[ニュース解説]米ウォルマート、150万人の従業員をAIで支援へ。未来の小売業の働き方とは?

目次

はじめに

 本稿では、世界最大の小売企業であるウォルマート(Walmart)が発表した、従業員の働き方を革新する新しいAI活用戦略について、同社の公式ニュース「Walmart Unveils New AI-Powered Tools To Empower 1.5 Million Associates」を基に解説します。

引用元記事

要点

  • ウォルマートは、米国内の150万人の店舗従業員向けに、業務効率化と顧客サービス向上を目的とした新しいAI搭載ツール群を導入する。
  • 主なツールは、AIによるタスク管理、リアルタイム翻訳機能、生成AIで強化された対話型AI、そしてAR(拡張現実)とRFID技術を組み合わせた在庫管理支援である。
  • これらの導入により、シフト計画時間の大幅な短縮、言語の壁の解消による円滑なコミュニケーション、複雑な業務手順の簡素化、アパレル部門における在庫管理の劇的な迅速化といった具体的な成果が見込まれている。
  • ウォルマートは、AIを単なる自動化ツールではなく、従業員の能力を拡張し(エンパワーメント)、人間とAIが協働することで、より質の高いサービスを実現するための戦略的投資と位置づけている。

詳細解説

なぜウォルマートは「従業員のため」のAIに投資するのか

 まず前提として、ウォルマートがなぜ今、これほど大規模に従業員向けのAIツールへ投資するのかを理解することが重要です。小売業界は、顧客の期待値の上昇、オンラインストアとの競争激化、そして慢性的な人手不足という大きな課題に直面しています。

 このような状況下で、従業員が日々の煩雑な作業に追われてしまうと、最も重要であるはずの「顧客への丁寧な対応」に時間を割くことが難しくなります。ウォルマートの狙いは、AIに定型的、あるいは複雑な作業を任せることで従業員の負担を軽減し、彼らがより創造的で付加価値の高い仕事、つまり質の高い接客サービスに集中できる環境を整えることにあります。これは、AIが人間の仕事を奪うのではなく、人間を助け、その能力を最大限に引き出すという「人とAIの協業」の理想的な姿と言えるでしょう。

具体的なAIツールとその仕組み

 今回発表されたツールは、従業員が日常的に使用する専用アプリを通じて提供されます。それぞれのツールが、現場のどのような課題を解決するのか、技術的な側面も踏まえて見ていきましょう。

1. AIによるタスク管理:シフト計画を90分から30分に短縮

 店舗運営において、特に商品の品出しや在庫整理といった業務は、どの商品をどの棚に、どの順番で補充するべきか、効率的な計画を立てるのに多くの時間を要します。

  • 仕組み: ウォルマートが開発したこのツールは、AIが各店舗の売上データ、在庫状況、季節性、プロモーション情報などを総合的に分析し、その日の業務の優先順位を自動で判断します。そして、従業員一人ひとりに対して「次はこの商品を補充してください」といった具体的なタスクをアプリ上に提示します。
  • 効果: これまでチームリーダーが約90分かけて行っていた夜間品出しのシフト計画作業が、わずか30分に短縮されたという初期結果が出ています。これにより、リーダーは計画立案ではなく、チームのサポートや他の重要な業務に時間を使えるようになります。

2. AIリアルタイム翻訳機能:言語の壁をなくす

 多様な人種が働くウォルマートでは、従業員間や顧客とのコミュニケーションにおいて言語が障壁となることがありました。

  • 仕組み: このツールは、テキストおよび音声で44言語に対応したリアルタイム翻訳を可能にします。特筆すべきは、ウォルマート独自の知識で強化されている点です。例えば、顧客がプライベートブランドである「Great Valueのオレンジジュースはどこ?」と尋ねた場合、AIは「Great Value」を一般的な単語として翻訳せず、固有名詞(ブランド名)として正しく認識し、文脈を保ったまま翻訳します。
  • 効果: これにより、どの従業員も言語を気にすることなく、全ての顧客と円滑にコミュニケーションを取ることが可能になり、サービスの質を大きく向上させます。

3. 生成AI搭載の対話型AI:複雑な業務マニュアルが不要に

 「レシートがない場合の返品処理はどうすればいい?」といった複雑な問い合わせは、分厚いマニュアルを調べなければ対応が難しいものでした。

  • 仕組み: ここで活用されるのが「生成AI(GenAI)」です。このツールは、長くて難解な業務マニュアルの内容を学習しており、従業員が自然な言葉で質問すると、AIがその内容を即座に理解し、簡潔で分かりやすいステップ・バイ・ステップの指示を生成して回答します。
  • 効果: 従業員はマニュアルを探し回る必要がなくなり、その場で迅速かつ正確に顧客の要望に応えることができます。これにより、トレーニング時間の短縮と業務品質の均一化が期待できます。

4. ARとRFIDの連携:アパレルの在庫管理を革新

 サイズや色が豊富で、頻繁に入れ替わるアパレル商品は、小売業において最も在庫管理が難しいカテゴリーの一つです。

  • 仕組み: このツールは、2つの先進技術を組み合わせています。
    • RFID (Radio-Frequency Identification): 商品一つひとつにICタグを取り付け、電波を使って非接触で情報を読み取る技術です。これにより、ハンガーラックにかかっている大量の服の在庫を、スキャナーでなぞるだけで一瞬にして把握できます。
    • AR (Augmented Reality / 拡張現実): 現実の風景にデジタル情報を重ねて表示する技術です。従業員がARツール「VizPick」を起動したスマートデバイスを商品棚にかざすと、RFIDで読み取った在庫情報に基づき、「バックヤードから店頭に補充すべき商品」が画面上で光って見えるなど、視覚的にガイドしてくれます。
  • 効果: これまで一つひとつ手作業で確認していた時間が劇的に短縮され、より速く、より正確な在庫管理が実現します。品切れを防ぎ、販売機会の損失を減らすことにも繋がります。

まとめ

 本稿で見てきたように、ウォルマートが導入するAIツール群は、単なる業務の自動化にとどまりません。AIを従業員の強力なサポーターと位置づけ、彼らの専門知識や経験と組み合わせることで、業務の質そのものを高め、最終的には顧客体験を向上させることを目指しています。

 AIによるタスクの最適化、言語の壁の撤廃、複雑な知識の即時提供、そして物理的な作業の効率化。これらの取り組みは、テクノロジーが従業員から仕事を奪うのではなく、むしろ従業員を単純作業から解放し、より人間らしい、価値ある仕事に集中させる可能性を明確に示しています。

 ウォルマートのこの挑戦は、人手不足や生産性向上という課題を抱える日本の小売業やサービス業にとっても、非常に示唆に富む事例と言えるでしょう。

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