はじめに
本稿では、FacebookやInstagramを運営するMeta社が提供する生成AI「Meta AI」に潜むプライバシーの問題について、BBCが2025年6月13日に報じた「Meta AI searches made public – but do all its users realise?」という記事をもとに解説します。便利なAIツールの裏側で、私たちのデータがどのように扱われているのか、その実態に迫ります。
引用元記事
- タイトル: Meta AI searches made public – but do all its users realise?
- 著者: Imran Rahman-Jones
- 発行元: BBC News
- 発行日: 2025年6月13日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/c0573lj172jo
要点
- Metaが提供する「Meta AI」において、ユーザーがAIに質問した内容(プロンプト)とその回答が、意図せず公開されている可能性がある。
- これらのやり取りは「Discover」フィードと呼ばれる公開の場に投稿され、ユーザー名やプロフィール写真から個人のSNSアカウントが特定されうる状態である。
- 公開された質問には、個人的な悩みやテストの解答依頼など、機微な情報が含まれるケースが確認されている。
- Metaは「チャットは初期設定で非公開であり、ユーザーが自身の選択で公開している」と説明するが、専門家は、ユーザーの期待と実際の機能が乖離しており、UI/UX(ユーザー体験のデザイン)に起因する重大なセキュリティ問題であると指摘している。
詳細解説
Meta AIで何が起きているのか?
もし、あなたがインターネットで検索した履歴が、誰でも見られる状態で公開されてしまったらどう感じるでしょうか。今、MetaのAIサービスで、まさにそのような事態が起きている可能性が指摘されています。
BBCの報道によると、「Meta AI」の一部のユーザーがAIと交わした会話が、Meta AIのアプリやウェブサイト上にある「Discover(発見)」という公開フィードに投稿されています。問題なのは、ユーザー自身がその事実を十分に認識していない可能性があることです。
実際に公開されたやり取りの中には、以下のような非常にプライベートな内容が含まれていました。
- 大学のテスト問題を写真に撮り、AIに解答を求めるもの
- 自身の性自認について、性転換すべきかといった深刻な悩み相談
- 露出の多い服装の女性や、擬人化された動物のキャラクターの画像を生成するよう求めるもの
さらに深刻なのは、これらの投稿がユーザー名やプロフィール写真と紐づいているため、個人のInstagramアカウントなどが簡単に特定できてしまうケースがあったことです。つまり、匿名であると信じて入力したかもしれない個人的な検索や悩みが、実質的に実名で世界に公開されてしまっているのに等しい状況が生まれています。
なぜ検索履歴が公開されるのか? – Metaの「Discover」フィード
そもそも、なぜこのような機能が存在するのでしょうか。Metaは、「Discover」フィードを「他のユーザーがどのようにAIを利用しているかを探求し、共有するための場所」と位置づけています。これは、ユーザー同士でAIの便利な使い方や面白い活用法を発見し合うことで、サービス全体の利用を活性化させる狙いがあると考えられます。
Meta社の説明によれば、AIとのチャットは初期設定(デフォルト)では非公開になっており、「ユーザーが自身の選択で投稿しない限り、フィードに共有されることはない」とのことです。また、投稿する前には「投稿するプロンプトは公開され、誰でも見ることができます。個人情報や機密情報を共有しないようにしてください」という警告メッセージが表示される仕組みになっています。
「ユーザーの選択」は本当か? – UI/UXが招く誤解
Metaは「ユーザーの自己責任」を強調しますが、専門家はここに潜む問題点を鋭く指摘しています。米国のサイバーセキュリティ企業CEOであるレイチェル・トバック氏は、「ユーザーがツールの機能をどう期待しているかと、実際の動作が一致しないのであれば、それは重大なユーザーエクスペリエンス(UX)とセキュリティの問題だ」と述べています。
多くのユーザーにとって、AIチャットボットとの対話は、検索エンジンの利用と同様に一対一のプライベートな行為だと認識されています。まさかその内容が、SNSのフィードのように他人に公開されるとは想定していないでしょう。
警告メッセージが表示されるとはいえ、私たちは日常的に多くのサービスで利用規約やポップアップに安易に「同意」してしまう傾向があります。これは「警告疲労」とも呼ばれる現象で、重要な注意喚起が見過ごされる原因となります。ユーザーの思い込みや習慣的な操作を利用して、意図しない方向へ誘導しかねない現在のデザインは、ユーザーを本当に保護しているとは言いがたいかもしれません。
私たちが注意すべきこと
Meta AIは現在、英国や米国などで提供が開始されており、日本での本格的な展開はこれからの段階です。今後、日本で同様のサービスが開始された際、あるいは他のAIサービスを利用する際に、私たちが学ぶべき重要な教訓が含まれています。
- 新しいサービスではプライバシー設定を必ず確認する: 新機能が追加されたり、新しいアプリを使い始めたりする際は、安易に使い始めるのではなく、まず設定画面を開いて、自分のデータがどのように扱われるのかを確認する習慣が重要です。
- AIには機密情報を入力しない: AIとの会話は、たとえ非公開が前提であっても、サービス提供者にデータとして収集・分析されている可能性があります。本当に他人に知られたくない悩みや、個人情報、会社の機密情報などを入力するのは避けるべきです。
- 「公開」「共有」といったボタンには特に注意する: 便利そうな共有機能も、その共有範囲がどこまでなのかを正確に理解してから利用することが求められます。
まとめ
今回ご紹介したMeta AIの事例は、テクノロジーが進化する中で、私たちユーザーが直面する新たなプライバシーリスクを浮き彫りにしました。企業側は「ユーザーが選択した」と主張しますが、その「選択」が誤解に基づいたものではないか、ユーザーを適切に導く設計になっているかを問われています。
本稿で強調したいのは、サービスの利便性だけを享受するのではなく、その裏側にあるデータの扱われ方について、私たち自身がより意識的になり、主体的に管理する必要があるということです。今後登場するであろう様々なAIサービスと賢く付き合っていくために、この事例をぜひ覚えておいていただければと思います。