はじめに
本稿では、Meta社のCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏へのインタビュー記事を取り上げ、AIとソーシャルメディアの進化に関する同氏の見解を解説します。この記事は、StratecheryのBen Thompson氏によって2025年5月1日に行われたものです。
ザッカーバーグ氏は、MetaのAI戦略、特に大規模言語モデル「Llama」の位置づけや、ソーシャルメディアの未来、そしてAIが私たちの生活やビジネスに与える影響について、広範なビジョンを語っています。
引用元記事
- タイトル: An Interview with Meta CEO Mark Zuckerberg About AI and the Evolution of Social Media
- 発行元: Stratechery
- 発行日: 2025年5月1日
- URL: https://stratechery.com/2025/an-interview-with-meta-ceo-mark-zuckerberg-about-ai-and-the-evolution-of-social-media/
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要点
このインタビューにおける主なポイントは以下の通りです。
- Llamaのオープンソース戦略: Metaは、自社サービスに必要なAIモデル「Llama」を開発し、それをオープンソースとして公開しています。これは、過去のモバイルプラットフォーム(特にApple)による制限への反省から、開発者がより自由にカスタマイズし、コントロールできる環境を提供するためです。
- Llama APIの提供: Llamaを簡単に利用できるよう、参照実装としてのAPIを提供開始しました。これはビジネス目的ではなく、オープンソースエコシステムの発展を促すためであり、ほぼコスト価格で提供されます。
- Metaの4つのAI事業機会:
- 広告事業の強化: AIによるレコメンデーション改善やクリエイティブ自動生成により、広告主が求めるビジネス成果に直結する「ブラックボックス」のような広告システムを目指します。
- 消費者向けエンゲージメント向上: Reelsのようなコンテンツ推薦の強化に加え、AI自身がコンテンツを生成・支援することで、パーソナライズされたエンターテイメント体験を提供します。
- ビジネスメッセージング: AIエージェントを活用し、中小企業がWhatsApp等で顧客対応や販売を行えるようにし、メッセージングプラットフォームを収益化します。
- AIネイティブ製品: Meta AIアプリやメタバース内のコンテンツ生成など、AIを核とした新しい体験を提供します。
- ソーシャルメディアの進化: フィード内での直接的な交流から、コンテンツ発見エンジンとしての役割へ移行。実際の深い交流はメッセージングアプリ(WhatsApp、 Messengerなど)で行われるようになっています。
- AIと個人の繋がり: AIは単なる生産性向上ツールではなく、人々が繋がりを感じ、孤独感を軽減するためにも役立つ可能性があります。将来的にはパーソナルAIがセラピストのような役割を担う可能性も示唆しています。
- AIとReality Labs(AR/VR): AI、特に生成AIはメタバースのコンテンツ制作コスト問題を解決する鍵となります。また、将来のAIグラスは、AIアシスタントがユーザーの状況をリアルタイムで把握し対話できる最適なデバイスであり、AR/VR双方の普及を加速させると考えています。
詳細解説
Llama:オープンソースという選択
Metaが開発する大規模言語モデル(LLM)が、「Llama」です。ザッカーバーグ氏は、Llamaをオープンソース(設計図やソースコードを無償公開し、誰でも利用・改変・再配布できる状態)にする理由を強調しています。背景には、かつてFacebookがモバイルプラットフォーム上で展開しようとしたサービスが、Appleのようなプラットフォーマーの規約によって大きく制限された経験があります。
OpenAIのGPTシリーズやAnthropicのClaudeのようなクローズドなAPIモデルは、提供者側がAPI仕様や利用規約を一方的に変更するリスクがあります。これに対し、オープンソースモデルは開発者がモデル自体をコントロールでき、自由にカスタマイズできる利点があります。Metaは、このオープン性を武器に、開発者コミュニティを活性化させ、Llamaエコシステムを拡大しようとしています。
ただし、オープンソースモデルは自前で運用(ホスティング)する手間がかかるという欠点がありました。そこでMetaは、Llama APIを提供し、開発者が簡単にLlamaを試せるようにしました。これはあくまで「参照実装」であり、本格的な利用はAWSのようなクラウド事業者や、推論処理に特化したチップを持つGroqのような専門企業、あるいは自社でのホスティングが想定されています。Meta自身は、API事業で大きな利益を上げるよりも、自社の広告やレコメンデーション改善に計算資源(GPU)を優先的に使う方針です。これは、GPUの機会費用(他の用途に使えば得られたであろう利益)を考慮した結果と言えます。
AIが変えるMetaのビジネス
ザッカーバーグ氏は、AIがMetaのビジネスを大きく変革する4つの領域を挙げています。
- 広告: AIは、ユーザーに最適な広告を表示するだけでなく、広告クリエイティブ(画像や動画)の生成も自動化します。将来的には、広告主は「達成したい成果」と予算を伝えるだけで、MetaのAIが最適な顧客を見つけ、最適な広告を届け、成果を測定する、究極の成果報酬型広告に近づくと予想されます。これは、日本の広告業界、特に中小企業にとって、広告運用のハードルを下げ、より効果的なマーケティングを可能にする可能性があります。
- エンゲージメント: InstagramのReelsのように、AIはユーザーが見たいコンテンツを推薦する能力を高めます。さらに、AIがユーザーの好みに合わせてコンテンツを生成するようになれば、エンターテイメントの消費時間はますます増える可能性があります。日本のユーザーも、よりパーソナライズされた、飽きることのないコンテンツフィードを体験することになるでしょう。
- ビジネスメッセージング: WhatsAppやMessenger、Instagram Directといったメッセージングアプリは、現状ではFacebookやInstagram本体ほどの収益を上げていません。しかし、AIエージェントが顧客からの問い合わせ対応や商品販売を自動化できるようになれば、状況は一変します。特に、人件費の問題で対人での丁寧な顧客対応が難しかった日本の中小企業にとって、AIによる顧客対応の自動化・効率化は大きなビジネスチャンスとなり得ます。タイやベトナムでは既にビジネスメッセージングが盛んですが、AIがその流れを世界中に広げる起爆剤になると期待されています。
- AIネイティブ製品: Meta AIアプリのような対話型AIアシスタントや、メタバース空間での利用が挙げられます。Meta AIは既に月間10億人が利用しているとされ、スタンドアロンアプリも提供されました。個人の好みや過去の対話履歴を記憶し、よりパーソナルなAIを目指しています。日本での普及には、言語対応の精度や文化的な側面の考慮が必要ですが、新しいコミュニケーションや情報収集の形として定着する可能性を秘めています。
ソーシャルメディアの再定義とAIの役割
ザッカーバーグ氏は、ソーシャルメディアの使われ方が変化していると指摘します。かつてはFacebookのフィード上で友達と直接交流するのが主でしたが、現在はFacebookやInstagramはコンテンツ発見の場となり、実際の深い交流はメッセージングアプリ(グループチャットや1対1のチャット)に移行しているというのです。
この変化を踏まえ、AIは単なるツールではなく、人々の繋がりを補完する役割を担う可能性も示唆されています。例えば、AIがユーザーの個人的な状況や関心事を理解し、友人とのコミュニケーションを円滑にする手助けをしたり、孤独感を和らげる話し相手になったりするかもしれません。「誰もがセラピストを持つべき」という考え方に基づき、AIがその役割の一部を担う未来を描いています。これは、人間関係の希薄化が指摘される現代社会において、新しい形の「繋がり」を提供するかもしれません。
AIグラス:未来のプラットフォーム
ザッカーバーグ氏は、AIとAR/VR技術が融合する未来において、AIグラスが中心的な役割を果たすと強く信じています。AIグラスは、AIアシスタントがユーザーの視界や聴覚情報をリアルタイムで共有し、常に対話できる理想的なデバイスです。また、AR(拡張現実)機能によって、現実世界にデジタル情報を重ねて表示することも可能になります。
同氏は、VRヘッドセットが「未来のテレビ」のように没入型エンターテイメントの中心になる一方、ARグラスが「未来のスマートフォン」のように、日常的に使われるデバイスになると考えています。MetaがRay-Banと共同開発したスマートグラスは、その第一歩と言えるでしょう。日本においても、ウェアラブルデバイスへの関心は高まっており、高機能なAIグラスが登場すれば、コミュニケーションや情報アクセス、エンターテイメントのあり方を大きく変える可能性があります。
まとめ
今回のインタビューで、マーク・ザッカーバーグ氏は、AIをMetaのあらゆるサービスの核に据え、ビジネスモデルからユーザー体験、さらには人々の繋がり方まで、根本的に変革しようとしている壮大なビジョンを明らかにしました。
特に、Llamaのオープンソース戦略は、AI開発のエコシステム全体に大きな影響を与える可能性があります。また、広告、エンゲージメント、ビジネスメッセージング、そしてAIネイティブ製品という4つの柱は、Metaの今後の成長戦略を理解する上で重要です。
ソーシャルメディアが単なる「友達との繋がり」から、「コンテンツ発見とメッセージングによる深い交流」へと進化する中で、AIがどのように人々のコミュニケーションや孤独感を補完していくのか、そしてAIグラスがもたらす未来のインターフェースがどのようなものになるのか、注目していく必要があります。
日本においても、MetaのAI戦略は、企業のマーケティング活動、個人の情報消費、コミュニケーションのあり方に大きな変化をもたらすでしょう。プライバシーや倫理的な課題も考慮しつつ、これらの技術動向を注視していくことが重要です。
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