[ニュース解説]AIが加速させる企業買収。レガシーIT企業が生き残るための次の一手とは?

目次

はじめに

 本稿では、米国の著名な金融専門誌であるBarron’sに掲載された「AI Is Fueling Mergers. Here Are 2 That Make Sense.」という記事を基に、現代のテクノロジー業界で起きている大きな変化について解説します。

 近年、人工知能(AI)は単なるバズワードではなく、企業の競争力を左右する重要な要素となりました。特に歴史ある大手IT企業(レガシーテック企業)が、AI時代を勝ち抜くためにM&A(企業の合併・買収)をいかに戦略的に活用しようとしているかに焦点を当てています。

引用元記事

要点

  • AI時代において、M&A(合併・買収)は企業のAI能力を迅速に強化するための有効な戦略となっている。
  • Hewlett Packard Enterprise(HPE)によるJuniper Networksの買収成功は、AI関連のM&Aが市場に好意的に受け入れられることを示した好例である。
  • 筆者は、レガシーIT企業がAI時代を勝ち抜くための具体的なM&Aシナリオとして、「OracleによるC3.aiの買収」と「Check PointによるSentinelOneの買収」の2つを提案している。
  • これらの買収は、買収側の既存事業や顧客基盤と、被買収側の先進的なAI技術との間に高いシナジー(相乗効果)が見込める点で合理的である。

詳細解説

AIがM&Aの常識を変える

 従来、企業が大型買収を発表すると、買収する側の企業の株価は一時的に下落することが少なくありませんでした。これは、買収にかかる多額のコストや、買収後の統合(PMI: Post Merger Integration)がうまくいくかどうかの不確実性が懸念されるためです。

 しかし、AIの時代はこの常識を覆しつつあります。記事が冒頭で紹介しているのが、Hewlett Packard Enterprise(HPE)によるJuniper Networksの買収です。HPEがこの買収計画を発表した際、市場はこれを熱烈に歓迎し、HPEの株価は1日で12.6%も急騰しました。

 なぜ、これほどまでに好意的に受け止められたのでしょうか。その理由は、この買収がHPEのAI戦略にとって極めて合理的だったからです。Juniper Networksは、ネットワーク機器の専門企業です。現代のAIを動かすためには、膨大なデータを処理する「AIデータセンター」が不可欠であり、そこではデータを高速にやり取りするための高性能なネットワーク機器が心臓部となります。HPEはこの買収によって、AIデータセンターに不可欠な高速ネットワーキング技術を手に入れ、この分野の巨人であるCisco SystemsやNvidiaと本格的に競争するための強力な足がかりを築いたのです。

 この記事は、このHPEの成功事例を皮切りに、「次にAIをテーマにした大型買収を起こすのはどこか?」という視点で、説得力のある2つのシナリオを提示しています。

シナリオ1:Oracle + C3.ai = AIソフトウェアの巨人誕生?

 最初のシナリオとして挙げられているのが、データベースソフトウェアの巨人であるOracleが、AIソフトウェア企業であるC3.aiを買収するというものです。

  • Oracleの現状と課題
     Oracleは、従来のソフトウェア販売からクラウドサービスへと事業の軸足を移すことに成功しつつあるレガシーテック企業の代表格です。特に、自社のデータセンターをAIの計算処理用に貸し出すクラウドサーバー事業は好調です。しかし、記事は「皮肉なことに、ソフトウェア企業であるにもかかわらず、OracleのAI戦略は今のところハードウェア(サーバー貸し出し)が中心だ」と指摘します。つまり、自社のソフトウェア製品にAIを組み込み、付加価値を高めるという点で、さらなる一手が求められているのです。
  • C3.aiの強み
     そこで登場するのがC3.aiです。この企業は、エネルギー、製造、政府機関といった特定の業界向けに、すぐに使える130種類ものAIアプリケーションを提供しています。例えば、工場の生産ラインの異常を予測したり、エネルギー需要を予測したりといった、具体的な課題を解決するAIツールです。
  • 期待されるシナジー
     もしOracleがC3.aiを買収すれば、絶大なシナジーが期待できます。Oracleのデータベース内には、世界中の顧客が蓄積した膨大な独自データが眠っています。C3.aiのAIアプリケーションをこのデータと組み合わせることで、「顧客のデータを活用して、新たな知見や予測を提供する」という強力なソリューションが生まれます。
     また、C3.aiは急成長している一方で、売上の多くを販売費や管理費が占め、赤字が続いています。Oracleの巨大な販売網と組織に統合されれば、これらのコストは大幅に削減でき、収益性を劇的に改善できる可能性があります。

シナリオ2:Check Point + SentinelOne = 次世代サイバーセキュリティの覇者へ

 2つ目のシナリオは、サイバーセキュリティ業界のベテランであるCheck Point Software Technologiesが、新進気鋭のSentinelOneを買収するというものです。

  • 両社の立ち位置
     Check Pointは、企業のネットワークを外部の脅威から守る「ファイアウォール」などのネットワークセキュリティのパイオニアです。しかし、近年は成長が鈍化していました。
     一方のSentinelOneは、AIを活用してPCやスマートフォンといった個々のデバイスを保護する「エンドポイントセキュリティ」の分野で急成長している企業です。リモートワークが普及し、社員が社外の様々なネットワークから仕事をするようになった今、このエンドポイントセキュリティの重要性はかつてなく高まっています。
  • 期待されるシナジー
     この2社が統合すれば、非常に強力な布陣が完成します。Check Pointが持つ「ネットワークの壁」と、SentinelOneが持つ「個々のデバイスの盾」を組み合わせることで、あらゆる場所からのサイバー攻撃に対応できる包括的なセキュリティソリューションを提供できるようになります。
     Check Pointは世界中に10万社以上の顧客基盤を持っています。この顧客に対して、SentinelOneの先進的なエンドポイントセキュリティ製品を「アップセル(より高機能な製品を追加で販売すること)」する機会が生まれます。
     C3.aiと同様に、SentinelOneも急成長の裏で多額の販売コストをかけており赤字です。Check Pointの既存の販売チャネルを活用すれば、このコストを大幅に削減し、事業を黒字化させることが期待できます。

まとめ

 本稿では、Barron’sの記事を基に、AIがIT業界のM&A戦略をいかに変えつつあるか、そして具体的な2つの買収シナリオについて解説しました。

 HPEの事例が示すように、AI時代におけるM&Aは、単なる事業規模の拡大ではなく、企業の未来を左右する技術や能力を迅速に獲得するための極めて重要な戦略となっています。自社でゼロから技術を開発する「ビルド」だけでなく、有望な企業を買収する「バイ」の選択肢が、これまで以上に大きな意味を持つのです。 記事で提案されたOracleとCheck Pointのシナリオは、あくまで可能性の一つに過ぎません。しかし、レガシーテック企業が持つ巨大な顧客基盤や資金力と、スタートアップが持つ先進的なAI技術とを組み合わせるという発想は、今後のテクノロジー業界の動向を読み解く上で非常に重要な視点と言えるでしょう。

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