はじめに
AIアバター(デジタルヒューマン)が、ついにビジネスの最前線で人間を超える成果を上げた事例をご紹介します。本稿では、米CNBCが報じた「AI avatars in China just proved they are better influencers. It only took a duo 7 hours to rake in more than $7 million」という記事をもとに、中国のライブコマース市場で起きた衝撃的な出来事を解説していきます。
引用元記事
- タイトル: AI avatars in China just proved they are better influencers. It only took a duo 7 hours to rake in more than $7 million
- 著者: Evelyn Cheng
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月19日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/19/ai-humans-in-china-just-proved-they-are-better-influencers.html
要点
- 中国の著名なインフルエンサーが、AIで生成された自身のデジタルアバターを用いてライブコマース配信を行い、本人が出演した時を上回る売上を記録した。
- このAIアバターは、中国のテクノロジー企業Baiduの生成AIモデルを基に開発され、過去の配信動画から話し方やジョークを学習し、視聴者とリアルタイムで対話することが可能である。
- AIアバターの活用は、制作チームの人件費やスタジオ費用といったコストを大幅に削減し、休憩なしで24時間365日の稼働を実現する。
- この成功は、急成長を続ける中国のライブコマース市場において、AIアバターが単なる目新しい技術ではなく、ビジネス成果を最大化する強力なツールであることを証明した。
- 今後の課題は、技術的な側面よりも、広告に関する法規制の遵守や、各配信プラットフォームが定めるAI利用のルールへの対応といったコンプライアンス面である。
詳細解説
前提知識:巨大化する中国のライブコマース市場
はじめに、今回の出来事の舞台となった中国の「ライブコマース」について説明します。ライブコマースとは、ライブストリーミング配信を通じて商品を販売する手法です。特に中国ではコロナ禍をきっかけに市場が爆発的に成長し、多くの人々がインフルエンサー(中国ではKOL: Key Opinion Leader と呼ばれる)の配信を見て商品を購入する文化が根付いています。
市場規模は凄まじく、記事によると、TikTokの中国版である「Douyin」は、EC(電子商取引)大手のJD.comを抜き、巨大企業Alibabaに次ぐ国内第2位のeコマースプラットフォームにまで成長しました。この巨大市場では、人気インフルエンサーが数時間の配信で数億円、時には数十億円を売り上げることも珍しくなく、彼らの影響力は絶大です。今回のニュースは、この競争の激しい最前線で起きた、まさに「事件」と呼べるものでした。
画期的な出来事:AIアバターが人間を超えた日
中国で最も早くから活動し、絶大な人気を誇るインフルエンサーの一人、Luo Yonghao(羅永浩)氏が、2025年6月15日、自身のAIアバターを使ってライブコマース配信を行いました。このAIアバターは、中国の検索エンジン最大手であり、AI開発にも注力するBaidu(百度)の生成AIモデルを基に作られています。
驚くべきはその結果です。約7時間にわたる配信で、なんと5,500万元(約11億円、765万ドル)もの売上を記録したのです。これは、Luo氏本人が以前に同じプラットフォームで行った配信の売上を上回るものでした。この事実にLuo氏自身も、「デジタルヒューマンの効果に恐怖を覚えた…少し呆然としている」とSNSに投稿するほどでした。
記事の中で、あるアナリストはこの出来事を「中国のライブストリーミング業界とデジタルヒューマン業界にとってのDeepSeekの瞬間だ」と表現しています。「DeepSeek」とは、OpenAI社のChatGPTに匹敵する性能を持つとされ、世界に衝撃を与えた中国のAIモデルです。つまり、このAIアバターの成功は、それほどまでに業界の常識を覆すインパクトがあったことを示しています。
なぜAIアバターは成功したのか?
なぜ、単なるCGキャラクターではなく、AIアバターが人間を超える成果を出せたのでしょうか。重要なポイントは2つあります。
- 高度な学習能力
このAIアバターは、Luo氏の過去5年分の膨大な配信動画を学習しています。それにより、彼の特徴的な話し方、ジョークのセンス、視聴者との掛け合いのスタイルまでを完全に模倣することに成功しました。単に見た目が似ているだけではなく、彼の「個性」や「キャラクター」までも再現したのです。 - リアルタイムでのインタラクティブ性
最も重要なのが、このAIアバターが視聴者とリアルタイムで対話できる点です。視聴者からのコメントをAIが理解し、Luo氏らしいユーモアを交えた返答を即座に生成して返すことができます。これは、一方的に商品を説明するだけの録画映像とは全く異なります。この双方向のコミュニケーションこそが、視聴者のエンゲージメントを高め、購買意欲を刺激した最大の要因と言えるでしょう。
AIアバターがもたらすビジネスインパクト
今回の成功は、企業がAIアバターを活用する具体的なメリットを明確に示しました。
- 劇的なコスト削減:通常、人気インフルエンサーを起用したライブコマースには、高額な出演料、大規模な撮影スタッフやスタジオの費用がかかります。AIアバターであれば、一度開発すればこれらのコストを大幅に削減できます。
- 24時間365日の無休配信:人間と違い、AIアバターは疲れることも休憩することもありません。これにより、24時間ノンストップで商品を販売し続けることが可能になり、機会損失を極限まで減らすことができます。
- グローバル展開の容易さ:将来的には、AIがリアルタイムで多言語に翻訳し、配信することも可能になります。これにより、中国国内だけでなく、世界中の顧客に向けて簡単にアプローチできるようになるでしょう。
今後の課題と展望
記事では、技術的なハードルはもはや大きな問題ではないと指摘されています。今後の課題は、むしろコンプライアンス(法令遵守)の側面が強いと述べられています。
例えば、商品の効果を過剰に宣伝する「誇大広告」にならないようAIをトレーニングする必要があります。また、Douyinのように、プラットフォームによっては「視聴者と対話しないAIアバターの使用を制限する」といった独自のルールを設けている場合もあり、それらの規約に準拠した運用が求められます。
衝動買いによる返品率の高さといった、ライブコマース業界全体の課題も依然として存在します。しかし、それを差し引いても、AIアバターが持つ可能性は計り知れません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。中国で起きた今回の事例は、AIアバター技術が、単に「面白い」「新しい」という実験的な段階を終え、実際にビジネスの現場で人間を超える成果を出す、実用的なツールへと進化したことを示す象徴的な出来事です。
コスト削減、24時間稼働、多言語展開といったメリットは、インフルエンサーマーケティングやeコマースに取り組む日本の企業にとっても、決して他人事ではありません。今後は、さらなる技術開発競争に加え、AIが生成するコンテンツの信頼性や倫理的な側面を含めたルール作りが、世界的なテーマとなっていくでしょう。AIと人間がどのように共存し、ビジネスを革新していくのか、その未来を垣間見せる非常に興味深いニュースでした。