はじめに
本稿では、近年の急速な技術発展を遂げる人工知能(AI)について、世界をリードするアメリカのAI政策が、地球環境にどのような影響を与えようとしているのか、そしてその背景にどのような国家戦略があるのかを解説します。
引用元記事
- タイトル: Trump’s tax bill seeks to prevent AI regulations. Experts fear a heavy toll on the planet
- 発行元: The Guardian
- 発行日: 2025年6月27日
- URL: https://www.theguardian.com/technology/2025/jun/27/trump-tax-bill-ai-climate-emissions
- タイトル: Trump plans executive orders to power AI growth in race with China
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月27日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/27/trump-plans-executive-orders-to-power-ai-growth-in-race-with-china.html



要点
- トランプ政権および共和党は、中国との技術覇権争いを背景に、AIの成長を国家の最優先課題と位置づけている。
- AI産業の成長を加速させるため、各州による独自のAI関連規制を10年間停止させる法案や、データセンター建設を容易にする大統領令の制定が計画されている。
- 一方で、AI、特に生成AIは膨大な電力を消費するため、規制なきAIの普及は地球温暖化を深刻化させるという専門家の強い懸念がある。
- ハーバード大学の研究によれば、米国のAI利用だけで今後10年間に日本の年間総排出量を超える10億トンの二酸化炭素が排出される可能性がある。
- この政策は、経済・安全保障上の利益を追求する一方で、深刻な環境問題を引き起こす可能性があり、米国内でも大きな論争となっている。
詳細解説
なぜ米国はAIの「野放し」成長を目指すのか?背景にある中国との熾烈な競争
現在、トランプ政権および共和党が強力に推し進めているAI政策の根幹には、中国との熾烈な技術覇権争いがあります。CNBCの記事によると、トランプ政権はAI技術が将来の経済的・軍事的優位性を確保するための鍵であると認識しており、「アメリカをAIと暗号資産の世界首都にする」という明確な目標を掲げています。
この目標を達成するため、政権はAIの成長を妨げるあらゆる障壁を取り除こうとしています。具体的には、以下のような大統領令が準備されています。
- エネルギー供給の強化: AIの頭脳であるデータセンターは、膨大な電力を消費します。そのため、発電所からデータセンターへの送電網接続を容易にし、建設プロセスを迅速化する。
- データセンター建設の促進: 国防総省や内務省が管理する広大な連邦所有地を、データセンターの建設用地として提供する。
- 規制緩和: データセンター建設に関する許認可プロセスを、州ごとではなく国が一括して行うことで、手続きを大幅に簡素化する。
これらの政策はすべて、AI開発のスピードで中国に打ち勝つ、という国家戦略に基づいています。AIの計算能力は、データセンターの規模と電力供給量に大きく依存するため、国を挙げてインフラ整備を加速させようというわけです。
AIが地球に与える「不都合な真実」 – 膨大なエネルギー消費の実態
AIの成長を加速させるという戦略は、一方で深刻な環境問題を引き起こす可能性を秘めています。The Guardianの記事は、専門家たちがこの点に強い警鐘を鳴らしていると報じています。
ここで前提知識として、なぜAIがこれほど多くの電力を消費するのかを簡単に説明します。ChatGPTのような生成AIは、非常に複雑で大規模な計算モデル(ニューラルネットワーク)を動かすことで機能します。この計算には高性能なコンピューター(GPU)が何千、何万台も必要となり、その稼働と、発生する熱を冷却するために莫大な量の電力が消費されるのです。記事によれば、ChatGPTで一度検索を行うのに必要な電力は、従来のGoogle検索の約10倍にもなるといいます。
この「大食い」なAIの普及が、環境にどれほどの負荷をかけるのでしょうか。ハーバード大学の研究者による試算は衝撃的です。もしAI産業のエネルギー消費に何の制約も課されなければ、今後10年間で米国のAI利用だけで約10億トンの二酸化炭素が排出されると予測されています。これは、日本全体の年間排出量を上回り、イギリスの年間排出量の3倍に相当する規模です。
さらに問題を深刻にしているのが、米国の電力供給の現状です。米国の電力網はいまだにガスや石炭といった化石燃料に大きく依存しており、電力需要の急増は、そのまま温室効果ガスの排出量増加に直結してしまうのです。
規制か、成長か – アメリカ国内で激化する対立
「AIの成長促進」と「環境保護」。この二つの相容れない課題を前に、米国内では意見が真っ二つに割れています。
共和党は、経済成長と安全保障を優先し、大型歳出法案の中に「各州が独自のAI規制を今後10年間行うことを禁止する」という条項を盛り込みました。これは事実上、AI産業に「やりたい放題」の自由を与えるものです。
これに対し、民主党からは「あまりにも無責任で危険だ」と猛烈な反対の声が上がっています。彼らは、無秩序なAIの拡大が、気候変動を加速させるだけでなく、一般家庭の電気料金を高騰させ、電力網全体を不安定にする危険性を指摘しています。
もちろん、AI推進派の中には「AI技術が送電網の管理を効率化するなどして、結果的に環境問題の解決に貢献する」という主張もあります。しかし、これに対しては懐疑的な見方も多く、「グリーンウォッシング(環境に配慮しているように見せかけるための見せかけの活動)に過ぎない」という厳しい批判も出ています。
実際に、巨大テック企業であるGoogleでさえ、AI開発への本格参入により、2019年以降で温室効果ガス排出量が48%も増加したことを認めており、AIの発展と環境負荷の低減を両立させることがいかに難しいかを物語っています。
まとめ
本稿で見てきたように、現在の米国のAI政策は、中国との覇権争いを勝ち抜くための「成長・安全保障の優先」という側面と、それに伴う「深刻な環境負荷の増大」という、二つの側面を持っています。
AI技術は、私たちの社会に計り知れない恩恵をもたらす可能性を秘めています。しかし、その輝かしい未来の裏側で、地球環境という土台そのものが揺らぎ始めている現実から目をそらすことはできません。
経済成長か、環境保護か。米国の動向が、今後の世界のAI開発と地球の未来にどのような影響を与えていくのか、私たちは注意深く見守る必要があります。