[ニュース解説]トランプ政権のAI戦略:米中覇権争いの動向

目次

はじめに

 本稿では、Axiosが2025年6月2日に報じた記事「Behind the Curtain: Trump’s America-First AI risk」を基に、ドナルド・トランプ氏の政策が米中間のAI(人工知能)覇権争いにどのような影響を与え、それが日本を含む国際社会にどのような意味を持つのかを解説します。

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要点

  • 米中のAI覇権争いは、2020年代における最も決定的かつ永続的な地政学的課題であり、両国間の存亡に関わる脅威として認識されている。
  • 米国がAIにおける経済的・技術的優位性を維持できなければ、中国が世界を支配する可能性に直面する。この認識はトランプ氏、バイデン氏双方に共通する稀有な点である。
  • この危機感から、米連邦政府はAI規制に消極的であり、両党ともにAIによる雇用への脅威について沈黙し、政府とシリコンバレーは中国に対抗するため一体化しつつある。
  • トランプ氏は、この対中強硬路線に明確に位置づけられるが、彼の短期的な世界貿易政策や伝統的な同盟国への対応は、経済的・技術的な面での米国の長期的勝利を高いリスクに晒している
  • 中国は、権威主義的な力を利用して米国の技術秘密を窃取し、国内で事業を行う米国企業に政府系中国企業との提携を義務付けるなどして、AI技術を急速に進展させている。
  • 米国はNvidia製の高性能コンピューターチップなどの対中輸出規制で対抗するが、これは中国の国内産業育成を促す「失敗」であるとの指摘もある。
  • トランプ氏の戦略は、カナダや欧州といった伝統的同盟国との関係を軽視し、これが中国に対する統一戦線の形成を遅らせている
  • AI開発に不可欠なレアアースの供給は中国が握っており、これは米国の脆弱性となっている。
  • トランプ政権は、米国のAI技術的優位性を活用し、他国を米国主導のAIシステムに組み込み、重要AIインフラへの投資を米国内に還流させることを目指しているが、これは大きな賭けである。

詳細解説

AI覇権争い:21世紀の最重要課題

 AI(人工知能)は、単なる技術革新を超え、経済、軍事、そして社会のあり方そのものを根底から変える可能性を秘めています。引用元のAxiosの記事が指摘するように、「アメリカが経済的・初期のAIにおける優位性を維持するか、さもなければ中国に支配される世界の可能性に直面する」という認識は、米国の政策決定者にとって喫緊の課題です。

 トランプ氏のAI顧問とされるデビッド・サックス氏は、「未来の軍隊がドローンやロボットになり、それらがAIによって動かされることは間違いない。…勝利とは、全世界がアメリカの技術スタック(技術基盤)を中心に統合されることだと定義したい」と述べています。これは、AI技術の覇権を握ることが、すなわち未来の国際秩序における主導権を握ることを意味するという強烈な認識を示しています。

中国の猛追と米国の警戒

 記事によれば、米国は中国を「悪意ある行為者」と見なしています。中国は、その権威主義的な体制を利用して、サイバー攻撃などによる技術窃取や、中国国内で事業展開する外国企業に対して中国企業との提携を強いることで、米国の技術やノウハウを獲得してきたとされています。中国は、豊富な人材、強力な政治的意志、そして長期的な国家投資を組み合わせることで、AI分野で急速にその影響力を増しています。

 特に、自動運転車、ドローン、太陽光発電、バッテリーといったAI関連技術や、それらに隣接する分野において、中国企業は政府の強力な後押しを受けて世界市場に製品を輸出し、米国の競合企業を脅かしつつ、貴重なデータを収集しています。米国側には、これらの安価な中国製品が市場に溢れることで、さらなるデータ収集や、場合によっては米国企業や市民に対する監視活動に利用されるのではないかという強い懸念があります。

米国の対中戦略とそのジレンマ

 このような中国の動きに対し、トランプ政権もバイデン政権も、基本的には対象を絞った高関税や、Nvidia製の高性能コンピューターチップのような先端技術の対中輸出規制といった強硬策で応じようとしています。しかし、この戦略は諸刃の剣となる可能性があります。

 NvidiaのCEOであるジェンスン・フアン氏が最近、輸出規制を「失敗」と評し、結果的に中国が自国での半導体産業育成を加速させるインセンティブを与えただけだと指摘したことは象徴的です。米国企業にとっては中国市場での売上減少に繋がり、また、中国が独自に超人的なAIを開発するサプライチェーン(供給網)に対する米国の影響力を失うリスクも伴います。さらに、中国が米国よりも安価かつ効率的に生産できるAI関連部品へのアクセスが断たれる可能性も否定できません。

 記事は、これらのリスクを軽減するためには、米国企業が新たな市場を開拓し、中国製品や原材料の代替供給源(例えば中東諸国)を育成し、そして最終的には中国市場に匹敵するか、それ以上の規模を持つ経済圏(例えば、米国+カナダ+欧州+中東+インド)を形成する必要があると論じています。

トランプ外交のリスク:同盟国軽視と中国包囲網の綻び

 しかし、トランプ氏の外交政策は、このリスク軽減策とは逆行する側面が見られます。彼は中国と対峙する一方で、伝統的な同盟国との関係を軽視し、むしろ悪化させることで、リスクを増大させていると記事は警鐘を鳴らしています。

  • カナダ: 豊富な鉱物資源やエネルギーを有する隣国ですが、トランプ氏からの度重なる侮辱的な言動や内政干渉とも取れる発言(カナダが米国の州になるべきだという挑発など)により、米国よりも欧州との連携を模索する動きを見せています。
  • 欧州: かつては強固な親米路線でしたが、トランプ氏やその側近からは「弱すぎる」「厄介だ」と揶揄され、米国との特別な関係を維持する価値がないかのように扱われました。これにより、米中が完全にデカップリング(経済関係の切り離し)した場合の統一戦線構築に関する議論が停滞しています。記事は、「貿易上の敵の敵は味方」とでも言うように、欧州と中国がより活発に対話する可能性すら示唆しています。

 さらに、米国の輸出規制戦略は、先端チップのサプライチェーンにおいて重要な役割を担う国々、すなわち日本、オランダ、韓国、台湾が、自国企業の中国におけるビジネスを犠牲にしてまで米国と足並みをそろえることに同意することが前提となっています。しかし、トランプ氏のこれらの国々に対する威圧的な態度は、彼らに米国との協調路線を再考させる理由を与えかねません。

 トランプ氏は中東の裕福な産油国との関係を強化し、これらの国々が欧州に代わって米国のグローバルな連合の一部となると見ていますが、これらの国々は中国とも緊密な関係を築いており、米中どちらか一方の側につくことに強いインセンティブを持っているわけではありません。

レアアース問題:米国の隠れたアキレス腱

 AI技術のハードウェア、特に高性能な半導体やバッテリーの製造には、レアアース(希土類元素)が不可欠です。そして、このレアアースの生産と供給において、中国は圧倒的なシェアを握っています。これは、米中技術覇権争いにおける米国の重大な脆弱性と言えます。中国がレアアースの輸出を制限するような事態になれば、米国のAI産業や防衛産業は深刻な打撃を受けかねません。

トランプ政権の描く「アメリカ・ファースト」AI戦略の成算

 一方で、トランプ政権の顧問らは、その戦略には見た目以上の整合性があると主張しています。トランプ氏は、最終的には米国にとってより有利な条件で貿易相手国との連合を形成し、中国に対抗できると信じているとされます。

 また、彼の戦術がカナダ、グリーンランド、ウクライナといった国々に対し、AI開発に不可欠な鉱物資源や関連素材の共有を促し、結果として米国の労働者がこの新たな経済においてより高賃金の仕事を得られるようになるとも考えているようです。

 重要なのは、各国がAI技術を必要としており、その供給元として米国か中国かを選ばなければならないという状況を理解した上で、トランプ氏は米国のAIにおけるリードを最大限に活用しようとしている点です。具体的には、他国を米国主導のAIシステムやプラットフォームに引き込み、それと同時に、OpenAIが構想する巨大AIインフラ「スターゲイト」のようなプロジェクトへの投資を米国内に還流させることを狙っています。

 記事では、トランプ政権関係者と緊密に協力してきたOpenAIのある幹部の「彼らは(AIの重要性を)理解している。特に、世界が米国主導のAIのレールの上で構築を進めるようにしつつ、米国のAIへの関心を利用して米国内のインフラへの相互投資を得ることに関してはそうだ」というコメントを紹介しています。

 しかし、記事は最後に、「トランプ氏は壮大な賭けをしている。そして中国はその隙を見ている」と締めくくっており、その戦略の不確実性と高いリスクを強調しています。

まとめ

 本稿では、Axiosの記事を基に、トランプ政権下における米国のAI戦略と、それが米中間の覇権争いに与える影響について解説してきました。AI技術の進化は、国際社会のパワーバランスを大きく塗り替える可能性を秘めており、その開発と利用をめぐる国家間の競争はますます激化しています。

 トランプ氏の「アメリカ・ファースト」に基づく政策は、中国の脅威に対抗するという点では一貫性が見られるものの、その手法、特に伝統的な同盟国との連携を軽視する姿勢は、長期的に見て米国の国益を損なうリスクを内包していると言えるでしょう。AI開発に必要な国際的なサプライチェーンの維持や、技術標準をめぐる国際協調において、同盟国との信頼関係は不可欠です。

 日本にとっては、この米中間のAI覇権争いは対岸の火事ではありません。経済安全保障の観点からも、サプライチェーンの強靭化、先端技術の研究開発、そして国際的なルール形成への積極的な関与が求められます。日本独自の強みを活かしたAI戦略を推進しつつ、変動する国際情勢の中で、国益を最大化するためのしたたかな外交戦略を展開していく必要がありそうです。今後の米中関係の動向、そして各国のAI政策から目が離せません。

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