nvidia’s top product
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年7月26日
- URL: https://www.reuters.com/world/china/huawei-shows-off-ai-computing-system-rival-nvidias-top-product-2025-07-26/
要点
- Huaweiは、Nvidiaの最先端AIシステム「GB200 NVL72」の直接の競合製品と目される「CloudMatrix 384」を公開した。
- CloudMatrix 384の強みは、個々の半導体チップの性能ではなく、多数のチップを連携させるシステム全体の設計思想と革新性にある。
- 独自の「スーパーノード」アーキテクチャにより、チップ間の超高速なデータ通信を実現し、システム全体としての高い処理能力を達成している。
- 米国の輸出規制下においても、中国が独自の技術でAIインフラ市場における競争力を高めていることを示す象徴的な事例である。
詳細解説
なぜ今、AIコンピューティングシステムが重要なのか?
現代のAI、特に生成AIの開発には、膨大な計算能力が不可欠です。この計算を担うのが、GPU(Graphics Processing Unit)と呼ばれる半導体であり、この市場で圧倒的なシェアを誇るのがNvidiaです。しかし、最先端のAIモデルを学習させるには、1つのGPUでは全く歯が立ちません。そのため、何千、何万というGPUを高速なネットワークで接続し、あたかも一つの巨大なコンピュータのように連携させて動かす「AIコンピューティングシステム」または「AIクラスター」が不可欠となります。
このシステムの性能は、個々のGPUの性能だけでなく、GPU同士をいかに遅延なく、効率的に接続するかという「相互接続技術」に大きく左右されます。Huaweiが発表した「CloudMatrix 384」は、まさにこのシステム全体の設計思想でNvidiaに挑戦状を叩きつけた製品と言えます。
Huawei「CloudMatrix 384」の技術的な核心
2025年7月に上海で開催された世界人工知能会議(WAIC)で初めて公開されたCloudMatrix 384は、多くの専門家から注目を集めています。その特徴は、以下の点に集約されます。
1. 「数」と「システム設計」で性能を最大化
CloudMatrix 384は、Huaweiが自社開発した最新のAIチップ「Ascend 910C」を384個搭載しています。一方、競合となるNvidiaの「GB200 NVL72」は、同社の最新チップ「B200」を72個搭載しています。
半導体専門の調査グループSemiAnalysisによると、チップ単体の性能ではNvidiaのB200が優れている可能性が高いとされています。しかしHuaweiは、個々のチップ性能の差を、より多くのチップを搭載し、それらをシステムレベルの革新で緊密に連携させることで補い、一部の性能指標ではNvidiaのシステムを上回るとしています。これは、単体の部品の性能だけでなく、全体を統合する設計能力が競争の鍵となることを示しています。
2. 鍵を握る「スーパーノード」アーキテクチャ
この高性能なシステムを実現しているのが、Huaweiが「スーパーノード」と呼ぶ独自のアーキテクチャです。これは、システム内の多数のチップを超高速で相互接続するための技術です。
大規模なAIモデルの学習では、膨大なデータがチップ間を行き来します。この通信速度がボトルネックになると、各チップは計算処理を終えても次のデータが来るまで待機状態となり、システム全体の効率が著しく低下します。スーパーノードアーキテクチャは、このボトルネックを解消し、384個ものチップが一体となってスムーズに動作することを可能にしています。
市場における意義と米国の規制
Huaweiがこのシステムを開発した背景には、米国の輸出規制があります。米国政府は安全保障上の理由から、Nvidia製の最先端AIチップの中国への輸出を厳しく制限しています。これにより、中国企業は世界最高水準のAIインフラを手に入れることが困難になりました。
この逆境が、結果的にHuaweiのような中国企業による独自技術の開発を加速させた側面があります。CloudMatrix 384は、米国の規制下でも、世界トップレベルのAIコンピューティングシステムを構築できることを証明しました。NvidiaのCEOであるジェンスン・フアン氏自身も、Huaweiが非常に速いスピードで技術開発を進めていると認め、CloudMatrixをその一例として挙げています。このシステムは、中国国内の巨大なAI市場において、Nvidiaに代わる有力な選択肢となる可能性があります。
まとめ
今回ご紹介したHuaweiの「CloudMatrix 384」は、単なる新製品の発表に留まりません。これは、AI開発競争の最前線が、もはやチップ単体の性能競争だけでなく、いかに多数のチップを効率的に連携させるかというシステム全体の設計思想の競争へとシフトしていることを明確に示しています。
米国の規制という制約の中で、Huaweiは「個々の性能差をシステム全体で覆す」というアプローチで、Nvidiaが築き上げた牙城に挑んでいます。この動きは、世界のAIインフラ市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めており、今後の技術開発の動向から目が離せません。本稿が、この複雑でダイナミックなテクノロジー競争の現状を理解する一助となれば幸いです。
