[レポート解説]便利さの代償? 思考の「均質化」と、ChatGPTが創造性を奪うとき

目次

はじめに

 本稿では、米The New Yorker に掲載されたカイル・チャイカ氏の記事「A.I. Is Homogenizing Our Thoughts」で紹介されている最新の研究結果を基に、AIツールがもたらす「思考の均質化」という現象に焦点を当て、その意味と私たちにとっての意義を解説します。

引用元記事

要点

  • ChatGPTのようなAIツールを使用して文章を作成すると、人間の脳活動が低下するという研究結果がある。特に、創造性やワーキングメモリに関連する脳の働きが不活発になる。
  • AIによって生成された文章やアイデアは、内容や表現が似通ってくる「均質化」の傾向を示す。これにより、個人の独自の視点や多様な意見が失われる可能性がある。
  • AIの示唆に頼ることで、個人の文化的背景に基づいた表現さえもが薄れ、西洋中心の標準的な価値観に偏るという現象が確認されている。これは「文化的覇権」を無意識のうちに強化する恐れがある。
  • AIは創造的なプロセスにおいて、ユーザーをアイデアの創出者から、AIが提示した案を選ぶ単なる「キュレーター」に変えてしまう可能性がある。

詳細解説

AIを使うと脳は「省エネモード」になる? – MITの実験

 マサチューセッツ工科大学(MIT)で行われたある実験が、AIと私たちの脳の関係について衝撃的な結果を示しました。この実験では、学生を3つのグループに分け、同じテーマでエッセイを作成させました。

  1. 自分の頭だけで書くグループ
  2. Google検索の利用が許可されたグループ
  3. ChatGPTの利用が許可されたグループ

 実験中、参加者は脳波を測定するヘッドセットを装着しました。その結果、ChatGPTを使用したグループの脳活動が、他のグループに比べて著しく低いことが明らかになったのです。特に、創造性に関連するとされる「アルファ波」や、短期的な記憶(ワーキングメモリ)を司る「シータ波」に関わる脳の結合が減少していました。これは、AIに思考プロセスを委ねることで、私たちの脳が本来使うべき機能を「休ませて」しまう、いわば「認知的コスト」の外部委託が起きていることを示唆します。

 さらに深刻なのは、生成された文章の内容です。例えば、「真の幸福とは何か」という問いに対し、ChatGPTを使った学生の回答は「キャリア」や「個人的な成功」といった特定のテーマに集中しました。一方で、他のグループからはより多様な意見が見られました。これは、AIが膨大なデータから学習した「平均的で最大公約数的な答え」を提示する特性によるものです。結果として、個人のユニークな思考や、あえて主流から外れた視点が失われ、思考が均質化してしまうのです。

AIがあなたの「好み」を書き換える – コーネル大学の警鐘

 思考の均質化は、文化的なアイデンティティにも影響を及ぼします。コーネル大学の研究では、文章を書く際にAIが単語を提案する「オートコンプリート機能」の影響を調査しました。参加者は「好きな食べ物」や「好きな祝日」といった、自身の文化的な背景が反映されやすいテーマで文章を作成しました。

 驚くべきことに、AIの補助を受けた参加者は、文化的な背景に関わらず、「好きな食べ物はピザ」「好きな祝日はクリスマス」といった、西洋文化圏で標準的とされる回答に偏る傾向が見られました。インドの伝統料理である「ビリヤニ」について書いた文章でさえ、AIの示唆に従ううちに、ナツメグやレモンピクルスといった具体的なスパイスへの言及が消え、「豊かな風味とスパイス」といった曖昧で一般的な表現に置き換わってしまったのです。

 研究者は、これを「AIが教師のように背後から『こちらの方が良い文章ですよ』と囁き続けているようなものだ」と表現しています。このような体験が続くと、私たちは自分自身の表現に自信を失い、無意識のうちにAIが提示する「普通」や「適切」とされる規範を受け入れてしまいます。記事中でジャーナリストのヴァウヒニ・ヴァラ氏が指摘するように、AIが生成する当たり障りのない文章は一見無害に見えますが、その実態は「文化的覇権の強化」、つまり特定の文化の価値観が標準であるかのように広まる現象を助長しているのです。

AIは創造性の起爆剤か、阻害要因か – 独創性が失われるメカニズム

 AIは創造性を支援するツールとしても期待されています。しかし、サンタクララ大学の研究は、その期待に疑問を投げかけます。この研究では、「ぬいぐるみをより楽しくするには?」といった創造的なアイデアを考える課題で、ChatGPTを使うグループと、創造性を刺激するためのカード(オブリーク・ストラテジーズ)を使うグループを比較しました。

 結果は、ここでも同様でした。ChatGPTを使ったグループのアイデアは、意味的に非常に似通っており、均質化していたのです。研究者のマックス・クレミンスキー氏によると、人間はAIを使い始めると、次第に自分自身の独創的なアイデアを出すことをやめ、AIが次々と生成する「それらしい」選択肢の中から選ぶだけの「キュレーターモード」に陥りがちだと言います。

 このプロセスでは、人間のアイデアがAIに影響を与えることはほとんどなく、むしろAIが持つ広範な過去のユーザーデータの「平均値」へと、人間が引きずり込まれていくのです。さらに、AIには一度に処理できる情報量に「コンテキストウィンドウ」という技術的な限界があります。この限界に達すると、AIは以前に生成した内容を繰り返す傾向が強まり、ますます独創性が失われていきます。

まとめ

 本稿で紹介したように、The New Yorkerの記事は、AIが決して単なる便利な道具ではなく、私たちの思考の根幹、創造性、そして文化的なアイデンティティにまで影響を及ぼす強力なテクノロジーであることを示唆しています。ChatGPTのようなAIツールは、脳の活動を低下させ、私たちの思考を「平均的」で均質なものへと導く可能性があります。

 もちろん、これはAIの利用を完全に否定するものではありません。重要なのは、こうしたAIの特性と潜在的なリスクを理解した上で、主体的に関わる姿勢を持つことです。AIが提示する答えを鵜呑みにするのではなく、あくまで思考を深めるための「壁打ち相手」や「発想のたたき台」として利用する。そして、最終的には自分自身の頭で考え、判断し、表現することを忘れない。

 AIとの「穏やかなシンギュラリティ(融合)」が語られる現代において、自分だけの思考、自分だけの言葉を守り育てる意識こそが、これまで以上に重要になっているのかもしれません。

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