AIは本当にプログラマーを速くするのか?最新研究が示す意外な真実

目次

はじめに

 近年、GitHub CopilotやChatGPTをはじめとするAIコーディング支援ツールが急速に普及し、多くの開発現場で活用されています。これらのツールはプログラマーの生産性を劇的に向上させる「銀の弾丸」として期待されています。しかし、その効果についてはまだ議論の余地があるようです。

 本稿では、米国のニュースメディアAxiosに掲載されたScott Rosenberg氏の記事「AI’s elusive coding speedup」を基に、AIツールが必ずしもプログラマーの作業を高速化するわけではないという、示唆に富んだ最新の研究結果について、解説していきます。

引用元記事

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要点

  • AIコーディングツールは、プログラマーの生産性を低下させる可能性があるという研究結果が報告された。
  • 特に、既存の大規模なシステムの保守・拡張作業において、経験豊富なプログラマーの作業速度を19%低下させるという結果であった。
  • プログラマー自身は「作業が20%速くなった」と自己評価しており、体感と実際の生産性の間に大きな乖離があることも明らかになった。
  • 生産性低下の主な原因は、AIが生成したコードの信頼性が低く、人間によるレビュー、テスト、修正に余分な時間がかかるためである。
  • 本研究は小規模であり、AI技術は急速に進歩しているため、結果の一般化には注意が必要である。

詳細解説

前提知識:AIがコードを書く時代の到来

 「コンピューターに話しかけるだけで、思い通りのプログラムが作れたら…」というのは、長年の夢物語でした。これは「自然言語プログラミング」と呼ばれ、ソフトウェア業界の聖杯とされてきました。

 ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)が登場し、驚くほど高度なコードを生成できることが明らかになると、この夢がついに実現したかのように見えました。OpenAIの共同創業者でもあるAIの権威、Andrej Karpathy氏が2023年初頭に「最もホットな新しいプログラミング言語は英語だ」と宣言したことは、この時代の到来を象徴しています。

 特に、AIに大まかな指示を与えるだけで、新しいプロジェクトの試作品を素早く作り上げる「”vibe coding”(雰囲気コーディング)」のような手法は、イノベーションを加速させるものとして注目されています。

METRの研究が明らかにした衝撃的な事実

 このような期待感が高まる中で、独立系の非営利研究機関METRが発表した研究は、多くの開発者に衝撃を与えました。この研究では、大規模で歴史のあるオープンソースプロジェクトに取り組む、16人の経験豊富なプログラマーを対象に、AIツールの使用が生産性に与える影響を調査しました。

 その結果は驚くべきものでした。開発者たちはAIツールを使うことで「作業が20%速くなった」と感じていたにもかかわらず、実際のタスク完了までにかかった時間は、AIを使わない場合と比較して平均で19%も長くなっていたのです。つまり、本人は速くなったつもりで、実際には遅くなっていたという、自己認識と現実の間に大きなギャップが存在することが明らかになりました。

なぜ生産性は低下したのか?

 では、なぜこのような逆転現象が起きてしまったのでしょうか。研究が指摘する最も重要な要因は、AIが生成したコードの信頼性の問題です。

 特に、ゼロから新しいものを作るのではなく、既存の複雑なシステムを修正したり、機能を追加したりする「保守」と呼ばれる作業において、この問題は顕著になります。AIは一見もっともらしいコードを生成しますが、それが既存のシステムと正しく連携するか、予期せぬ副作用(バグ)を引き起こさないかについては、人間が注意深くチェックする必要があります。

 研究報告書には、「ある開発者は、AIを使って特定の問題を解決しようとして少なくとも1時間を無駄にし、結局AIによる変更をすべて元に戻して、自力で実装し直した」という具体的な事例も紹介されています。AIの提案を検証し、テストし、手直しする作業が、結果的にAIを使わずに最初から自分で書くよりも多くの時間を要してしまったのです。

この研究結果をどう受け止めるべきか?

 もちろん、この研究結果だけで「AIコーディングツールは役に立たない」と結論づけるのは早計です。研究者自身も、以下のようないくつかの注意点を挙げています。

  1. 研究規模の小ささ: 対象となったプログラマーは16名と少なく、この結果をすべての開発者に一般化することはできません。
  2. 技術の急速な進歩: AIツールは日進月歩で改善されており、この研究で見られた問題点も、将来的には克服される可能性があります。
  3. 生産性測定の難しさ: ソフトウェア開発における「生産性」は、単純なタスク完了時間だけでは測れません。たった一つの画期的なアイデアが、何千もの細かな修正作業よりも大きな価値を生むこともあります。

 この研究から得られる最も重要な教訓は、ツールの特性を理解し、過信しないこと、そして自己申告の生産性は当てにならないということです。

プログラマーの未来はどうなるのか?

 AIの登場によって、プログラマーという職業はどう変わっていくのでしょうか。記事の最後では、業界関係者の対照的な二つの見方が紹介されています。

  • 「テーブルソーの発明」説: AI開発者のSimon Willison氏は、「LLMのせいでプログラマーを辞めるのは、テーブルソーが発明されたからといって大工を辞めるようなものだ」と述べています。これは、AIがプログラマーの能力を拡張する強力な道具になるという見方です。
  • 「トラクターの発明」説: 一方で、業界のベテランTom Coates氏は、「それはトラクターやコンバインが発明されたから農業を辞めるようなものかもしれない」と返しています。これは、AIが多くの人間の仕事を代替し、雇用を根本から変えてしまう可能性を示唆しています。

 現時点では、どちらの未来が訪れるかを断言することはできません。おそらく、両方の側面が現実のものとなるでしょう。

まとめ

 本稿では、Axiosの記事を基に、AIコーディングツールが経験豊富なプログラマーの生産性を、特定の条件下で低下させる可能性があるというMETRの研究について解説しました。

 この研究は、AIが決して万能の「銀の弾丸」ではなく、その能力には限界があることを示しています。特に、AIが生成したコードの品質保証という新たな課題を浮き彫りにしました。

 これからのプログラマーには、単にコードを書くスキルだけでなく、AIという強力なアシスタントをいかに賢く使いこなし、その提案を的確に評価・修正するかという、新しいスキルセットが求められるようになるでしょう。AIを脅威と捉えるか、強力なパートナーと捉えるか。その向き合い方が、未来の開発者の価値を大きく左右することになりそうです。

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