[技術紹介]「ほぼ最高速で回転」するブラックホール? AI解析が拓く宇宙の謎と新たな論争

目次

はじめに

 本稿では、AI技術を用いて天の川銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールの新たな画像を生成した最新の研究について、アメリカの科学ニュースサイトSpace.comに掲載された「Nobel laureate concerned about AI-generated image of black hole at the center of our galaxy」をもとに解説します。

引用元記事

要点

  • 国際研究チームが、AIモデルを用いて天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール「いて座A*」の新たな画像を生成した。
  • このAIモデルは、従来ノイズが多く解析が困難とされてきた観測データを活用し、より詳細なブラックホールの姿を描き出すことに成功した。
  • 生成された画像から、「いて座A*」がほぼ最高速度で回転しており、その回転軸が地球の方向を向いている可能性が示唆された。
  • 一方で、2020年ノーベル物理学賞受賞者のラインハルト・ゲンツェル氏を含む専門家からは、元データの品質がAIの出力に予期せぬ偏りを生じさせている可能性があり、画像の正確性に懸念が示されている。
  • 本研究は、AIが天文学にもたらす大きな可能性を示すと同時に、その結果の解釈には慎重な検証が不可欠であるという、科学におけるAI活用の重要な課題を浮き彫りにした。

詳細解説

観測が極めて難しいブラックホールと「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」

 そもそもブラックホールは、光さえも飲み込む非常に高密度な天体であるため、直接その姿を撮影することはできません。私たちが観測できるのは、ブラックホールの強大な重力に捉えられたガスやチリが、事象の地平線(イベント・ホライズン)と呼ばれる境界の周りで超高温に加熱され、光り輝く「影」のようなリング状の構造です。

 このリングを捉えるために組織されたのが、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)という国際プロジェクトです。これは、世界中にある複数の電波望遠鏡を連携させ、地球サイズの巨大な仮想望遠鏡として機能させるものです。この技術は超長基線電波干渉法(VLBI)と呼ばれますが、地球の大気中にある水蒸気などが電波の妨げ(ノイズ)となり、取得できるデータは常に不完全でノイズが多いという大きな課題を抱えています。2022年に公開された「いて座A」の史上初の画像も、この膨大なデータの中からノイズを取り除き、慎重に画像化したものでした。

AIが拓いた新たな可能性

 今回の研究の画期的な点は、これまでノイズが多すぎて使い物にならないと判断され、破棄されていたEHTの観測データをAIに学習させた点にあります。研究チームは、ニューラルネットワーク技術を用いることで、従来の古典的な手法では解読できなかった情報の中から、ブラックホールの構造に関する新たな特徴を抽出することに試みました。

 その結果、AIが生成した画像は、EHTが最初に発表した画像よりも鮮明で、いくつかの新しい特徴を示していました。最も注目すべきは、「いて座A*」がほぼ最高速度で回転していること、そしてその回転軸が偶然にも地球の方向を指しているように見える、という分析結果です。ブラックホールの回転速度や向きは、その天体がどのようにして形成され、周囲の時空にどのような影響を与えているのかを知る上で非常に重要な手がかりとなります。もしこれが事実であれば、超大質量ブラックホールの物理を理解する上で大きな前進となります。

ノーベル賞受賞者が鳴らす警鐘「AIは万能薬ではない」

 しかし、このAIによる画期的な成果に対して、すべての専門家が賛同しているわけではありません。2020年に「いて座A*」の研究でノーベル物理学賞を受賞したラインハルト・ゲンツェル氏は、この結果に慎重な姿勢を示しています。

 ゲンツェル氏が懸念しているのは、元となるデータの品質です。ノイズまみれのデータから情報を引き出す際、AIが学習の過程で予期せぬ偏り(バイアス)を持ってしまう可能性があります。つまり、AIが生成した「詳細な」画像は、実際のブラックホールの姿ではなく、AIが作り出した「もっともらしいが歪んだ姿」かもしれない、というわけです。ゲンツェル氏は記事の中で「人工知能は万能薬ではない」と述べ、AIの出力結果を額面通りに受け取るべきではないと警告しています。これは、AI研究において常に議論される「Garbage in, garbage out(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」という原則にも通じる、的確な指摘と言えるでしょう。

まとめ

 本稿で紹介した研究は、AI技術が天文学の分野において、これまで不可能だったデータ解析を可能にする強力なツールとなり得ることを示しました。ノイズの奥に眠っていた情報を引き出し、天の川銀河中心のブラックホール「いて座A*」の回転という、非常に興味深い性質を明らかにした点は大きな成果です。

 しかし同時に、この研究は私たちに重要な教訓も与えてくれます。それは、AIが生み出した結果の解釈と検証には、最大限の慎重さが求められるということです。特に、元となるデータの品質が不確かな場合、AIの出力はあくまで一つの「仮説」として捉え、他の観測やシミュレーションによって裏付けを取る必要があります。

 研究チームも、今後はこのAI技術を最新のEHTデータに適用し、実際の観測結果と比較することでモデルの精度を高めていく計画です。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次