はじめに
近年、大規模言語モデル(LLM)は目覚ましい進化を遂げていますが、その真価を発揮するためには、外部のデータソースやツールとの連携が不可欠です。従来、この連携は主にAPI(Application Programming Interfaces)を介して行われてきました。しかし、2024年後半にAnthropic社によって提唱された新しいオープンスタンダードプロトコルであるMCP(Model Context Protocol)が登場し、注目を集めています。MCPは、アプリケーションがLLMにコンテキストを提供する方法を標準化するものです。
本稿では、このMCPと従来のAPIについて、それぞれの技術的な特徴、類似点、相違点をIBM TechnologyのYouTube動画をもとに解説します。特に、AIエージェント開発における外部データ連携の観点から、MCPがもたらすメリットや可能性について深く掘り下げていきます。
引用元記事
- タイトル: MCP vs API: Simplifying AI Agent Integration with External Data
- 発行元: IBM Technology
- 発行日: 2025年5月5日
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=7j1t3UZA1TY
要点
- MCP (Model Context Protocol): AIアプリケーション(特にAIエージェント)が外部データソースやツールと連携するための新しいオープンスタンダードプロトコル。LLMへのコンテキスト提供とツール利用を標準化する。
- API (Application Programming Interface): システム間で機能やデータをやり取りするための既存の仕組み。特定のルールやプロトコルに基づき情報やサービスをリクエストする。RESTful APIがWebの標準的なスタイル。
- 主な違い:
- 目的: MCPはLLM連携に特化、APIは汎用的。
- 動的発見 (Dynamic Discovery): MCPは実行時にサーバーの能力(提供できるツールやデータ)を動的に問い合わせ可能。APIは通常、静的であり、変更にはクライアント側の更新が必要。
- 標準化: MCPは統一されたプロトコルを使用。APIはサービスごとにインターフェースが異なる。
- 関係性: MCPとAPIは敵対するものではなく、階層的な関係にある。多くのMCPサーバーは、内部的に既存のAPIを利用して機能を実現している(APIのラッパーとして機能)。MCPはAPIの上に、よりAIフレンドリーなインターフェースを提供する。
詳細解説
MCP (Model Context Protocol) とは
MCPは、LLMアプリケーション、特に自律的にタスクを実行するAIエージェントが、外部のデータやツールを効率的かつ標準化された方法で利用するために設計されたプロトコルです。Anthropic社によって2024年後半に提唱されました。
MCPのコンセプトは、USB-Cポートに例えると理解しやすいでしょう。USB-Cが様々な周辺機器(モニター、ドライブ、電源)との接続を標準化するように、MCPはAIアプリケーション、LLM、外部データソース間の接続を標準化します。これにより、開発者は個々のサービスごとに接続方法を実装する手間から解放されます。
MCPのアーキテクチャ:
- MCP Host: MCPクライアントを実行する主体。AIアプリケーションやLLM自体がホストになることが多いです。
- MCP Client: MCPホスト上で動作し、MCPプロトコルを用いて外部のMCPサーバーに接続します。接続にはJSON RPC 2.0セッションを使用します。
- MCP Server: データベース、コードリポジトリ、メールサーバーなど、特定の機能やデータへのアクセスを提供するサーバー。サーバーは自身が提供できる「ケイパビリティ(Capabilities)」を公開します。
MCPの主要なプリミティブ (Primitives):
MCPサーバーは、AIエージェントが利用できる基本的な機能単位として、以下の3つのプリミティブを提供します。
- Tools (ツール): AIエージェントが呼び出すことができる具体的なアクションや関数です。例えば、天気予報サービスはget_weatherツールを、カレンダーサービスはcreate_eventツールを提供します。サーバーは各ツールの名前、説明、入出力スキーマをケイパビリティリストで公開します。LLMがMCPクライアント経由でツールを呼び出すと、MCPサーバーが対応する機能を実行します。
- Resources (リソース): サーバーが提供できる読み取り専用のデータ項目やドキュメントです。テキストファイル、データベーススキーマ、ファイルの内容などが該当します。クライアントは必要に応じてこれらのリソースを取得できます。
- Prompt Templates (プロンプトテンプレート): 事前定義された推奨プロンプトのテンプレートです。
全てのMCPサーバーが3つのプリミティブ全てを実装するわけではありませんが、重要なのは、AIエージェントが実行時にMCPサーバーに問い合わせることで、利用可能なプリミティブを発見し、統一された方法でそれらを呼び出せる点です。各MCPサーバーは、tools/list、resources/list、prompts/listといった機械可読なカタログを公開するため、エージェントはコードを再デプロイすることなく新しい機能を発見し、利用できます。これがMCPの動的発見 (Dynamic Discovery) の強力な利点です。
API (Application Programming Interface) とは
APIは、あるシステムが別のシステムの機能やデータにアクセスするための確立された方法です。情報やサービスをどのようにリクエストするかを定義した一連のルールやプロトコルを指します。APIを利用することで、開発者は外部システムの機能を再実装することなく、自身のアプリケーションに統合できます。例えば、Eコマースサイトが決済APIを利用してクレジットカード処理を行うようなケースです。
APIは抽象化レイヤーとして機能します。リクエスト元のアプリケーション(クライアント)は、呼び出したいサービス(サーバー)の内部的な詳細を知る必要はありません。APIの仕様に従ってリクエストを送信し、レスポンスを解釈するだけで済みます。
RESTful API:
APIには様々なスタイルがありますが、最も広く使われているのがRESTful APIです。これは実質的にWebにおける標準的なAPIスタイルと言えます。RESTful APIはHTTPプロトコル上で通信し、クライアントは標準的なHTTPメソッド(GET:データ取得、POST:データ作成、PUT:データ更新、DELETE:データ削除)を使用してサーバーと対話します。
例えば、図書館システムのREST APIでは、GET /books/123というエンドポイントで特定の書籍の詳細を取得したり、POST /loansで書籍を借りるリクエストを送信したりします。各エンドポイントは、結果を表すデータ(多くはJSON形式)を返します。多くの商用LLMもREST APIを介して提供されており、JSON形式のプロンプトを送信し、JSON形式の補完結果を受け取ります。AIエージェントも、Web検索や社内システムの利用のためにREST APIを使用することがあります。
MCPとAPIの比較
類似点:
- クライアントサーバーモデル: どちらもクライアントがサーバーにリクエストを送り、サーバーがレスポンスを返すアーキテクチャを採用しています。
- 抽象化: どちらも実装の詳細を隠蔽し、システムの統合を簡略化する抽象化レイヤーを提供します。開発者はインターフェースに従うだけで済みます。
相違点:
特徴 | MCP (Model Context Protocol) | API (Application Programming Interface) |
目的 | LLM/AIエージェント連携に特化 | 汎用的なシステム間連携 |
発見メカニズム | 動的発見 (Runtime Discovery) 可能 | 通常は静的 (実行時の発見メカニズムは標準ではない) |
インターフェース | 標準化・統一されたプロトコル | サービスごとに固有 (エンドポイント、形式、認証などが異なる) |
設計思想 | AIエージェントの運用に合わせた前提が組み込まれている | AIやLLMを特別に意識して設計されたわけではない |
MCPの最大の利点は「動的発見」と「インターフェースの標準化」にあります。AIエージェントは、接続先のMCPサーバーが何を提供できるかを実行時に知り、自動的に対応できます。また、プロトコルが統一されているため、一度MCPに対応すれば、様々なMCPサーバーと容易に連携できます(「Build once、 integrate many」)。一方、従来のAPIでは、新しいAPIを利用するたびに、そのAPI固有の仕様に合わせたアダプター開発が必要になることが多く、APIが変更されればクライアント側の修正も必要です。
MCPとAPIの関係性:敵対ではなく階層
重要な点は、MCPとAPIは互いに競合するものではなく、AIスタックにおける異なるレイヤーであるということです。実際、多くのMCPサーバーは、その内部実装において従来のAPI(特にREST API)を利用しています。
MCPサーバーは、既存のAPIに対するラッパーとして機能することが多いのです。例えば、GitHubのMCPサーバーは、repository/listのような高レベルなツールをMCPプリミティブとして公開しますが、内部ではこれらの呼び出しをGitHubのREST APIリクエストに変換しています。
つまり、MCPは既存のAPIを活用しつつ、その上によりAIエージェントが利用しやすい、標準化されたインターフェースを提供する層と考えることができます。現在、ファイルシステム、Google Maps、Docker、Spotifyなど、様々なサービスやエンタープライズデータソース向けのMCPサーバーが登場しており、MCPによってこれらのサービスをAIエージェントへより標準化された方法で統合できるようになっています。
まとめ
本稿では、AIエージェントと外部データ・ツールの連携を簡略化・標準化するための新しいプロトコルであるMCPと、従来から広く使われているAPIについて解説しました。
- MCPは、LLM連携に特化し、動的発見と標準化されたインターフェースを特徴とするプロトコルです。
- APIは、汎用的なシステム連携の仕組みであり、RESTful APIが広く普及しています。
- MCPはAPIを置き換えるものではなく、しばしばAPIのラッパーとして機能し、AIエージェントにとってより使いやすいインターフェースを提供します。
MCPの登場により、AIエージェントはより多様な外部サービスと、より少ない開発コストで連携できるようになる可能性があります。AIエンジニアとしては、この新しいプロトコルの動向を注視し、その利点を理解しておくことが、今後のAIアプリケーション開発において重要になるでしょう。
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