[ニュース解説]AIは著作物を”盗んで”いるのか? Meta対作家の訴訟から見る「フェアユース」の最前線

目次

はじめに

 世界中で急速に発展する生成AIは、私たちの生活や仕事を大きく変えようとしています。その一方で、AIが学習するデータに、書籍や記事、画像といった著作物が含まれることから、著作権を巡る議論が大きな課題となっています。

 本稿では、ロイターが2025年6月25日に報じた「Meta fends off authors’ US copyright lawsuit over AI」という記事をもとに、Facebookの親会社であるMeta社が作家グループから起こされた著作権侵害訴訟で勝訴した一件について解説します。

引用元記事

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要点

  • Meta社は、同社のAIモデル「Llama」のトレーニングに作家の書籍を無断で使用したとして起こされた著作権侵害訴訟で勝訴した。
  • 判決の理由は、作家側が「AIによって自分たちの本の市場が損なわれる」という具体的な証拠を十分に示せなかったことにある。
  • しかし、判事は今回の判決が「AIの学習データとしての著作物利用が合法である」ことを意味するものではないと明言した。
  • 作家側が「論点を誤り、立証に失敗した」ことが勝訴の直接的な原因であり、AIと著作権を巡る根本問題が解決したわけではない。
  • この判決は、AI開発における「フェアユース」の解釈が、司法判断においてもまだ定まっていないことを示している。

詳細解説

訴訟の概要:何が争われたのか?

 今回の訴訟は、複数の作家が「Meta社が自社のAI言語モデル『Llama』をトレーニングするために、自分たちの書籍を許可なく、また何の対価も支払わずに使用した」として、著作権侵害を訴えたものです。

 生成AI、特に「大規模言語モデル(LLM)」と呼ばれる技術は、人間が書いたような自然な文章を作り出すことができます。その能力は、インターネット上のテキストや書籍など、膨大な量のデータを「学習」することによって得られます。今回の訴訟の核心は、AIの「学習」のために著作物を利用する行為が、著作権法で許されるのか、という点にありました。

なぜMetaは勝訴したのか?:「市場への影響」の立証不足

 サンフランシスコ連邦地方裁判所のヴィンス・チャブリア判事は、Meta社に軍配を上げました。しかし、その理由は「AIの学習は合法だから」という単純なものではありません。

 判決の最も重要なポイントは、作家側が「MetaのAIが、自分たちの書籍の市場に悪影響を与え、その価値を薄めてしまうという証拠を十分に提示できなかった」ことにあります。

 これは、米国著作権法に定められている「フェアユース(公正な利用)」という考え方と深く関わっています。フェアユースかどうかを判断する4つの要素のうちの一つに、「その利用が、著作物の潜在的な市場や価値に与える影響」という項目があります。作家側は、MetaのAIが自分たちの作品の売上を奪うといった具体的な損害を、裁判官が納得する形で証明することができませんでした。つまり、Metaの行為が適法だと認められたわけではなく、作家側の立証が不十分だった、というのが今回の判決の核心です。

判決の真意:「Metaの勝利」ではない重要な指摘

 チャブリア判事は、今回の判決がAI開発企業にとっての全面的な勝利ではないことを、自身の言葉で明確に釘を刺しています。

「この判決は、Metaが言語モデルのトレーニングに著作物を使用することが合法であるという命題を支持するものではない。それはただ、これらの原告(作家側)が間違った議論をし、正しい議論を裏付けるための記録を作成できなかったという命題を支持するに過ぎない。」

 この発言は極めて重要です。判事は、作家側の「主張の仕方や証拠の出し方が適切ではなかった」と指摘しており、今後の同様の訴訟で、別の主張やより強力な証拠が提示されれば、全く異なる判決が出る可能性を強く示唆しています。

 さらに判事は、生成AIが人間の創造性を脅かす危険性についても、「企業は著作物でAIモデルをトレーニングすることで、それらの作品の市場を劇的に損ない、ひいては人間が旧来の方法で物を創造する意欲を著しく削ぐものを生み出している」と述べ、強い懸念を示しています。

AIと著作権の大きな論点:「フェアユース」とは何か?

 この問題を理解する上で欠かせないのが、米国の著作権法における「フェアユース(公正な利用)」という原則です。これは、批評、報道、教育、研究などの特定の目的であれば、著作権者の許可なく著作物を利用できる場合がある、というものです。

  • AI企業側の主張: AIによる学習は、元の作品をコピーするのではなく、そこからパターンや知識を抽出して全く新しい、変革的な(transformative)コンテンツを生み出すためのものであり、フェアユースに該当する。
  • 著作権者側の主張: AIの学習は、作品を丸ごとデジタルデータとして複製する行為であり、これは大規模な著作権侵害に他ならない。

 この両者の主張は真っ向から対立しており、司法の判断も分かれています。事実、今回の判決の数日前に行われた別の裁判では、AI企業Anthropic社の学習行為が「フェアユース」にあたるとの判断が示されており、裁判所によっても見解が統一されていないのが現状です。

まとめ

 今回のMeta社の勝訴は、AIによる著作物の学習が「合法」と認められたわけでは決してありません。あくまで、特定の訴訟において、作家側が「市場への具体的な損害」を立証できなかったという技術的な理由によるものです。

 この判決は、AI開発者とクリエイターとの間の深い溝と、この新しいテクノロジーに対する司法判断の難しさを浮き彫りにしました。今後の焦点は、クリエイター側がAIによる具体的な損害をいかにして証明していくか、そしてAI企業が「フェアユース」の主張をどこまで法的に認めさせられるかに移っていくでしょう。

 日本でも生成AIと著作権に関する議論はますます活発になっています。今回の米国の事例は、今後の日本の法整備やクリエイター、そしてAI開発者が進むべき道を考える上で、非常に重要な示唆を与えてくれるものと言えます。

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