はじめに
本稿では、世界最大級の動画配信サービスであるNetflixが、自社オリジナル作品で初めて生成AIを活用した事例について、海外メディアの記事を基に詳しく解説します。
参考記事
- 発行元: BBC News
- 発行日: 2025年7月18日
- タイトル: Netflix uses AI effects for first time to cut costs
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/c9vr4rymlw9o
- 発行元: The Guardian
- 発行日: 2025年7月18日
- タイトル: Netflix uses generative AI in one of its shows for first time
- URL: https://www.theguardian.com/media/2025/jul/18/netflix-uses-generative-ai-in-show-for-first-time-el-eternauta

要点
- Netflixは、アルゼンチン製作のSFドラマ『The Eternaut』で、初めて生成AIをVFX(視覚効果)制作に活用した。
- AIは、ブエノスアイレスのビルが崩壊するシーンの生成に使用された。
- 従来のVFXツールを使用した場合と比較して、制作時間を10分の1に短縮し、コストも大幅に削減した。
- Netflixの共同CEOテッド・サランドス氏は、AIを「クリエイターがより安く、ではなく、より良い映画やシリーズを作るのを助ける素晴らしい機会」と位置づけている。
- この技術により、これまで予算の都合で実現が難しかった高度な映像表現が、小規模な作品でも可能になる可能性が示された。
- 一方で、エンタメ業界では依然として、AIによる雇用の喪失や著作権に関する懸念も根強く残っている。
詳細解説
前提知識:そもそも「生成AI」と「VFX」とは?
本題に入る前に、鍵となる2つの専門用語について簡単に説明します。
- 生成AI(Generative AI):
「〇〇を描いて」といったテキストによる指示(プロンプト)や、既存のデータに基づいて、全く新しいテキスト、画像、音声、動画などを創り出す人工知能技術のことです。近年、その精度は飛躍的に向上しており、OpenAI社が開発した動画生成AI「Sora」などが大きな話題を呼びました。 - VFX(Visual Effects / 視覚効果):
映画やドラマなどで、現実には撮影が困難なシーンや架空のキャラクターなどを、コンピュータグラフィックス(CG)などを使って映像化する技術全般を指します。爆発シーンや、SF映画の宇宙船などがその代表例です。
NetflixはAIを「何に」「どうやって」使ったのか?
今回NetflixがAIを活用したのは、アルゼンチンのSFドラマ『The Eternaut』という作品です。このドラマの中で、大都市ブエノスアイレスのビルが崩壊するという非常に大規模なシーンの制作に、生成AIが用いられました。
Netflixの共同CEOであるテッド・サランドス氏によると、AIを活用したツールを用いることで、VFXアーティストたちはこの複雑なシーンを驚くべき速さで完成させたといいます。具体的には、従来のVFX制作手法と比較して10倍も速く、つまり10分の1の時間で完了したと述べられています。
サランドス氏が特に強調したのは、コスト面でのメリットです。彼は「(従来のVFX手法では)その予算の番組では、コスト的に実現不可能だったでしょう」と語っており、AIの活用がなければ、この迫力あるシーンは生まれなかった可能性を示唆しています。これは、AIが単なる効率化ツールに留まらず、クリエイターの表現の幅そのものを広げる可能性を秘めていることを意味します。
「仕事を奪う」のではなく「仕事を助ける」ツールへ
2023年にハリウッドで起きた大規模なストライキでは、AIの活用が大きな争点の一つとなりました。俳優や脚本家たちは、AIが自分たちの仕事や肖像権を無断で利用し、最終的には人間の仕事を奪ってしまうのではないかと強い懸念を示しました。
今回のNetflixの発表は、こうした懸念に対する一つの回答と言えるかもしれません。サランドス氏は、「これは、より良いツールを使って、現実の人間が現実の仕事をしているということです」と述べ、AIはあくまでクリエイターを補助するツールであるという姿勢を明確にしています。
実際に、シンガポールのアニメーションスタジオの専門家もBBCの取材に対し、「AIは、ビジュアルエフェクトアーティストがアイデアを実現するために選べるデジタルツールの一つに加わっただけです」「最終的に最終的なイメージを決めるのはAIではなく、アーティストです」と語っており、AIの導入を肯定的に捉えています。
この事例は、AIが人間の創造性を代替するのではなく、むしろ人間の能力を拡張し、これまで不可能だった表現を可能にするための強力なパートナーになり得ることを示しています。
日本のエンタメ業界への意義
この動きは、日本の映像業界にとっても重要な意味をもちます。限られた予算や厳しい制作スケジュールといった課題を抱えることの多い日本の制作現場において、AIによる効率化は大きな福音となる可能性があります。
例えば、アニメ制作における背景美術や、特撮映画のCGシーンなどにAI技術を応用することで、制作コストを抑えつつ、よりクオリティの高い映像を生み出すことができるかもしれません。これにより、若手クリエイターや小規模なスタジオにも、大規模なプロジェクトに挑戦するチャンスが広がる可能性があります。
まとめ
今回、本稿で紹介したNetflixの生成AI活用事例は、映像制作の未来を占う上で非常に重要な一歩です。AIを「脅威」としてではなく、「創造性を拡張するツール」として捉え、人間とAIが協業することで、私たちはこれまで見たことのないような、より豊かで魅力的な映像体験を手にすることができるようになるでしょう。エンターテインメントの未来が、AIと共にどのように進化していくのか、今後も注目していく必要があります。