機械学習・深層学習のための確率・統計:なぜ学ぶ必要があるのか?
はじめに
機械学習や深層学習を学ぶ上で、なぜ確率・統計の知識が重要なのかを、初学者の方にもわかりやすく解説します。線形代数が、データやモデルを「形」として捉えるための道具だとすれば、確率・統計は、データの背後にある「ばらつき」や「不確かさ」を理解し、扱うための道具と言えます。
確率・統計とは?
- **確率:**ある現象が起こる「確からしさ」を表す数学的な概念です。 (例えば、「コインを投げて表が出る確率」や「明日の降水確率」など)
- **統計:**データを収集・分析し、その背後にある傾向や性質を明らかにするための手法です。 (例えば、アンケート調査の結果から、人々の意見の傾向を把握したり、実験データから、ある仮説が正しいかどうかを検証したりします。)
なぜ確率・統計が必要なのか?
機械学習や深層学習は、データから学習し、予測や判断を行う技術です。しかし、現実世界のデータは、ノイズが含まれていたり、不完全であったりすることが多く、常に「不確実性」が伴います。確率・統計は、この「不確実性」を数学的に扱い、より良い学習と意思決定を行うための強力なツールを提供します。
1. 不確実性のモデリング:データは「ばらつく」
現実世界は様々な要因によって「不確実な要素」を内包しているといえます。例えば、同じ製品の品質でも、製造過程の微妙な違いによって、わずかな差が生じることがあります。ほかにも、分類問題において、ある入力データがどのクラスに属するかを完全に決定することは難しい場合があり、それぞれのクラスに属する確率を予測するという形でモデル化されます。
確率論は、こうした不確実性(≒ばらつき)を、数学的に記述し、扱うための基礎を与えてくれます。データの「不確実性」を数学的に表現するための言葉として、確率分布や確率変数などがあります。
- **確率分布:**あるデータがどのような値を取りやすいか、その「ばらつき」のパターンを表すもの。(例:正規分布、二項分布)
- **確率変数:**起こりうる複数の結果のうち、どの結果が生じるかが確率的に決まるような変数のこと
2. 統計的推論:データから「賢く推測する」
機械学習の目的は、手元にあるデータ(訓練データ)を使って、まだ見たことのないデータ(テストデータ)に対しても、良い予測ができるようにモデルを学習させることです。統計学は、限られたデータから、より一般的な傾向(母集団の性質)を推測するための考え方や手法を提供します。
- 最尤推定(MLE): 観測されたデータが最も得られやすいように、モデルのパラメータを決定する方法です。統計的推論の基本的な考え方に基づいています。
3. 損失関数と学習アルゴリズム:モデルの「良さ」を測る
機械学習では、モデルの予測と実際の値との「ずれ」を数値化した「損失関数」を定義し、この損失関数が小さくなるようにモデルを学習させます。この損失関数は、多くの場合、確率的な考え方に基づいて設計されています。
- 交差エントロピー損失: 分類問題でよく使われる損失関数。モデルが出力する予測された確率分布と、正解ラベルの確率分布との「ずれ」を表します。
4. モデルの評価と選択:モデルの「実力」を見極める
学習したモデルがどれくらい良い性能を持つのか(汎化性能)を評価し、複数のモデルの中から最適なものを選ぶためには、統計的な手法が不可欠です。
- 交差検証 (クロスバリデーション): データを訓練データとテストデータに分割し、モデルの性能を評価する方法。汎化性能を推定する上で重要です。
- 過学習: 訓練データにだけ特化しすぎてしまい、新しいデータ(テストデータ)に対して性能が悪くなる現象。統計的な指標や考え方を用いて、過学習のリスクを評価します。
5. 生成モデル:データの「背後にある確率分布」を学ぶ
近年注目されている生成モデル(GAN、VAEなど)は、データの背後にある確率分布そのものを学習するモデルです。これらのモデルを理解するためには、確率分布に関する深い知識が必要です。
- 敵対的生成ネットワーク (GAN): 生成器と識別機の競争を経て、データを生成するモデル。
- 変分自己符号化器 (VAE): データの潜在的な構造を捉え、新しいデータを生成するモデル。
6. 異常検知:データの「普通じゃない」を見つける
正常なデータとは異なるパターン(異常値)を検出するタスクでも、確率・統計の知識が活用されます。データ内の通常分布を統計的にモデル化し、そこから大きく外れるものを異常と判断します。
7. 情報理論との関連: データと情報の「関係性」を理解する
情報理論は、確率分布に基づいて定義される「情報量」や「エントロピー」といった概念を扱う分野です。これらの概念は、機械学習の様々な場面で登場します。
- 情報量, エントロピー: データが持つ情報量を測る尺度。
- カルバック・ライバー(KL)ダイバージェンス: 二つの確率分布の「違い」を測る尺度。モデルの学習や評価に使われます。
まとめ:確率・統計は「不確実性を扱えるようにするためのもの」
確率・統計は機械学習と深層学習におけるデータの理解、モデルの構築、学習アルゴリズムの設計、そしてモデルの評価といった一連のプロセス全体を支える不可欠な数学的基盤と言えます。確率・統計の基礎を理解することで、機械学習・深層学習のモデルやアルゴリズムの仕組みをより深く理解し、適切に活用することができるようになります。
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