はじめに
本稿では、Meta AIが2025年6月18日に公開したブログ記事「How Llama helps drive engineering efficiency at a major Australian bank」を元に、金融という非常に厳しいセキュリティやコンプライアンスが求められる業界で、オープンソースの生成AI「Llama」がどのように活用され、開発効率を向上させているのか、その具体的な取り組みと技術的なポイントを分かりやすく解説していきます。
引用元記事
- タイトル: How Llama helps drive engineering efficiency at a major Australian bank
- 発行元: Meta AI
- 発行日: 2025年6月18日
- URL: https://ai.meta.com/blog/llama-helps-efficiency-anz-bank/
要点
- オーストラリアの大手銀行であるANZ銀行は、ソフトウェア開発の効率化とナレッジ共有を促進するため、Metaのオープンソース大規模言語モデル(LLM)「Llama」を導入した。
- 導入の決め手は、金融機関の厳しいデータセキュリティ要件を満たせるLlamaの柔軟なデプロイオプション(オンプレミスとクラウドを選択可能)であった。
- 自行のAIプラットフォーム「Ensayo AI」にLlamaを統合し、API仕様書やテスト履歴といった内部データでファインチューニングを実施。これにより、テストケースの自動生成やAPIに関する問い合わせ対応などを高精度で実現した。
- オープンソースモデルを活用することで、AIソリューションに対する透明性と管理能力を高め、組織全体のイノベーションとコラボレーションを促進した。
- 将来的には、大規模モデルと、特定の専門業務に特化させた複数の小規模モデルを組み合わせるハイブリッドなアプローチを目指している。
詳細解説
なぜ銀行が生成AI活用に踏み切ったのか?
多くの大企業と同様に、オーストラリアの四大銀行の一つであるANZ銀行も、ソフトウェア開発の迅速化と、組織内に分散する技術的知識の共有という課題を抱えていました。特に、ビジネス部門と技術部門の連携を強化し、ソフトウェア開発における反復的なタスク(テストケースの作成など)を自動化する必要がありました。
そこで同行は、これらの課題を解決するために構築したAIプラットフォーム「Ensayo AI」の中核技術として、大規模言語モデル(LLM)の導入を決定しました。
なぜ「Llama」が選ばれたのか?
数あるLLMの中で、ANZ銀行はMetaの「Llama」を選択しました。その理由は、特に金融機関にとって重要な2つのポイントにありました。
ポイント1:柔軟なデプロイ環境
金融機関が扱うデータは、顧客情報に限らず、極めて機密性が高いものがほとんどです。そのため、AIを利用する際は、データを外部のサーバーに送信することなく、自社で管理するインフラ(オンプレミス)内で処理できることが非常に重要になります。
Llamaは、クラウドだけでなくオンプレミス環境にもデプロイ(配備・設置)できる柔軟性を持っていました。記事の中で、ANZ銀行のRico Zhang氏は「この柔軟性は、データセキュリティとコンプライアンスが交渉の余地のない金融サービスにおいて最も重要です」と述べています。自社のポリシー要件に合わせて最適な環境を選べる点が、Llama採用の大きな決め手となりました。
ポイント2:オープンソースであることの利点
Llamaはオープンソースのモデルです。これは、モデルの構造や基本的な仕組みが公開されており、企業が自社のニーズに合わせて自由に改変・利用できることを意味します。
オープンソースモデルを利用することで、ANZ銀行はAIソリューションのバージョン管理を自社で厳密に行い、内部で何が起きているのかを正確に把握できるようになりました。これは、ブラックボックスになりがちなAIの挙動を理解し、統制を効かせる上で大きなメリットとなります。
どのように導入・活用したのか?
ANZ銀行は、単にLlamaを導入するだけでなく、組織全体で安全かつ効果的に活用するための仕組みを構築しました。
1. 徹底したセキュリティとガバナンス体制
金融機関として最も重要なデータプライバシーとセキュリティを確保するため、ANZ銀行は生成AIの利用を管理・監督するための専門組織を複数立ち上げました。
具体的には、「AIワーキンググループ」や「AIユースケース運営委員会」などを設置し、セキュリティ規約や倫理基準を明確に定めています。実際の開発では、機密情報を保護するために、隔離された安全な実験環境(サンドボックス)の利用や、データを匿名化する技術などを活用し、徹底したリスク管理を行いました。
2. Llamaを「銀行の専門家」にするファインチューニング
汎用的なLLMをそのまま使っても、特定の業務で高いパフォーマンスを発揮することは困難です。そこでANZ銀行は、Llamaを自社の業務に特化させる「ファインチューニング」というプロセスを実施しました。
ファインチューニングとは、既存の学習済みモデルに対し、特定の専門分野のデータを追加で学習させることで、その分野の「専門家」に育て上げるような技術です。
ANZ銀行は、以下の3つの内部データセットをLlamaに学習させました。
- ANZシステムのAPI仕様書 (Swagger): システム間のデータ連携のルールを定義した設計書。
- ANZのテストスクリプトデータセット: 過去に実施されたソフトウェアのテスト手順。
- ANZの業務サービスと本番環境のインシデント履歴: 過去のシステム障害やその対応に関する記録。
このファインチューニングにより、LlamaはAPI間の複雑な相互作用を文脈から推測する能力や、精度の高いテストケース、テストデータ、さらにはシステムのシーケンス図(処理の流れを示す図)を自動生成する能力を獲得しました。これにより、開発者の作業が大幅に効率化されたのです。
今後の展望:「大きいAIが良い」とは限らない
ANZ銀行は、最新の「Llama 3」の8B(80億パラメータ)モデルで大きな成果を上げていますが、今後はさらに高性能な405B(4050億パラメータ)モデルの導入も視野に入れています。
しかし、同行の戦略で興味深いのは、「大きいモデルが常に最良とは限らない」という考え方です。
今後の「AIエージェントが活躍する未来」を見据え、特定の専門分野に特化させた複数の小規模なファインチューニング済みモデルを使い分けるアプローチを重視しています。例えば、「決済システムの専門家AI」「顧客管理の専門家AI」といった形で、それぞれのタスクに最適化されたモデルを開発していく計画です。
Llamaが持つ適応性の高さは、こうした目的に合わせた小規模な専門家モデルを効率的に開発する上で理想的だと、記事は結論付けています。
まとめ
本稿では、ANZ銀行の事例を通じて、金融という規制の厳しい業界でオープンソースLLM「Llama」をいかに安全かつ効果的に活用できるかを見てきました。
この成功の鍵は、
- オンプレミスも選べる柔軟な導入オプション
- 専門委員会を設置した厳格なガバナンス体制の構築
- 内部データを活用した独自のファインチューニング
といった点にあります。
この事例は、生成AIの活用が一部のハイテク企業だけのものではなく、伝統的な産業においても、適切なアプローチを取ることで大きなビジネス価値を生み出せることを力強く示しています。特に、オープンソースモデルが持つ透明性とコントロールのしやすさは、今後、多くの企業がAI導入を検討する上で重要な選択肢となるでしょう。