はじめに
本稿では、言語学習アプリ「Duolingo」のCEOであるルイス・フォン・アーン氏のAI教育に関する発言と、それに伴う論争について、CBC Newsの記事「Duolingo’s CEO says AI will soon replace teachers. But… should it?」をもとに解説します。AIが教育分野でどのように活用され、将来的にどのような役割を担う可能性があるのか、詳しく見ていきます。
引用元記事
- タイトル: Duolingo’s CEO says AI will soon replace teachers. But… should it?
- 発行元: CBC News
- 発行日: 2025年5月22日
- URL: https://www.cbc.ca/news/world/duolingo-ai-teachers-1.7539838


要点
- DuolingoのCEO、ルイス・フォン・アーン氏は、AIが人間よりも優れた教育者であり、個別化学習の能力により、近い将来、教室の教師に取って代わる可能性があると発言した。
- 同氏は、AIの方が教師よりもスケーラブルに教育を提供できると主張している。
- Duolingoは、AIファースト戦略の一環として、契約社員をAIに置き換える計画を発表し、ユーザーから反発を受けている。
- 専門家は、フォン・アーン氏の主張はDuolingoのマーケティング戦略であり、AIが人間より優れているという科学的根拠はないと指摘している。
- AIは教育において特定のタスクでは有効だが、人間の教師の判断力や専門知識、生徒との繋がりを完全に代替することはできないというのが多くの専門家の見解である。
- ChatGPT自身も、AIは教師を補完するものであり、置き換えるものではないと回答している。
詳細解説
Duolingo CEOの衝撃的な発言
言語学習アプリで世界的に有名なDuolingoの創設者兼CEOであるルイス・フォン・アーン氏は、2025年5月はじめのポッドキャスト「No Priors」で、AIに関する大胆な見解を表明し、大きな議論を呼んでいます。同氏は、「AIは人間よりも優れた教師であり、その理由は個別化学習に対応できる能力にある」と述べ、さらに「数年以内にAIが教室の教師に取って代わる可能性が高い」との予測を示しました。
フォン・アーン氏によれば、「最終的に、コンピューターが教えられないものは何もないのではないか」とし、「AIで教える方が教師よりもはるかにスケーラブルだ」と、AIによる教育の効率性と効果の向上を強調しています。
Duolingoの「AIファースト戦略」とユーザーの反発
フォン・アーン氏の発言は、Duolingoが打ち出した「AIファースト戦略」と密接に関連しています。この戦略の一環として、同社は契約社員をAIに置き換える計画を発表し、生成AIを活用して148の新しいコースを構築・開始するとしています。しかし、この方針転換は多くのユーザーから強い反発を招いており、Duolingoのソーシャルメディアアカウントには、決定を非難するコメントやアプリ削除を宣言する声が殺到しました。この反発を受け、DuolingoはInstagramとTikTokの投稿をすべて削除する事態にまで発展しています。
さらに、フォン・アーン氏は前述のポッドキャストで、教師や学校の役割について「子供たちの世話をする」という点に集約されるかのような発言をし、これもまた物議を醸しています。「教師がいなくなるわけではない。生徒の面倒を見る人は依然として必要だ」と同氏は述べています。
専門家からの懐疑的な意見
アルバータ大学のコンピューティングサイエンス助教授であるマシュー・ガズディアル氏は、フォン・アーン氏の主張を「Duolingoのマーケティング戦略であり、教育に関する情報に基づいた意見ではない」と指摘しています。同氏はCBC Newsに対し、「彼は自社の強みをアピールし、これが自社のやり方であり、今後誰もがこうするだろうと示したいのだろう」と語っています。
Duolingoは自社ウェブサイトで、アプリの有効性に関する複数の査読済み研究(同社が資金提供したものを含む)を掲載しています。しかし、2021年に学術誌「Computer Assisted Language Learning」に掲載されたこれらの初期研究のメタアナリシスでは、「ほとんどの研究がDuolingoの様々な言語能力への肯定的な影響を報告しているものの、その結果の正確性には議論の余地がある」と結論付けています。例えば、達成度を評価した研究のサンプルサイズは1から44人と非常に小さく、モチベーションや性別、民族性といった潜在的な交絡因子を考慮していないものがほとんどだったと指摘されています。
このメタアナリシスの結論は、「Duolingoに関する研究が始まってから8年が経過した現在でも、その有効性や言語学習プロセスにおける役割について、決定的な証拠はほとんどない」というものです。
AIは本当に人間より優れた教師なのか?
ガズディアル氏は、AIが教育において非常に効果的に利用できる場面があることは認めつつも、「AIが人間よりも優れた教育を提供できるという証拠は基本的にない」と断言しています。
例えば、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)を使って答えを調べるだけでは、実際の学習や理解は起こらないとガズディアル氏は説明します。学習のポイントは、単に答えを見つけることではなく、それを理解し、思考力を鍛えることにあります。「ジムでウェイトトレーニングをするのに、ブルドーザーを持ってきてウェイトを持ち上げてもらっても意味がない。ChatGPTはそれと同じようなものだ」と同氏は例えています。
複数の研究やケーススタディでは、AIが教育ビデオの生成、説明の明確化、追加支援が必要な生徒の特定などに役立つといった、AIの具体的な有効性が示されています。しかし、2023年の広範な文献レビューでは、AIは学習を強化できるものの、人間の判断力や専門知識を完全に置き換えることはできないと指摘されています。さらに、2024年の研究では、学生のAI使用と成績平均点の間に直接的な影響は見られなかったものの、AIよりも人間による社会的サポートを受けていると回答した学生の方が成績が良いという間接的な効果が示されました。
興味深いことに、CBC Newsが「AIは人間の教師より優れた教師か?」とChatGPTに質問したところ、チャットボット自身が「AIは教師を補完するものであり、置き換えるものではない」と回答しました。「AIは定型業務を引き受け、的を絞ったサポートを提供し、人間の教育者が最も得意とすること、つまり生徒を鼓舞し、指導し、繋がること に集中できるようにすることで、教育を強化できる」と述べています。
AIによる仕事の代替という側面
フォン・アーン氏は、コンピューターはクラスの各生徒に個別に対応できるのに対し、教師にはそれができないと主張しています。「コンピューターは実際に、この一人の生徒が何を得意とし、何を苦手としているかについて、非常に正確な知識を持つことができる」と述べています。DuolingoのCFOであるマット・スカルッパ氏も昨年同様のコメントをしており、「AIは優れた教師が行うことを再現するのに役立つ。優れた教師は、生徒が教材を学び、関心を持ち続け、弱点やギャップを把握し、それらに集中して改善できるように支援する」と語っています。
これらの発言は、特に高所得国において、伝統的に女性が担ってきた仕事が、男性が担ってきた仕事よりもAIの影響を受けやすいという新しい報告がある中でなされました。教育はますます女性が多数を占める職業となっています。
一方で、AIがジャーナリストに取って代わることへの説得力のある反論として、シカゴ・サンタイムズ紙が、実際には存在しない書籍ばかりが掲載された夏の読書リストを配信し、AIを使用したフリーランサーによって作成されたものだったとして批判を浴びた事例が紹介されています。
まとめ
DuolingoのCEOによる「AIは教師を超える」という発言は、教育界に大きな波紋を広げています。AIが個別化学習や効率化といった面で可能性を秘めていることは事実ですが、現時点では、AIが人間の教師の持つ共感力、対話を通じた指導、生徒の微細な変化を捉える洞察力といった要素を完全に代替できるという科学的根拠は乏しいと言わざるを得ません。
多くの専門家が指摘するように、AIは教育における強力なツールとして、教師を支援し、教育の質を向上させる可能性を秘めています。しかし、それはあくまで教師との協調が前提であり、AIが教師に取って代わるという議論は、現段階では技術的な側面だけでなく、教育の本質という観点からも慎重に検討されるべきでしょう。
本稿で紹介したCBC Newsの記事は、AIと教育の未来を考える上で、非常に示唆に富む内容となっています。AIの進化が教育にどのような影響を与えるのか、今後も注目していく必要があります。
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