はじめに
本稿では、米CNBCが報じた「OpenAI is winding down its work with Scale AI, whose founder is joining Meta」という記事を基に、OpenAIとScale AIの協業終了とその裏で起きているMetaのScale AIへの投資を軸に現在のAI業界で起きている大きな地殻変動について、その背景や今後の影響を詳しく解説します。
引用元記事
- タイトル: OpenAI is winding down its work with Scale AI, whose founder is joining Meta
- 著者: Ashley Capoot
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月18日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/18/openai-is-winding-down-its-work-with-scale-ai-founder-is-joining-meta.html


要点
- OpenAIは、AIの学習データ作成(データラベリング)を支援する大手企業Scale AIとの協業を段階的に終了する方針である。
- この動きは、巨大テック企業MetaがScale AIに143億ドルを投資し、その創業者を引き抜いたタイミングで明らかになった。
- OpenAIによれば、協業終了の判断はMetaの投資とは無関係であり、より革新的で最新モデルの要求に応えられるデータプロバイダーを求めた結果である。
- Googleも同様にScale AIとの関係を断つと報じられており、AI開発のサプライチェーンに大きな変化が起きている。
- この一連の出来事は、AI開発の覇権をめぐるOpenAI、Google、Meta間の熾烈な競争と、その根幹を支えるデータ戦略の重要性を浮き彫りにしている。
詳細解説
何が起こったのか? – OpenAIとScale AIの突然の「別れ」
今回報じられたニュースの核心は、ChatGPTの開発元であるOpenAIが、AIの学習データを整備するトップ企業「Scale AI」との協業関係を縮小し、最終的には終了する方向に動いているというものです。
このニュースが業界に衝撃を与えたのは、そのタイミングでした。この発表の直前、FacebookやInstagramを運営するMetaが、Scale AIに対して143億ドル(日本円で約2.2兆円)もの巨額投資を行い、株式の49%を取得、さらにその創業者であるAlexandr Wang氏を自社に引き抜くという衝撃的な発表があったばかりだったのです。AI業界のトップを走る企業間の、非常に大きな動きが立て続けに起きたことになります。
背景知識:AI開発の心臓部「データラベリング」とは?
このニュースの重要性を理解するために、まず「Scale AI」がどのような役割を担っていたのかを知る必要があります。Scale AIは、「データラベリング」または「データアノテーション」と呼ばれる、AI開発において極めて重要なプロセスを専門とする企業です。
AI、特にChatGPTのような大規模言語モデルは、膨大な量のデータを学習することで賢くなります。しかし、ただデータを読み込ませるだけでは不十分です。AIが正しく学習するためには、人間がデータの一つひとつに「これは猫の画像です」「この文章は肯定的な意見です」といった正解のラベル(情報タグ)を付ける必要があります。この地道な作業がデータラベリングであり、AIの性能を直接左右する、いわば「AIの教科書作り」とも言える工程です。
Scale AIは、この分野で世界トップクラスの技術と実績を持ち、OpenAIをはじめとする多くのAI企業にとって、高品質な教科書を提供してくれる重要なパートナーでした。
OpenAIの言い分 – なぜ長年のパートナーから離れるのか?
MetaがScale AIに深く関与した直後だったため、多くの人が「OpenAIは、ライバルであるMetaの影響下に入った企業との取引を嫌ったのではないか」と考えました。
しかし、OpenAIの広報担当者はこれを否定しています。記事によれば、Scale AIとの関係見直しはMetaの投資とは無関係で、過去6ヶ月から1年にわたって進められてきたとのことです。その理由として、「技術革新に追随し、最新モデルが必要とするものを理解している他のデータプロバイダーを探している」と説明しています。
これは非常に重要なポイントです。AIモデルが進化し、より複雑で高度になるにつれて、必要とされる学習データの質や種類も変化しています。単純なラベル付けだけでなく、より専門的で、文脈やニュアンスを深く理解したデータが求められるようになっているのです。OpenAIの判断は、単なる企業間の政治的な対立ではなく、AI開発の最先端で求められる「データの基準」そのものが引き上がっていることを示唆しています。
Metaの野望と焦り – 巨額投資とトップ引き抜きの狙い
一方のMetaは、なぜこれほどまでに大きな賭けに出たのでしょうか。Metaは独自のAIモデル「Llama」シリーズを開発し、AI分野に巨額の投資を続けていますが、同社のCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は、OpenAIやGoogleに対する開発の進捗に不満を抱いていると報じられています。
今回のScale AIへの巨額投資と創業者引き抜きは、その状況を打開するための起死回生の一手と言えます。AI開発の根幹であるデータ作成能力を持つトップ企業を事実上傘下に収めることで、開発プロセスを内製化し、一気に競争力を高めようという強力な意志の表れです。これは、もはや外部パートナーに頼るのではなく、AI開発の心臓部を自社で完全にコントロール下に置くという戦略的な転換を意味します。
業界へのインパクト – AIサプライチェーンの再編
この動きはOpenAIとMetaだけにとどまりません。記事では、GoogleもまたScale AIとの関係を解消する方向で動いていると報じられています。
これは、これまで多くのAI企業が共通して利用してきた「Scale AI」という巨大なインフラから、各社が離れ始めていることを意味します。つまり、AI開発を支える「サプライチェーン(供給網)」の大きな再編が始まったのです。
今後は、AIの基盤モデルを開発する巨大テック企業が、データラベリングの能力までも自社で抱え込む「垂直統合」の動きが加速する可能性があります。AI開発の競争は、モデルの性能だけでなく、その源泉となる「データ」をいかに質高く、効率的に確保するかという、より根源的なステージに突入したと言えるでしょう。
まとめ
本稿では、CNBCの報道を基に、OpenAIがデータラベリング企業Scale AIとの協業を終了するというニュースの背景と意味を解説しました。
この出来事は、単なる一企業間の取引終了ではありません。これは、AIの覇権をめぐるMetaの大きな野望、AI開発競争のさらなる激化、そしてAIの知能を形作る上で「データ」がいかに決定的な要素であるかを、改めて業界全体に突きつける象徴的な出来事です。
AI業界の勢力図は、モデルのアルゴリズムだけでなく、その基盤となるデータ戦略によって、今まさに大きく塗り替えられようとしています。今後の各社の動向から目が離せません。