はじめに
本稿では、世界最先端のAIチップメーカーであるNVIDIAのジェンスン・フアンCEOへのインタビューを報じた、米国CNNの記事「Nvidia’s CEO says the US should ‘reduce’ dependency on other countries, onshore technology manufacturing」を基に、彼が語るテクノロジーの未来像について、解説します。
引用元記事
- タイトル: Nvidia’s CEO says the US should ‘reduce’ dependency on other countries, onshore technology manufacturing
- 発行元: CNN
- 発行日: 2025年7月13日
- URL: https://edition.cnn.com/2025/07/13/business/ai-huang-nviida-technology-manufacturing
要点
- 米国は、経済成長と社会の安定のために、他国への依存を減らし、半導体を含む技術製造業を国内に回帰（オンショアリング）させるべきである。
- AIは一部の仕事を代替するが、それ以上に多くの新たな雇用を創出し、全産業の生産性を向上させることで、社会全体を豊かにするものである。
- AIの倫理的な課題やリスクは存在するが、適切なガードレール（安全策）と継続的な改善によって管理可能であり、その恩恵はリスクをはるかに上回る。
- AI技術は、将来的には創薬を加速させて「あらゆる病気の治癒」に貢献したり、物理世界でタスクを実行する自律型ロボットを実現したりする。
詳細解説
なぜ今、半導体の「国内回帰」が重要なのか？
フアンCEOが、米国の技術製造業における「国内回帰（オンショアリング）」を「まさしく正しいことだ」と強く支持する背景には、現代社会が直面する経済安全保障上の深刻な課題があります。
現在、最先端の半導体の多くは、台湾にある世界最大の半導体受託製造企業TSMCに生産を依存しています。スマートフォンからデータセンター、自動車に至るまで、あらゆる電子機器がTSMCの技術なくしては成り立たない状況です。この記事でフアンCEOが「他国への唯一の依存を減らす」と述べているのは、この台湾への極端な依存状態を指しています。
地政学的な緊張が高まる中で、特定の地域にサプライチェーンが集中している状態は非常に脆弱です。万が一、台湾で生産がストップするような事態になれば、世界のハイテク産業は壊滅的な打撃を受けかねません。このようなリスクを回避し、自国の産業基盤を強化するために、米国は巨額の補助金を投じる「CHIPS法」などを通じて、国内での半導体工場の建設を強力に推進しています。フアンCEOの言葉は、この国家戦略の重要性を、AI時代の最前線を走る企業のトップとして改めて強調したものと言えるでしょう。
AIは仕事を奪うのか？フアンCEOの未来予測
AIの急速な進化は、「自分の仕事がAIに奪われるのではないか」という不安を多くの人にもたらしています。世界経済フォーラムの調査では、多くの雇用主がAIによる人員削減を計画しているというデータも示されました。
これに対しフアンCEOは、「一部の仕事はなくなるでしょう。しかし、多くの仕事が創出されます」と語ります。彼は、AIを仕事を奪う脅威としてではなく、生産性を飛躍的に向上させるツールとして捉えています。実際にNVIDIA社内では、ソフトウェアエンジニアからチップ設計者まで、全社員にAIの活用を「義務付けている」ほどです。
これは、AIによって単純作業や時間のかかる分析作業が自動化されることで、人間はより創造的で高度な業務に集中できるようになる、という考え方に基づいています。AIを使いこなす能力が新たなスキルとして求められるようになり、結果として新しい職種が生まれる。そして、産業全体の生産性が向上することで社会全体の富が増し、私たちの生活はより豊かになる、というのがフアンCEOの楽観的なビジョンです。
AIの「暴走」は防げるのか？安全性の課題と展望
AIは便利な一方で、誤った情報を事実であるかのように生成する「ハルシネーション（幻覚）」や、特定のチャットボットが過激な発言をした事例など、倫理的・安全性の課題も指摘されています。
フアンCEOは、こうした問題はAIがまだ「若い」技術であるために起こるものだとしつつも、その安全性は確保できると確信しています。その鍵となるのが「ガードレール」と「ファインチューニング（微調整）」です。これは、AIが不適切な応答をしないように、あらかじめルールや制約を設定し、継続的に人間の手で修正を加えていくプロセスを指します。
さらに興味深いのは、AIの安全性を確保するために別のAIを用いるという考え方です。例えば、あるAIが生成した回答が事実に基づいているかを、別のファクトチェック用のAIが検証する、といった多層的なシステムを構築することで、信頼性を高めることができます。フアンCEOは、「多少の害は起こるだろう。しかし、その恩恵は圧倒的に、信じられないほど強力なものになる」と述べ、国際的な基準を設けつつ、技術の発展を前向きに進めるべきだと主張しています。
AIが拓く未来：医療からロボティクスまで
インタビューの最後で、フアンCEOはAIがもたらすさらに先の未来について語っています。
一つは医療分野での革命です。AIにタンパク質や化学物質の構造、相互作用を学習させることで、これまで人間には不可能だった速度と規模で新薬の候補を発見できるようになります。これにより「創薬が加速するだけでなく、病気への理解も深まる」とし、最終的にはAI科学者が「あらゆる病気を治癒する」手助けをする日が来ると予測しています。
もう一つは、物理的な世界で活動するAIの登場です。現在のChatGPTのような大規模言語モデル（LLM）は、主にテキストや画像を扱う仮想空間のAIです。しかし、次なるステップは、カメラで周囲を「見て」、言語で指示を「理解」し、ロボットアームなどで物理的な「行動」を起こすVLA（Vision-Language-Action）モデルであるとフアンCEOは語ります。
「ガラスのコップを手に取る」といった単純な動作でも、AIが現実世界でそれを実行するには膨大な技術が必要です。しかし、フアンCEOは「その技術は今日、すでに存在する。機能している」と断言し、3～5年以内にはこうした物理AIが広く普及し始めるとの見通しを示しました。
まとめ
本稿では、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOのインタビュー記事を基に、氏が描くテクノロジーの未来像を解説しました。彼が語るビジョンは、単に半導体やAIという個別技術の話に留まりません。それは、経済安全保障という国家戦略から、雇用や社会のあり方、そして医療やロボティクスによる人類の課題解決までを貫く、壮大で包括的な未来図です。
AIが社会の隅々まで浸透していく中で、私たちはその光と影の両面を正しく理解し、備える必要があります。フアンCEOの言葉は、その未来に向けて私たちが何を考え、何をすべきかの重要なヒントを与えてくれていると言えるでしょう。
