はじめに
Metaは、AIによる検索体験の革新を目指す新興企業「Perplexity AI」への買収交渉、そしてそれが不成立に終わった直後の、AI開発の根幹を支えるデータ企業「Scale AI」への2兆円超(143億ドル)もの巨額投資を行いました。
本稿では、米CNBCが報じた「Meta approached Perplexity before massive Scale AI deal」という記事をもとに、巨大IT企業Meta社(旧Facebook社)のAI戦略の裏側を解説します。
引用元記事
- タイトル: Meta approached Perplexity before massive Scale AI deal
- 著者: Deirdre Bosa, Ashley Capoot
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月20日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/20/meta-perplexity-scale-ai-deal.html



要点
- Metaは、AI検索スタートアップのPerplexity AIに買収を打診したが、交渉は不成立であった。
- 交渉決裂後、MetaはAI開発の基盤となるデータを提供するScale AIに143億ドルという巨額の投資を行い、49%の株式を取得した。
- この一連の動きは、OpenAIやGoogleに追いつくため、MetaがAIモデル開発と優秀な人材確保を攻撃的に進めていることの表れである。
- Metaは他にも有力なAIスタートアップの買収を試みるなど、AI分野での主導権を握るために矢継ぎ早に手を打っている。
詳細解説
なぜMetaはPerplexityを欲しがったのか?
まず、Metaが最初に買収を試みたPerplexity AIとはどのような企業なのでしょうか。同社は「会話型検索エンジン」または「アンサーエンジン」と呼ばれる、新しい形の検索サービスを提供しています。
私たちが普段使うGoogle検索は、キーワードに関連するWebサイトのリストを表示しますが、Perplexityはユーザーの質問に対して、Web上の情報を収集・要約し、直接的な答えを文章で生成します。まるでAIアシスタントと対話するように、自然な形で情報を得られるのが最大の特徴です。
MetaがこのPerplexityを自社に取り込もうとした狙いは明らかです。もし実現すれば、FacebookやInstagramといった巨大なプラットフォームにこの先進的な検索機能を統合できます。これにより、ユーザー体験が劇的に向上するだけでなく、長年Googleが独占してきた検索市場に風穴を開ける一手となる可能性を秘めていました。つまり、MetaはAIを活用したアプリケーション(応用製品)の即戦力を求めていたのです。
交渉決裂、そして次の一手「Scale AI」への巨額投資
しかし、CNBCの報道によれば、両社の交渉は合意に至りませんでした。関係者の話として「相互に解消した」という見方もあれば、「Perplexity側が交渉から手を引いた」という見方もあるようです。
ここで注目すべきは、Metaがその直後に取った行動です。彼らは次に、Scale AIという企業に143億ドル(約2兆2800億円)もの巨額を投じ、同社の株式の49%を取得しました。
では、Scale AIとは何者なのでしょうか。この企業は、AIを賢くするための「教師データ」を作成・提供する、いわばAI開発の「縁の下の力持ち」です。AI、特にChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)は、膨大な量のデータを学習することで性能が向上します。その際、ただデータを与えるだけでなく、「この画像は猫です」「この文章は肯定的な意見です」といった正解ラベル(アノテーション)を付けた質の高いデータが不可欠です。Scale AIは、このアノテーション付きデータ作成の分野で世界をリードする企業なのです。
Perplexityという「完成品のアプリケーション」の獲得に失敗したMetaが、次にScale AIという「AI開発の土台」に巨額を投じたこと。これは、Metaの戦略がより根本的なAI開発能力の強化へとシフトしたことを意味します。自社で開発している大規模言語モデル「Llama」シリーズの性能を飛躍的に向上させるため、その心臓部ともいえるデータ基盤を強力に固めるという、より長期的で本質的な投資に舵を切ったのです。
激化するAI人材獲得競争
Metaのなりふり構わぬ姿勢が資金面だけではないことも浮き彫りにしています。MetaはScale AIへの投資と並行して、別の有力スタートアップの買収や、業界トップクラスの才能あるエンジニアの獲得にも動いています。
記事によると、MetaはSafe Superintelligenceという企業の買収も試み、そのCEOや元GitHubのCEOといった大物たちを自社のAIチームに招き入れました。
さらに衝撃的なのは、競合であるOpenAIのCEO、サム・アルトマン氏の証言です。彼はポッドキャストで「MetaがOpenAIの従業員に対し、1億ドル(約160億円)もの契約金を提示して引き抜きを図っていると聞いた」と語っています。これは、現在のAI開発競争が、いかにトップタレントの獲得競争であるかを物語っています。
CNBCは、MetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏が「ライバルに後れを取っていることにいら立ちを感じている」と報じています。この強烈な危機感が、一連の攻撃的な投資や人材獲得の原動力となっていることは間違いないでしょう。
まとめ
本稿で解説したMetaの一連の動きは、現代のAI覇権争いの激しさを象徴しています。
- Perplexityへの買収打診は、ユーザーの目に触れる「アプリケーション」で手早く成果を上げようとする動きでした。
- それが失敗に終わった後のScale AIへの巨額投資は、より深く、より根本的な「AI開発基盤」そのものを強化する戦略へのシフトを示唆しています。
Metaは、OpenAIやGoogleといった強力なライバルに追いつき、そして追い越すために、「AIの頭脳」となる優秀な人材と、「AIの栄養」となる高品質なデータという、二つの重要な要素を確保するためになりふり構わず突き進んでいます。アプリケーションと基盤技術の両面からAIの主導権を握ろうとするMetaの今後の動向は、テクノロジー業界全体の未来を占う上で、引き続き目が離せないポイントとなるでしょう。