[ニュース解説]英政府AI戦略に4度目の秘訣:著作権問題、議会の攻防最前線

目次

はじめに

 本稿では、英国BBC Newsが報じた「Government AI copyright plan suffers fourth House of Lords defeat」という記事をもとに、現在英国で大きな議論を呼んでいるAI(人工知能)開発における著作物の利用と、クリエイターの権利保護の問題について詳しく解説します。

引用元記事

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要点

  • 英国政府が推進する、AI開発者が著作物をトレーニングデータとして利用しやすくする計画が、議会上院(貴族院)で4度目の否決を経験した。
  • 主な争点は、AI技術の発展を促進する必要性と、アーティストや作家などクリエイターの著作権を保護する必要性のバランスである。
  • 貴族院は、AI企業が著作物を利用する際の透明性の確保や、著作権者への適切な対価の支払い(ライセンス契約など)を求める声が強い。
  • 政府案は、著作権者が明示的に拒否しない限りAIによる著作物の利用を認める「オプトアウト方式」を提案しているが、これに対しクリエイティブ業界から強い反発がある。
  • この問題に関する法案(データ利用・アクセス法案)は庶民院と貴族院の間で意見が対立し、膠着状態にあり、最悪の場合、法案自体が廃案になる可能性も指摘されている。

詳細解説

AI開発と著作物の利用:なぜ問題になっているのか?

 近年、目覚ましい発展を遂げているAI、特に文章を生成したり、画像や音楽を作り出したりする生成AIは、その学習の過程で膨大な量のデータを必要とします。このデータには、インターネット上に存在するテキスト、画像、音声など、著作権で保護されているものが多く含まれています。

 AI開発企業は、これらのデータを「スクレイピング」(ウェブサイトから情報を自動的に収集する技術)などの手法で集め、AIモデルのトレーニングに利用してきました。多くの場合、これらの企業は「データは既に公開されているものであり、自由に入手可能である」と主張し、著作権者への許諾や対価の支払いは行われてきませんでした。

 しかし、AIが生成するコンテンツが人間が作成したものと見分けがつかないほど高度になるにつれ、クリエイターたちは深刻な懸念を抱くようになりました。自分たちの作品が無断でAIの学習に使われ、その結果としてAIが自分たちのスタイルを模倣した作品を瞬時に、かつ無料で大量に生み出せるようになれば、クリエイター自身の仕事が奪われ、生活が脅かされるという危機感です。

英国政府の計画とクリエイティブ業界の反発

 英国政府は、AI産業を国家戦略の柱の一つと位置づけ、その成長を後押ししようとしています。その一環として、「データ(利用とアクセス)法案」(Data (Use and Access) Bill)の中で、AI開発者が著作物をより利用しやすくするための条項を盛り込もうとしました。具体的には、著作権者がAIによる学習利用を個別に「オプトアウト」(拒否)しない限り、AI開発者はその著作物を利用できるというものです。

 これに対し、英国のクリエイティブ業界からは猛烈な反発が起きています。音楽家のエルトン・ジョン卿やポール・マッカートニー卿、デュア・リパさんといった著名なアーティストをはじめ、作家団体なども声を上げ、このような無許諾・無報酬での著作物利用は「盗作に等しい」と批判しています。彼らは、AIによる著作物の利用には、事前の許諾、利用実績の明示、そして正当な対価の支払いが必要であると訴えています。

貴族院の抵抗と「ピンポン状態」

 英国議会は二院制で、庶民院(下院)と貴族院(上院)から構成されます。政府が提出した法案は、まず庶民院で審議され、可決されると貴族院に送られます。貴族院は法案を修正する権限を持っており、修正案が可決されると再び庶民院に戻されます。このように法案が両院間を行き来する状態を「ピンポン」と呼びます。

 今回のデータ法案に関して、政府が多数派を占める庶民院は政府案を支持していますが、貴族院ではクリエイター保護の観点から強い懸念が示されています。特に、映画監督でもあるビーバン・キドロン男爵夫人などが中心となり、AI企業に対して著作物の利用状況に関する透明性を高めることや、クリエイティブ産業への影響を調査・報告することを義務付ける修正案を提出し、これが貴族院で支持を得ています。

 記事によると、政府のAI著作権計画は貴族院で既に4度も否決されており、これは異例の事態です。通常、このような「ピンポン状態」では、どちらかの院が譲歩するか、妥協点を見出すことが多いのですが、今回は双方の立場が強硬で、解決の糸口が見えていません。

技術的・法的な論点

 この問題の核心には、いくつかの重要な技術的・法的な論点があります。

  1. 透明性の確保: AIがどのような著作物を学習したのかを、著作権者が把握できるようにするべきか、という点です。現状では、多くのAIモデルはその学習データを公開していません。透明性が確保されなければ、著作権者が自身の権利が侵害されているかどうかを知ることすら困難になります。
  2. オプトアウト vs オプトイン: 政府案の「オプトアウト方式」は、AI開発側に有利な仕組みです。これに対し、クリエイター側は、著作物の利用を許諾するかどうかを事前に権利者が決定できる「オプトイン方式」や、利用に応じたライセンス契約を求めています。
  3. 「公正な利用(フェアユース)」の範囲: 著作権法には、一定の条件下(教育、研究、報道など)であれば著作物を許諾なく利用できる「公正な利用」という考え方があります。AIの学習目的での著作物利用が、この「公正な利用」に該当するのかどうかは、法的な解釈が分かれるところです。
  4. 国際的な調和と競争: AI開発は国境を越えて行われます。仮に英国がAI企業に対して厳しい規制を課した場合、企業がより規制の緩い国へ流出し、英国のAI産業の国際競争力が低下するのではないかという懸念も示されています(Meta社のニック・クレッグ卿などがこの点を指摘しています)。

法案の行方と広範な影響

 この「データ(利用とアクセス)法案」は、AIと著作権の問題だけでなく、他にも重要な内容を含んでいます。例えば、亡くなった子供のソーシャルメディアなどのデータに親がアクセスする権利、国民保健サービス(NHS)における患者データのより円滑な共有、さらには道路工事の効率化を目指した英国の地下配管・ケーブル網の3Dマップ作成といった、多岐にわたる事項が盛り込まれています。

 もし、AI著作権問題を巡る対立が解消されず、法案全体が廃案となれば、これらの重要な施策も実現しないことになります。記事では、廃案の可能性は低いとしつつも、完全には否定できない「未踏の領域」にあると伝えています。

まとめ

 英国におけるAI開発と著作権保護を巡る議論は、まさにイノベーションの推進とクリエイターの権利保護という、二つの重要な価値が真正面から衝突している事例と言えます。政府がAI産業の成長を重視する一方で、クリエイティブ業界は公正な対価と透明性を求めて声を上げており、議会はその間で難しい舵取りを迫られています。

 この問題は英国に限ったことではなく、日本を含む世界各国が直面している課題です。AI技術が社会に浸透していく中で、既存の法制度や権利のあり方をどのように見直し、調整していくのか。英国の動向は、私たちにとっても重要な示唆を与えてくれるはずです。今後の法整備の行方、そしてAIとクリエイティブ産業が共存共栄できる道筋がどのように描かれるのか、引き続き注目していく必要があるでしょう。

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