はじめに
本稿では、世界的なITリサーチ企業であるガートナー社の最新予測について報じた、ロイターの記事「Over 40% of agentic AI projects will be scrapped by 2027, Gartner says」を基に、今、大きな注目を集めている「エージェントAI」の現状と未来について解説していきます。
引用元記事
- タイトル: Over 40% of agentic AI projects will be scrapped by 2027, Gartner says
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年6月25日
- URL: https://www.reuters.com/business/over-40-agentic-ai-projects-will-be-scrapped-by-2027-gartner-says-2025-06-25/
要点
- ガートナー社の予測によると、2027年末までにエージェントAIプロジェクトの40%以上が、コスト増大とビジネス価値の不明確さを理由に中止される見込みである。
- 多くのベンダーが、実質的な能力を持たない製品をエージェントAIと偽って宣伝する「エージェントウォッシング」を行っているという課題が指摘されている。
- 現在のエージェントAI技術はまだ発展途上であり、複雑なビジネス目標を自律的に、かつニュアンスを汲み取って長期間実行するほどの成熟度には達していない。
- 一方で、長期的な可能性は非常に大きく、2028年までには日常的な業務上の意思決定の15%、エンタープライズソフトウェアの33%にエージェントAIが活用されると予測されている。
詳細解説
そもそも「エージェントAI」とは? – 次世代の自律型AI
まず、「エージェントAI」が従来のAIと何が違うのかを理解することが重要です。私たちが普段利用するAIチャットボットの多くは、質問に対して応答するなど、受動的な対話が基本です。
これに対し、エージェントAIは「自律性」を持つことが最大の特徴です。ユーザーから「7月の最終週に、東京から大阪へ2泊3日で出張を計画して」といった曖昧で包括的な指示を受けると、AI自らが次のようなタスクを計画し、実行します。
- 最適な新幹線のチケットを検索し、複数の選択肢を提示する。
- 指定された条件(予算、場所など)に合うホテルを探す。
- ユーザーの承認を得て、新幹線とホテルの予約・決済を行う。
- カレンダーに予定を自動で登録する。
このように、エージェントAIは目標達成のために自ら計画を立て、複数のツールやサービスを連携させながら、一連のタスクを能動的に実行できるのです。この能力から、ビジネスの生産性を飛躍的に向上させる技術として、SalesforceやOracleといった巨大IT企業も数十億ドル規模の投資を行っています。
なぜ40%以上のプロジェクトが中止に? – 理想と現実のギャップ
輝かしい未来が期待される一方で、ガートナー社はなぜ「40%以上が中止される」という厳しい予測を出したのでしょうか。その背景には、いくつかの深刻な課題があります。
- 1. 高騰するコストと不明確なビジネス価値
エージェントAIの開発と運用には、高度な技術と膨大な計算リソースが必要であり、コストが予想以上に膨らむ傾向にあります。しかし、その投資に見合うだけの明確なビジネス上の価値や利益(ROI)を現時点で生み出すことは非常に難しいのが実情です。ガートナー社のアナリストであるAnushree Verma氏は、「ほとんどのエージェントAI提案は、意義のある価値や投資対効果に欠けています」と指摘しており、技術的な未熟さがその根底にあることを示唆しています。 - 2. 技術的な成熟度の不足
記事では、現在のエージェントAIの課題を「現在のモデルは、複雑なビジネス目標を自律的に達成したり、ニュアンスを含んだ指示に長期間従ったりするための成熟度とエージェンシー(主体性)を持っていません」と表現しています。これは、簡単なタスクはこなせても、ビジネスの現場で求められるような複雑で、状況に応じた柔軟な判断を、人間の介入なしに長期間安定して実行する能力がまだない、ということを意味します。 - 3. 「エージェントウォッシング」という問題
環境に配慮しているように見せかける「グリーンウォッシング」という言葉がありますが、それと同様に、AI業界では「エージェントウォッシング」が問題視されています。これは、実際には自律的な行動能力を持たない単なるAIアシスタントやチャットボットを、「エージェントAI」と称して再ブランド化し、販売する行為を指します。
ガートナー社は、市場に存在する数千のエージェントAIベンダーのうち、本物は約130社に過ぎないと推定しています。このような誇大広告が、技術への過剰な期待と、その後の幻滅を生み出す一因となっているのです。
それでも未来は明るい – 淘汰の先にある大きな可能性
ここまでの話を読むと、エージェントAIの未来は暗いように思えるかもしれません。しかし、ガートナー社の予測は、短期的な淘汰の可能性を指摘すると同時に、長期的な成長と普及を明確に示しています。
- 2028年までに、日常業務の意思決定の少なくとも15%がエージェントAIによって自律的に行われる
- 2028年までに、エンタープライズソフトウェアアプリケーションの33%にエージェントAIが組み込まれる
これらの数値は、2024年時点の「0%」「1%未満」という状況から考えると、驚異的な成長です。これは、現在の課題が解決された先には、エージェントAIがビジネスのあらゆる場面で活用され、私たちの働き方を根本的に変えるインパクトを持っていることを示唆しています。多くのプロジェクトが中止されるという予測は、いわば技術が成熟に向かう過程での「産みの苦しみ」であり、本物の価値を持つ技術やサービスだけが生き残る健全化のプロセスと捉えることもできるでしょう。
まとめ
本稿では、ガートナー社の予測を基に、エージェントAI技術が直面している短期的な課題と、その先に広がる長期的な展望について解説しました。
現在のエージェントAIは、期待が先行するあまり、コストや技術的な未熟さといった現実の壁に直面し、多くのプロジェクトが淘汰される「幻滅期」の入り口にいると言えるかもしれません。しかし、これは新しい革新的な技術が社会に浸透する過程でしばしば見られる現象です。
重要なのは、「エージェントウォッシング」のような誇大広告に惑わされることなく、技術の進化と本質的な価値を冷静に見極めることです。短期的な淘汰の波を乗り越え、エージェントAIは数年後には私たちのビジネスや日々の生活において、なくてはならない強力なパートナーとなっている可能性を十分に秘めています。その未来に向けた現在の動向を、引き続き注視していく必要があるでしょう。