はじめに
本稿では、英国の著名なミュージシャンであるエルトン・ジョン氏が、人工知能(AI)開発における著作物の利用に関して英国政府の方針を厳しく批判したニュースについて、その背景や論点をBBCニュースの「Elton John brands government ‘losers’ over AI copyright plans」という記事をもとに解説します。この問題は、日本を含む世界各国で議論されているAIと著作権の未来に関わる重要なテーマです。
引用元記事
- タイトル: Elton John brands government ‘losers’ over AI copyright plans
- 発行元: BBC News
- 発行日: 2025年5月18日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/c8jg0348yvxo
要点
- 英国のミュージシャン、エルトン・ジョン氏は、AI企業がアーティストの著作物を無許可・無償で使用することを可能にする政府案を「大規模な窃盗」であり「裏切り」であると強く批判した。
- 政府は、AI企業が著作権者のコンテンツを学習データとして利用することを原則許可し、権利者が拒否した場合(オプトアウト)のみ利用できないようにする案を検討している。
- 英国議会では、AI企業に使用素材の開示を義務付ける修正案が貴族院で可決されたものの、庶民院で否決され、議論が続いている。
- エルトン・ジョン氏をはじめとする多くのアーティストは、この政府案が若手クリエイターの権利と収入を奪い、創造性を破壊するものであると警鐘を鳴らしている。
- 政府は、クリエイティブ産業とAI企業の双方の発展を目指すとしており、関係者との協議を続ける姿勢を示している。
詳細解説
エルトン・ジョン氏の怒り:「大規模な窃盗だ」
「僕は信じられないほど裏切られたと感じている」。BBCの番組で、エルトン・ジョン氏は英国政府のAI著作権に関する計画について、このように語気を強めました。彼が問題視しているのは、AI技術開発企業が、アーティストの楽曲や作品などの著作物を学習データとして利用する際に、著作権料の支払いや事前の許可を得る必要がなくなる可能性があることです。エルトン・ジョン氏は、もし政府がこの計画を推し進めるならば、「大規模な窃盗、盗みを働くことになる」とまで述べています。
特に懸念されているのは、まだキャリアの浅い若手のアーティストです。彼らは、大手テック企業に対して異議を申し立てるための資金力や交渉力を持っていない場合が多く、泣き寝入りを強いられる可能性があると指摘しています。「政府は若者たちから彼らの遺産と収入を奪おうとしている」とエルトン・ジョン氏は述べ、政府の姿勢を「全くの敗者だ」と断じました。
何が問題になっているのか?AIと著作権の衝突
近年、生成AI(ジェネレーティブAI)と呼ばれる技術が急速に発展しています。これは、大量のデータ(文章、画像、音楽など)をAIに学習させ、それに基づいて新しいコンテンツを自動で作り出す技術です。例えば、特定の画家の作風を学習して新しい絵画を生成したり、ある作曲家のスタイルで新しい楽曲を生み出したりすることができます。
この生成AIが学習するデータには、インターネット上に存在する既存の著作物が大量に含まれています。問題は、AI企業がこれらの著作物を学習のために「マイニング」(収集・分析)する際に、著作権者に許可を得たり、対価を支払ったりする必要があるのかという点です。
現在の著作権法は、このようなAIによる著作物の利用を必ずしも想定して作られていません。そのため、各国で法整備や解釈をめぐる議論が活発化しています。
英国政府の提案と議会の動き
英国政府は、AI産業の発展を促進する観点から、AI企業が著作物を利用しやすくする方向で法改正を検討していると報じられています。具体的には、権利者が明示的に「オプトアウト」(利用拒否の意思表示)をしない限り、AI企業は著作物を学習データとして利用できる、という案が浮上しています。これは、原則として利用を認めるという考え方です。
これに対し、アーティストやクリエイター側からは強い反発の声が上がっています。彼らは、自身の作品がいつの間にかAIの学習に使われ、その結果として生み出されたAIコンテンツが自分たちの仕事を奪うかもしれないという危機感を抱いています。
英国議会では、この問題が「データ(利用とアクセス)法案」の審議の中で議論されています。貴族院(上院に相当)は、AI企業に対して、学習に使用した素材を開示するよう義務付ける透明性要件を法案に追加する修正案を賛成多数で可決しました。これは、著作権者が自分の作品が利用されたかどうかを把握し、適切な対応を取れるようにするためのものです。
しかし、庶民院(下院に相当)はこの貴族院の修正案を否決しました。法案は今後、両院間で合意に至るまで審議が繰り返されることになります。
クリエイターたちの懸念と政府の立場
エルトン・ジョン氏だけでなく、ビートルズのポール・マッカートニー氏を含む400人以上の英国のミュージシャン、作家、アーティストが、AIから著作権を保護するよう求める書簡を首相に送っています。彼らは、適切な保護がなければ、AIによってアーティストの著作権が適切に保護されない「無法地帯(Wild West)」が生まれると警告しています。
UK Music(英国の音楽業界団体)のトム・キールCEOは、政府が「アメリカの巨大テック企業に媚びへつらうために、国の音楽産業を生贄に捧げようとしている瀬戸際にある」と批判。次世代のクリエイターたちが「魂のないAIボットに作品を略奪されることで才能が打ち砕かれることを許してはならない」と訴えています。
一方、政府の報道官は、「英国のクリエイティブ産業とAI企業が共に繁栄することを望んでおり、そのため両セクターにとって機能するであろう一連の措置について協議している」と述べています。また、「権利者がオプトアウトする権利を留保した上で開発者がクリエイターのコンテンツを利用できるようにする提案について、協議への回答を精査することが不可欠だ」とし、経済的影響評価を含む報告書を公表する予定であるとしています。
日本への示唆
この英国での議論は、日本にとっても他人事ではありません。日本でも文化庁を中心に、AIと著作権に関する議論が進められています。生成AIの学習データとしての著作物の利用について、どのようなルールを設けるべきか、クリエイターの権利をどう保護し、同時にAI技術の発展をどう促進していくか、という難しい課題に直面しています。
エルトン・ジョン氏らの強い訴えは、テクノロジーの進化がもたらす恩恵の陰で、クリエイターの努力や創造性が不当に扱われることがあってはならないという、著作権保護の根源的な意義を改めて考えさせます。今後の英国の動向、そして日本の議論の行方が注目されます。
まとめ
本稿では、エルトン・ジョン氏による英国政府のAI著作権方針への批判を発端に、AIと著作権をめぐる現状の課題や論点について解説しました。生成AIの発展は目覚ましく、私たちの社会に大きな変化をもたらす可能性を秘めていますが、その過程でクリエイターの権利が軽視されるようなことがあってはなりません。技術の進歩と、長年にわたり文化を築き上げてきた人々の創造的な活動が、調和の取れた形で共存できるようなルール作りが求められています。
コメント